怒ってる?
夕食後。
ジークとリエルの2人は、そのままロビーの席に座り会話をしていた。
リエルは口に運んだコーヒーカップを、テーブルに戻す。
そしてその様子をジークは眺めていた。
……さて、これからどうするか…。
今日はともかく、明日からはあの2人を探し、それと同時に街に蔓延る組織ついて探っていく必要がある。
とりあえず、今日はもうこの宿に泊まるのは確定になってしまった以上、ここで出来る事をやろう。
一見すると、ここでやれる事は何も無いかもしれないが、目の前には、あの組織と関わりを持った女性がいる。
彼女の話を詳しく聞けば、何かヒントになる情報を得られるかもしれない。
少し聞いてみる必要があるだろう。
「……よければ、リエルさんの身の上話も聞かせてくれませんか?」
「私か?
私の境遇などつまらないぞ?」
「いいですよ。
俺は、リエルさんの過去が気になるんです」
「……。
そ、そうか…なら話してやろう!」
彼女は何故か少しにやけたような表情をすると、咳払いで誤魔化した。
「私はな、生まれた時から母親がいなかったのだ…。
それで父の手一つで育てられた」
なるほど。
父子家庭だったという事か。
「父と母は離婚したとかそういう訳ではなくて、母親は私を産んでから、すぐに亡くなってしまったそうだ」
ジークは神妙な面持ちで話を聞く。
「父はかつて有名な騎士で厳しくてな。
幼い頃から父さんに鍛え抜かれてきたものだ。
朝早く起きてトレーニングをしたり、夜遅くまで勉強したり、昔は忙しかったな」
彼女が少し武人気質というか男勝りなのは、騎士である父に育てられたからということだろうか。
ジークは少し納得する。
「そんな父も今から4年前に亡くなってしまったよ」
「そんな早くに両親を…」
「…あぁ」
なるほど。
彼女は幼くして母を亡くし父も亡くしたというのか。
ちょうど、この世界の俺の環境に似ているかもしれない。
ただ俺の場合は、エイラの家に住ませてもらっていた。
おじさんやおばさんは面倒見が良く、血も繋がっていない俺のことを非常に大切にしてくれた。
「私は誰にも頼らずに生きて来た」
そんな俺に対して、彼女は大切にしてくれる人がいるどころか、行く当てもなかった。
それこそ一人で孤独に生きてきたのだろう。
彼女の今までの苦労を考えると、少し心に来るものがある。
「……今考えると、父が私に武術や剣術、騎士道の精神を教えたのは、自分の生命が残りわずかである事を知っていたのかもしれないな…」
リエルは下を俯く。
僅かに見えるその顔には、影が浮かび上がっていた。
ジークはそれで彼女が何を思っているか察する。
彼女が宿屋に向かう時に、緊張していた心境や、フォークをガン見していた時の心境はジークにはわからない。
しかし今の彼女の気持ちは分かる。
だから少しでもそれを和らげるために、ジークは動いていた。
「そんな事は無いですよ」
彼女の手にそっと優しく触れる。
「えっ…?」
彼女は驚いたように顔を上げる。
「僕はあなたの過去を分かりません。
それでも、お父さんがあなたに武道や学術を教えたのは自分のためじゃなくて、あなたに成長して貰いたかったのかもしれないんだと思います」
「そ、そうか…。
君は優しいんだな…」
彼女は顔に涙を浮かべた。
そしてほんのり顔を赤らめさせて、ジークの手を握ってくる。
「ですから気にしないでください」
「ありがとう…」
「はい」
この言葉が、彼女の救いになってくれれば自分は言う事は無い。
もしこれで、少しでも彼女の傷を埋められたなら、それで自分は満足だ。
彼女に貸した手を戻そうとする。
しかし、彼女はこちらの手を離してくれない。
……ん?
流石に様子がおかしいので、顔を見たのだが、彼女は微笑んでいる。
……どういう心境なのだろうか。
もしかしたら、まだ慰めが足りないのかもしれない。
「…こ、これで、あなたの悩みが小さくなれば、俺はいつでも相談に乗ります」
これでどうだ…?
