7
「……僕はそんな名前じゃない。リチャードだ」
あ、一人称僕なんだ。時系列がわからないけれど、やっぱりゲーム本編よりだいぶ昔の時期なのかな?
「ごめんごめん、今のは軽いジョーク。私たちの里の冗談ってやつよ」
あえて軽口を叩く。なぜならその方が強キャラっぽいので。
「……ふざけているなら、僕が君を殺してしまう前に帰って。早く……」
近くの木には、めちゃくちゃに爪で引っ掻いた跡が残っていた。なんとかして破壊衝動を抑えようと耐えているのだろう。
「私はミヤコ。ケット・シーは知っているでしょう。あなたみたいな子虎にどうにもできっこないわ」
がさり、と竹藪の中で身じろぎをする音がした。
「僕を……殺してくれるの」
「違う。助けにきたの」
ガサガサと竹藪をかき分けて、白虎は姿を表した。木の影から差し込む月明かりが、銀色の毛皮を包み込んでいる。
「本当に……?」
金色の瞳には、確かな理性が宿っていた。
「もちろん。だって、私はきっとそのために生まれたのだもの」
白虎改めリチャードは、何を言っているのかわからない、と言いたげな顔をしながらも静かにその場に伏せをした。
ぽんぽんと肉球で頭を軽く叩いてやると、少し気持ちが落ち着いたようでふっ息を吐き出し、目を細めた。
台車から包みを取り出す。さっき作ってもらったお弁当だ。
「お腹が空いてるでしょう。食べなさい」
「……味がしないんだ。無理矢理食べようとしても苦しくて……」
飢え。それは獣化の呪い。血を吸うまで乾きは止まらないのだ。
でも、私はそれを解く方法を知っている。なぜならチート種族なので。
「完全な人間には戻ることはできないけれど、あなたをあなたのままで家族の元に帰してあげることはできる」
「……どうやって?」
「私の眷属になるの」
リチャードが苦しんでいるのは、魔王の眷属にされてしまったからだ。それを断ち切り、私の方に魔術回路を繋げれば、私が何もさせなければリチャードの意思は彼だけのものになる。
ざああと、風が吹いて竹藪を揺らした。
「……もし、それで何でも言う事をきかなくてはいけなくなるのだったら、僕はそれを断る」
リチャードは私が何か悪事を企んだ時のことを考えているのだ。
「大臣に騙されて、すっかり人間不信ね」
大人の余裕を持って、疑われたことを怒ってはいないと口調で示すと、リチャードは気まずそうに顔を背けた。
「そう。でも……言葉が通じなくて。落ち着いて文字で伝えようと思っても、みんな逃げちゃうし、逃げない人がいても匂いでクラクラするし……」
私たちは普通に会話しているが、ケット・シーが獣の言葉を操れるだけで、人間とは会話できないのだ。生まれつきのバイリンガルってやつだね。
「さっきも言ったけど、私はケット・シーだから人間界の悪事とか興味がないの。あなたをこき使わなくても自分の方が強いし」
「じゃあ、お城の宝物庫に何か欲しいものがあるの?」
そういえはクラウスがお礼は他の人に頼んでくれと言っていたっけ。
「別に。気の毒な王子様が、妖精に助けてもらって悪人をやっつける。そういうの、女の子はみんな好きなのよ」
「……」
「さ、つべこべ言わず私の眷属になりなさい」
「ど、どうすればいいの……?」
契約に、色々な方法はあるけれど。まあ、手っ取り早いのは……。
「ちょっと失礼」
私はリチャードに近寄り、その黒い鼻先にキスをした。