第百七十五集 隠殺童子 漆
1月22日 8:50 稲荷山 一ノ峰
「単純なんだよ、後ろからの攻撃なんざ。」
「そうか、そうか、そいつはいい勉強になった。」
姿を現した隠殺童子は大太刀を掴む。
「だが、だがな!これしきで、玉藻前様から力を頂いた俺に!勝てるわけねぇだろ!!」
隠殺童子が両手を掲げると、慈心が使っていた薙刀が現れた。
「その武器は…!」
「自分にも妖魔の血が流れてるこたぁわかってるよな?なら法術とやらがどう自分に効くかもわかってるよなぁ!!」
法術、それは妖魔に対して最も効果がある術の1つである。しかし法術は寺での修行でしか習得できず、習得するまでに最低でも10年は必要とされる。
運用方法も妖気を必要とせず、鍛錬にて鍛え上げた穏やかな精神が必要である。もちろん、法術の使用時にもその精神は必要なのだが。
「この体には法術の記憶がある、そしてこの体の所有権は俺にある。つまり!俺が法術を使えても問題ねぇってことだ!!」
「そうはさせるかよ!丑火!」
「遅せぇ!法術・呪鐘鳴響(じゅしょうめいきょう)!」
隠殺童子は薙刀で大太刀を叩くと、鐘の音が響き、丑崎を突き放した。
なんだこの頭に響き音は…法術を受けたのは初めてだけど、こんなに気分が悪くなるような術なのか…
「できた!できたぞ!こいつの法術に俺の妖術を混ぜ込んだ俺の新しい術が!これも玉藻前様の力のおかげだ!感謝するぜ玉藻前様!」
(跪いてる場合ではないぞ、魁紀よ。)
(酒呑様…なんだか声に元気がねぇじゃねぇか…)
(どうやらあの法術とやら、ここにいる我にも届いているようだ。気分が悪くて仕方ない、あれをまた何回か受ければ、童子切を解放していても力が解けてしまう。)
それだけ法術は妖魔に効果があるって事だな…厄介すぎる…
(じゃあ酒呑様、酒呑様の力を解いて丑気を使うよ。)
(うーん……)
(どした、そんな悲しまなくても。)
(悲しんでおらんわたわけ、不本意だがそっちのが上策だ。我とてこれ以上こんな気分が悪くなる攻撃は受けたくない。)
素直じゃねぇなぁ。
(今不敬なことを考えたか?)
(いえいえそんなことはないですよ?)
心読めんのかよこっわ。
(ならばさっさとしろ、こんな早起きしたのだ、ヘボ妖魔ごときさっさと終わらせてみよ。)
(かしこまり!)
でもヘボではないだろ…強い…よ?
丑崎は童子切を収め、刻巡を地面に突き立てた。
「どうした、じじいの力を頼りにするのはもうやめて、殺される覚悟でも出来たのか?いいぞ、いいぞ!!最初からそうしてたらよかったんだ!」
「はぁ…もう返事することすらめんどくせぇや。殺せるもんなら殺してみろ。丑神の吽那迦よ、我に力を与えたもう、捧げるは我が魂の祈り!」
丑崎が牛のオーラを身に纏う。
「突っ走れ!丑気!」
「干支神獣の力か、それがどうした!てめぇの血は、結局妖魔の血で染まってんだよ!法術・黒華鳴獄!」
隠殺童子の前に黒い蓮華が咲き、断末魔の如き叫びと共に地面から獄炎が吹き上がる。
「そんなこと、いちいちお前に言われなくとも!」
(君も少しとはいえ妖魔の血が混ざっている、なのに君は優しいよね?そういうことだよ。)
「妖魔だろうが人間だろうが、俺は俺だ!丑火業輪!」
丑崎もそれに応じて、燃え盛る業火を繰り出した。
「ただ、ただ燃えるだけの火が、俺の獄炎に勝てるわけねぇだろ!」
隠殺童子の獄炎が徐々に丑崎の業火を押し返していく。
「燃えて死ねぇ!丑崎魁紀!!」
「上等!一牛吼地!」
丑崎は業火と獄炎の中を駆け抜けた。
「ははー!ついに頭のネジが外れたか!」
「丑火赫衝!」
「だが!だが残念!魔妖術・隠鎖殺!」
隠殺童子の元まで届いた丑崎であったが、隠殺童子は再び姿を消した。
「忘れてたか?こっちのが俺の本領だ!魔妖術・絶殺刃!」
「丑火鬼炎!」
丑崎は炎の壁を再び張るが。
「がはっ…!」
絶殺刃の前において、それは意味をなさなかった。絶殺刃は丑崎の背中を捉え、深い傷を負わせた。
なんだ今のは…今までの飛ぶ斬撃とは違う、直接斬られた様な感覚だ…
「まだまだ、まだまだ行くぞ!魔妖術・絶殺刃!」
直接斬られるなら、炎の範囲を狭めれば!
「無駄無駄!」
「ああぁぁぁぁ!!」
丑崎は炎の壁の範囲を狭めるが、絶殺刃はそれでもなお届く。
「そらそら!無駄な抵抗をせずに潔く殺されろぉ!」
痛ぇ…!どうすりゃいい、このままだと丑気が解ける、なんかないのか…!
(さらには自身を分厚い妖気で包んで自分が傷を負うことも防いでいる。)
そうか、ただ壁を作っても意味は無い、体を完全に妖気で包めば余計な消費も抑えられる。
全身に分厚い妖気の装甲を纏うイメージ…隙間1つすら許すな…完璧に包め…!
丑崎が妖気を全身に纏ったことにより、丑気のオーラがさらに大きくなり、隠殺童子の猛攻も受けなくなった。
「小賢しい…小賢しい真似を!」
攻撃は防げるようになった、でも妖気の消費は激しいままだ、まだまだ鍛錬が足りない…めんどくせぇけど全部終わったら鍛えなおさなきゃな。
「だが、だがその状態長くは続かねぇだろ!すぐ楽にしてやる…っておい、なんの冗談だ!分身が全員やられてるじゃねぇか!」
隠殺童子が再び姿を現す。
やったぜ。さすがだなみんな、これは俺も頑張らなきゃな。
「形勢逆転と言ったところか?」
「図に乗るなよクソが!本体の俺にお前が勝てるわけねぇだろうが!法術・呪鐘鳴響(じゅしょうめいきょう)!」
またさっきの鐘の音か…!妖気制御が乱される…!
「じゃあな!先に逝ってお友達を待っていやがれ!」
その時、隠殺童子の左手が、自分の顔を掴んだのだった。