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「ここが王宮だよ」
魔の森を抜け、転移魔法を使って訪れた王宮は確かに見覚えのある風景だった。なるほど、現実だとこんな感じなのね。ちょっとボロくなっているところまでありありと見えてしまうのは考えもの。
「さあ、ミヤコちゃん。僕のローブの中に隠れて」
「えっ……」
別に嫌いなわけじゃないけれど。人間に簡単に抱っこされるなんて誇り高いケット・シーにあるまじきと、魂がざわざわする。いや、何かの実験に使われそうとか、その類の不安を感じているからかもしれないけれど。
「さあ、さあ、遠慮せずに」
「あっ、私、こっちのモブにするっ」
ジリジリと近寄ってくるクラウスがキモいので、ジャンプして一気にモブ魔術師が持っていた採取用のバッグの中に滑り込む。
「うわあー!! あー!! こっち来た!!」
モブは情けない声を上げた。傷つくわ。その叫び声に混じってクラウスが「チッ」と舌打ちする音がする。あーあー聞こえない。
「ミヤコちゃんは人を見る目があるようだ。依頼が終わったら、うちに就職しないかい?」
バッグに手を突っ込むな。雷で攻撃するぞ。さわさわと気色悪い動きでバッグの中を弄るクラウスの手を猫パンチで叩く。
「まだ何も解決してないのに、終わった後の話をするなんて顔のわりにのんきね」
「ケット・シーの助けがあれば百人力さ」
「ふん」
そのまま王宮の中を進み、私たちがやってきたのは離宮の端っこだった。ちなみにモブの名前はアベラールと言うらしい。
確か画面上ではではぼろぼろの建物があるだけで、特に何のイベントもなかったところ……。後ろに森があるけれど、その中には入れなかったはず。
「……ここにリチャード王子が?」
クラウスは静かに頷いた。
「彼は獣化の呪いを受け、白虎に変貌してしまったことは説明したよね。言葉は通じないが、まだ自我があり、自発的に引きこもっている。様子を見ようと近づくと威嚇してくるけど追ってはこない」
「……無理矢理ねじふせることは可能だ。でも、その段階で彼が反抗して、人間を傷つけてしまったら。血の臭いで、彼は正気を失ってしまうかもしれない」
「……」
森の奥から、ただならぬ気配を感じ、ひげがぴーんとなる。
「まずは、ケット・シーの君が白虎と意思疎通をできるかどうか確認したい」
そうね。そこからね。神妙な顔でこくりとうなづくと、アベラールがほっとした様子で胸に手を当てた。
「ありがとう。お礼は僕以外のお偉方がするだろう。君の叡智に期待している」
ケット・シーは妖精の中でも上位種で、まあ私はその中でも魔力が強い方。いろんなスキルはあるけれど、実戦で使ったことはない。
「もし、もし失敗して……彼が正気を失ってしまったら、どうする?」
「……その時は、人に手をかける前に、僕が手を下す」
ああ、思い出した。クラウスは、事件が起きた時仕事でいなかったんだよね……もしかして、語られないだけでケット・シーを探していたのかも。
「……その時は、檻に入れて私の里まで連れてきて。魔の森なら、人間はほとんどいないから」
クラウスは眉を吊り上げた。どうして自分が使う風の檻の魔法を、このケット・シーが知っているのだろう。彼はそんなことを考えているようだった。
「ミヤコちゃんは、本当に頼りになりそうだ。まあ本番は夜にしよう。それまでごちそうでも食べて、ゆっくりしているといい」