ジークは満面の笑みを返して手を引き戻そうとする。
しかしそれでも彼女は自分の手を返してくれない。
ど、どうなんってんの!?
なんで手を離してくれないの…?
もしかしたらまだ慰めが足りないだろうか。
確かに彼女はこれまでに辛い経験をした。
それに対してこの程度の言葉では、傷は癒えないのかもしれない。
「…リ、リエルさんは優しい人だ。
あなたの信念や行動には尊敬します」
「そ、そんな事より…。
……わ、私の事をリエルと呼んでくれないだろうか…?」
彼女は顔を赤くさせている。
一体どういう意図なのだろうか。
こちらを握ってくる手により力が込められる。
痛い痛い!
えっ!?
怒ってるの?
もしかして怒ってるの!?
もはや自分には何がなんだかさっぱりわからないが、とにかく、今は彼女の手から逃れたい。
「わ、分かりました。
リエル…君は今までよく頑張ったね」
「ふふっ。
そうかそうか…。
そう言ってもらえると嬉しいな!」
彼女にようやく手を離してもらう。
ハァハァ…。
なんて力だよ、手が真っ赤だ。
手の甲は物凄く赤くなっていた。
一体何故こんな馬鹿力で握られなきゃいけないのだろうか。
もしかして慰めが足りないのでは無くて、彼女を怒らせてしまったのだろうか。
彼女は先ほどから顔を真っ赤にさせている。
もしかして、それは自分に対して怒りを覚えていたのだろうか。
馬鹿力でこちらの手を握ってきたといいこれは間違いない。
自分は馬鹿では無い。裏の支配者だ。
裏の支配者の目は誤魔化せないのだ。
ジークはリエルの顔を恐る恐る伺う。
しかし、怒っているようには到底見えない。
むしろ彼女はとても喜んでいるように見えた。
怒ってるの?喜んでるの?
女の気持ちって、難しいもんだな…。
ジークはそう実感する。
目の前にいる女性は、エイラやリザよりも考えている事が分からない気がする。
とにかく、今の自分にできる事は彼女の逆鱗に触れない事だ。
多分もう嫌われている?ので、大人しくしておいた方がいいだろう。
ジークがビクビクと内心怯えているのに対し、リエルの心は非常にご機嫌であった。
――ふふっ。
ジークったら、君は恥ずかしがり屋なんだなっ♪
リエルの心はかつて無い程に有頂天に達していた。
――――
そしてその後も会話が続いた。
他愛無い話から思い出話まで、内容は実に様々であった。
そして、やっとジークが聞きたかった内容の話題になる。それはあの謎の組織のことについてだ。
「リエルさんは…リエルは、いつからあの集団に狙われているんですか?…いるの?」
それを聞いたリエルはやれやれといった表情をする。
……まったくジークったら、まだ呼び捨てがぎこちないんだからっ。
「半年前だよ。
半年前に、とある依頼で護衛していた馬車が襲撃にあった。それを襲撃したのがあの犯罪組織という訳だ」
「なるほど…ちょっと待ってて」
彼は椅子に座ったまま、斜め後ろを向いて誰かと話している。
しかしそこに誰もいない。
まるで今日の昼の時のようだ。
彼は自分には見えない誰かと話している。
一体誰だというのか。
そしてまたブラッドレイスという言葉が聞こえた。
彼は本当にブラッドレイスを使役しているのだろうか。
自分には全く見えないので分からないが、もしそれが本当なら彼は伝説上の強さを持つことになる。
「……ごめん。
話を逸らしてしまって」
「…一体誰と話していたんだ…?」
リエルには物凄く気になる。
自分の好きな人が、自分の知らない話題をしていたら少しムッとする。
自分はそういうタイプの人間だ。
彼が知っている事は私も知りたいのだ。
「おまじないだよ。
盗み聞きしてる奴が居ないかのね」