第百六十六集 吉留亜香梨
1月21日 15:43 湯の宿・京前
燃え盛る車、転がる死体、丑崎たちの目の前には悲惨な光景が広がっていた。
うそ…だろ…
「じょ…上層部に連絡しないと!」
「そないな事今はええねん!火消しが先やろ!」
「水呪符・流!」
小戌丸が誰よりも先に火消しに入った。
「1人じゃ足りません!皆さんもお願いします!」
「律、やるよ!」
「はい、お任せを。」
「「水呪符・流!」」
午上と巳扇の水呪符が加わったことで、数分経って完全に消火できた。
ダメだ、さすがにこの状態じゃ助からねぇ…
「皆さん、明日に備えてもう休みましょう。」
「休んどる場合やないやろ!今すぐにでもあいつ追いかけなアカンやろ!」
「今追いかけてどうするんです?なんの対策もなしに勝てると思ってるんですか?勇気と無謀を履き違えないでください!今目の前の惨状を見てそんなことも分からないんですか!」
「……すんません、頭に血ぃ上っとったわ…」
「はい、とにかく皆さんは戻って休むこと、あとは私がやりますので。」
吉留に言われた通りに、5人は旅館へ戻って行った。
16:00 湯の宿・京 2F 会議室
「どないしたらええねん…」
「オイラたちにできることを考えるしかないですね…」
「ねぇ丑崎、藤十郎たちにもあれ教えてあげたら?」
「蘭さんも教わっていたのですね、確かにあれを覚えているかどうかで戦い方に差は出ますね。」
えぇ…めんどくせぇ…って言いたいところだけど、そんなこと言ってられる場合じゃないな。
「なんや、あれって。」
「気になりますね、教えていただいてもいいですか、魁紀さん?」
「妖気の使い方だ。と言っても妖気の性質を変化させて使う陰陽や妖術じゃない、妖気自体の使い方だ。」
それから、数分かけて丑崎による簡単な妖気の使い方講座が行われた。
「なるほど、せやったら、なんでわしに1番先に教えんかったんや?」
「女性陣に先に教えるとは、魁紀さんは真由さんという人がいるのになんてことを…」
「おい待て正、誤解を生むような発言はやめるんだ。」
「なんやって!?丑崎はんあの虎と付き合っとるんか!?」
「これは面が白くなる話を聞きました、帰ったら亥尾さんに是が非でも聞いて欲しい話です。」
ここでそんな話はしたくなかったんだけど…めんどくせぇ…
「鬼寅の話は今いいんだよ、巳扇と蘭に教えたのもつい今日の午前中の話だ。」
「ほんなら全部終わったら虎の話聞かせてもらうで?まあええ、今すぐ実践や。犬、やるで!」
「はい、さっき言った話ですと足に妖気を溜めるイメージでしたね。」
「妖気切れにならないように気をつけてね…」
明日に備えて、できるだけ余計なことはしたくない。
そこから、訓練の時間が始まった。
17:00 湯の宿・京 2F 会議室
「あぁ疲れた…って皆さん!?何してるんですかこんなとこで…申喰さん!?小戌丸さん!?何があったんですか!?」
吉留は疲れ果てて会議室に戻ってきたが、会議室には疲れ果てて倒れている申喰と小戌丸がいた。
「妖気使いすぎて倒れてるだけよ、大丈夫っしょ。」
「あれだけはっちゃけるとは思いもしなかったですね。」
「妖気切れにならないようにって言ったのに…」
まあ切れてはないだろうけど、それにしてもやりすぎだ。部屋の中で空中泳ぎ始めるとかやること小学生かよ…
「とりあえず、稲荷大社の方々には避難していただきました。まだ被害は出ていなかったようで安心しました…」
稲荷山で待ってるんだったなそういえば、めんどくせぇとこに行きやがって。山の中なら隠れるのは簡単、そして探すのはかなり難しくなる。ここでみんなに浮遊を覚えてもらったのは正解だったな、万が一隠れられても空という選択肢がある。空中から探せるならいくらかましだろう。
「それはそうと、3人は2人を連れて部屋に戻ってください。ここで横になっても体に悪いですから。」
「わかりました、吉留さんはこの後どう為さるつもりですか?」
「私は明日の対策と準備、上層部への連絡です。最悪徹夜ですね…」
「何か必ず要するのでしたら私を呼んでください、いつでも手を伝えますから。」
「ありがとうございます巳扇さん、でも気持ちだけいただきますね。私は戦うことができないので、戦う皆さんのサポートだけでもやらないと。」
言われてみれば吉留さんが戦ったとこは見たことなかったな。監督役なんだし特に気にしたこともなかったけど。
「そういえば吉留さんってなんで今回の件引き受けたの?脱獄犯の捜索なんてあたしなら絶対断るんですけど。」
「そうですねぇ、存在意義を見出すためですかね。私は武術も陰陽も妖術も何もできません、ただ事務作業の腕を買われて十二家のために働いているのです。今回の監督役も、私に何かできることはないかと思って自ら名乗り出たのです。まあ結局上層部に連絡しますだの、相談しますだので、自分で考えたことはほぼなかったんですけどね…」
「でもあの藤十郎を落ち着かせたのはぶっちゃけマ?って思ったけどね、凄いよ、超卍って感じ。」
「褒められてるのかはよく分かりませんけど、ありがとうございます…では皆さん、早めに休んでてください、私は明日の準備をします…」
吉留さんってきっと俗に言う苦労人ってタイプなんだろうな、ただでさえめんどくさい仕事なのにめんどくさいメンツと仕事しないといけないとか割と罰ゲームでしょ。
「わかりました、無いお茶だけは飲まないでくださいね。」
「明日もよろぴくね〜」
「吉留さんなら大丈夫ですよ、明日もお願いします。」
明日に備えてもっかい風呂入るか、その前にこいつらを部屋に連れて行かなきゃ…
丑崎、巳扇と午上は申喰と小戌丸を担いで会議室を出た。
「はぁぁぁ…頑張んなきゃなぁ…私にできるかなぁ…ううん、頑張れ私!こういうのが取り柄なんでしょ!」
吉留は会議室の棚から重そうなアタッシュケースを取り出し、作業を始めた。
「最優先はみんなの安全、そして隠殺童子の討伐。あとは…どうにでもなれ!これをこうして…それでああして……」
そこから何時間か、吉留は会議室に篭もりっぱなしだった。
18:00 大浴場 浴ノ間
あぁ…本日2度目の風呂…酒呑様のおかげで妖気切れにはならなかったけど、しんどいもんはしんどい…
「絶対殺したるで、隠殺童子。」
「そうですね、ただでは許しません。」
「もう元気になったのか、2人とも。」
「ああ、元気もりもりや。」
「元気とは言えませんが、猿に負けない程には回復しました。」
ああそんなこと言ってるとまた始まるって…
「ああん?誰に負けないって?」
「耳が遠くなったのですか?猿ですよ、さ、る。わかりますか?」
「感謝しぃや、刀やのうて拳で許したるわ。」
「素手でオイラに勝てるとでも!」
「はい2人とも、風呂で暴れないで。明日用に体力残しとけ。」
すーぐ喧嘩する、喧嘩する元気だけはあるんだから。
「今日教えたこと、やりすぎるとすぐに妖気切れになるから、ほどほどにね。それと他にも使い方を思いついたらどんどん試して欲しい、無理のない範囲で。」
「任せとき。」
「任せてください!」
慈心は必ず助ける、隠殺童子は絶対に倒す、そんで尻尾も切り落とす。目的は多いけどやるしかない。