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二人で森を抜けると、クラウスがちょうどこちらへ向かってくるところだった。うまくいった気配を察知したのだろう。
「さすが。僕の部下として永久就職しない?」
「ミヤコが就職するなら僕のところに!」
「おあいにくさま」
差し出されたクラウスの手をぱしんと叩く。後ろで聞こえたリチャードの発言は無視をする。
「お礼に、風呂敷に包めるだけのお菓子と桃をちょうだいな」
お弁当を包んでいた布をひらひらさせ、後ろに人間を引き連れて厨房に忍びこむ。
「うわっ、なんだお前たち!」
物陰から小さな子供の声がした。
「……こちらとしては、厨房に第二王子がいることの方が驚きですが」
ちっちゃくて誰なのか判別できなかったが、クラウスの言葉を聞いてはっとする。この少年は仲間キャラクターのデュークだ。
「って、兄上……!? ご無事で!? そちらの女……は?」
「彼女はミヤコ。お前の義姉になる女性だ。女なんて失礼な言い方はよせ」
「んん?」
今何か聞いてはいけない単語が聞こえた気がする。まあそこはひとまずスルーしよう。
「ええ……? どう見てもただのメイド……」
これでわかるかしら? とばかりに人化の術を解いた私を見て、デュークは目を丸くした。
「なんだ。もうケット・シーが来ていたのか……てっきり兄上が年上に目覚めてしまったかと」
私は大物なので子供の発言にいちいち目くじら立てたりしませんとも、ほほほ。どうやら彼もまた、解決の糸口を求めて情報収集をしていたようだ。
確かにゲームではデュークが王家の図書室で桃を好む妖精の話を読んだ、ってセリフがあるんだよね。それでとりあえず、桃を探しに厨房までやってきたのだろう。
「ミヤコ。抱っこしてもいい?」
「別にいいけど……」
彼はどうやら、人間よりケット・シーの状態の方がお好みらしい。リチャードは私を持ち上げて後頭部をもふもふした後、顔を埋めてきた。この歳でケモナーに開花するのはまずくない?
「獣化の呪いに蝕まれる前に、と思ったけどもう遅かったみたいだね。まあいいや。ところでミヤコちゃん、もう一つお願いがあるんだけど」
「黒幕をぶちのめすところまで手伝えって言うんでしょ?」
あーはいはいわかったわかった、とひげを撫でながら返事をする。作戦を立てている間、アベラールが手持ちのマジックバッグにお土産を詰め込んでくれる。その名の通り、沢山の荷物が入るクラウス特製、超高性能バージョン。
「本当に、そんなに上手くいくのかな?」
「まあ、お値段なりには仕事しますよ」
作戦はシンプルだ。私が誘き寄せる。そこでリチャードとクラウスが罪を暴く。認めればそれでよし。正体をあらわにして襲いかかってきたらその場で殺す。
「では私はこれよりメイドのキャスリンと言う設定で」
再び人間の姿になり……変化して初めて気がついたけれど、鏡に映る私の顔は完全にゲームに出てくるモブ子の顔だな。モブの割には可愛くて、ニッチなファンがついている感じの。
ゲームの通り、城の隠し通路を抜け、大臣の執務室へ直行する。まるでプログラムのように、門番に声をかけられる。
「合い言葉は?」
「へびいちご」
「よし。通れ」
ゲームと同じ合い言葉であっさり大臣の執務室へ入ることができた。定期的に変更したりしないのかな……。
執務室には禿頭で目の周りのクマがひどいおっさんがいた。こいつもゲーム画面そのままだ。
「見ない顔だな」
「変装ぐらい、できて当たり前です」
大臣は確かにな、と納得した顔をした。いいのかそれで?
「所で何の用だ。獣化の呪いの完成はまだだろう」
「もっと大変です。異界の乙女が神殿に現れたとの報告が」
「なんだと!? そんな兆しはなかったはずだ!」
ゲームでの序盤、ヒロインは異世界から導かれ、城の敷地内にある神殿に現れる。ストーリーでは先回りした大臣に不審者として処刑されそうになってしまうのだけれどね。
「いるものはいるんですから仕方がないでしょう。感じませんか、強い魔力を。さっさとしないと乙女がリチャード王子の呪いを解除してしまうかもしれません。そうすればあなたが長年築き上げてきた偽装工作の全てがパァ。国王の洗脳も解かれてしまうでしょう」
「異界の乙女は無知だがその身に宿す魔力は非常に強力。さあ、四天王筆頭たるあなたがトドメを刺さずしてなんとします?」
揉み手をしながら上目遣いに大臣を見つめると、さすがに怪しいと思われたのか訝しげな視線を向けられた。
「なぜお前はそんなに詳しい?」
「私は魔王軍から来た監査官です。さあさあ行きましょう。ピンチの時こそリーダーシップが試されます」
「……うむ。確かに異界の乙女の首を取れば、ワシの評価はうなぎのぼり……」
こうして私はにっくき四天王の一人を誘き寄せる事に成功したわけだけど。こんなにあっさりでいいのかしら。まあ、手こずりたくはないのだけれど、この大臣にいいようにされてしまったこの国の未来が心配だわ。