第百七十七集 救われたかった
1月22日 9:20 稲荷山 一ノ峰
2人とも仰向けになったまま、語らい始めた。
「丑崎さん…此度はありがとうございました…まさか…生きていられるとは…」
「当たり前だ…もっかい刑務所に連れていく約束だからな…」
「左様でございますか…」
慈心は空を見上げながら、再び語り始める。
「拙僧は…いえ、俺は救われたかった…妖魔に身体を乗っ取られたとはいえ、子供たちを殺したのは俺だ…表では罪を償いたいとか言っていたが、本当はただただ罪悪感から逃げたかったんだ…隠殺童子のせいにして、俺のせいじゃないって言いたかった…本来の俺なんてこんなもんだ。小学校の先生をやめたのも、俺が修学旅行中に生徒の1人を俺の不注意で死なせてしまったからだ…親御さんや学校に謝罪の1つもすることなく、俺は学校から出ていったんだ…」
「じゃあなんで僧侶になったんだよ。」
「今までの全てから逃げるためだ、僧侶になって頭を空っぽにしたかった。」
「でも、あんたは法術を身につけ、脱獄した後も人を助けた。逃げることより結局は助けることを選んだ。」
もし逃げたいだけなら、習得が難しい法術をわざわざ覚えて表に出ては来ない。
「どうなんだろうな…でも今は、この罪悪感に向き合うことができる。君たちのおかげだ…」
「なんもしてねぇよ、それよりこの後どうしよ…」
「うし…丑崎さん!丑崎さん!聞こえますか!」
これは…無線か!吉留さん無事だったのか!
「丑崎です!隠殺童子は討伐完了です!慈心も無事です!」
「よかったぁぁ…」
「でもちょっと動けないんで…助けに来てくれると嬉しいです…」
我ながら情けない話ではあるが…
「それなら大丈夫です!午上さんと申喰さんが既にそちらに向かってますので!」
すると、午上と巳扇を抱えた申喰が到着した。
「2人とも無事!?よかったぁ…」
「なんやもう終わっとったんかい、走り損やないか。」
「無い事なのはいい事です…よかったです…」
よかった…これで帰れる…
その後、丑崎と慈心は午上と申喰に運ばれ、湯の宿に戻った。
9:40 稲荷山 一ノ峰
全てが片付いた後、1人、マントを羽織った者が一ノ峰に立っていた。
「クハハッ、全部片付いたか。あの時よりも随分強くなっているらしい、これならもう少し俺の方で色々進められる。」
「こんな所で何をしているのでしょう、死んだはずの亡霊さん?」
「そっちこそこんな所で何してんだ、女狐の人形さん?」
同じタイミングで、長壁姫も同じ所に降り立った。
「私は隠殺童子の尻拭いですわ。ですが少し遅かったみたいです。そんなことより、玉藻前様の力を授かった穢咲が最近妖魔によってやられたとの情報が入ったのですが、ご存知ないでしょうか?」
「邪魔してきたやつなんざ多すぎてな、いちいち覚えてねぇんだ。」
「やはりあなたでしたか、茨木童子。」
マントの者はフードを外し、姿を現した。
そこには以前妖術学校実力対抗戦において死んだはずの茨木童子の姿があった。
「これで3本だ、ここでお前を倒せば4本、女狐の力も半減ってところか。」
「残念ですが今あなたに構っている暇はありませんわ、私は忙しいですので。」
「クハハッ!そうか!そいつは残念だな。だったらとっとと失せな、俺も暇じゃねぇんだ。」
「ではそうさせてもらいますわ、ごきげんよう。」
長壁姫はそう言い残して消えた。
「女狐、尻尾が切り落とされれば復活することは無いって話だが、あれから千年も経ってる、どう変わったかわかったもんじゃねぇ。自由に動けるうちに、尻尾を植え付けられた奴らを片っ端から殺らなければな。これからは、酒呑様と丑崎の進む道に、俺も進む。」
茨木童子もまた、どこかへと消えた。
1月23日 10:00 湯の宿・京 103号室
次の日、申喰以外のメンバーは重度の怪我、そして過度な体力を消耗したため、吉留の部屋で休んでいた。
「今更やがしょうがないやつらやな、こぞって怪我と過労とかこれからが心配なるわ。」
「猿、オイラが庇ってなかったら怪我してたのは猿でしたよ…」
「あれは犬がおらんくても何とかなったわボケ!」
「出た、藤十郎の強がり、ウケる。」
「ウケへんわアホ寝とれ。」
「強がらなくとも、誰しもそういう時がありますよ。」
「だから強がってない言うてるやろ!」
「よくわかんねぇけどそろそろ認めなよ申喰。」
「おどれら全員二度と起き上がれんようたたっ斬ったろか?」
元気な申喰をひたすらいじる俺たちであった。
「はいはい、怪我人の皆さんはゆっくり休んでください。申喰さんも刀しまってください。」
「へいへい。それよか吉留はん、手は大丈夫なんかいな。」
「仕事に支障は出ますけど、大丈夫ですよ。ありがとうございます。それと皆さん、この度は本当にありがとうございました。」
吉留は深々と一礼をした。
「なんや改まって、わしらはただ任務をこなしただけやで。」
「だからこそです、私にとっては初めての監督役だったので、最初はどうなるか不安でしたが、皆さんのおかげでなんとかなりました。でも…監督役としては完全に失格です、皆さんの力がなければ何もできなかったと言っても過言ではありません。更に勉強して、次にあった時に皆さんにぐぅのねも出ない程にいい監督役になってみせます!」
「せ、せやな、わしは初めての監督役が吉留はんでよかったと思うで。」
「申喰さん…」
「オイラも。」
「あたしも。」
「私も。」
「俺も。」
「皆さんも…ありがとうございます…」
申喰たちの言葉に、吉留は静かに涙を流した。
「ほな、お前ら早う怪我治さんかい、期末試験あんねんやろ。」
「「あ…」」
「ほんまにこいつら……」
そのやり取りを見ながら、泣いていた吉留は、少し笑った。
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