第百六十五集 慈心
1月21日 15:02 湯の宿・京 2F 会議室
「なんでてめぇがここにおんねん。」
「伝えるべきことを伝えるため。そして拙僧をもう一度捕らえていただきたい。」
伝えるべきこと?今更何を伝えるつもりなのか、そんでもっかい捕まりたいって、じゃあ脱獄しなきゃよかったって話じゃねぇか。
「危害を加える気など毛頭ありません、拙僧に残された時間も長くはありません。どうか話だけでも聞いていただければ。」
「責任は私が取ります、話を聞きましょう。ですがみなさんは常に戦闘態勢が取れるように準備してください、念の為です。」
「ありがたき言葉…それで構いません。では皆さんお座りください、拙僧にあったこれまでのことをお話いたしましょう。」
6人は互いに目配せをし、席に座った。
「できる限り簡潔に話しましょう。拙僧が入獄したのは、童を5人殺めたからです。」
「あんだけ童が戦うなどとって言った割に童殺してんのかよ、マジ卍すぎるんですけど。」
「なんとでも言って頂いて構いません、これが結果ですので。その日、夜に妖魔の気配を感じて直ぐに向かったのですが、公園で遊んでいた童5人が妖魔に襲われていたのです。間一髪で間に合ったのですが、妖魔と相討ちになり、最後は残った力でその妖魔を食い殺しました。」
妖魔を食ったってそういう流れだったのか、だとしても食い殺そうとはなかなか思わないだろ…
「その後童たちを逃がしましたが、殺したはずの妖魔の意識が頭の中に現れ、気がつけば童たちが目の前で死んでいました…」
「それは妖魔に体を乗っ取られたという感覚でしょうか。」
吉留は慈心の話を聞きながらメモをしていた。
「左様でございます。僧侶になる前は小学校の先生をしていました、故に拙僧にとって、童の命は何よりも重いと思って生きて参りました。拙僧が自ら童に手を出すことは断じてございません、信じ難いことなのは承知しております、ですがこれだけは拙僧の生きる理由、自分の意思で破ることはございません。」
小学校の先生だったのかよ…でも目が本物のそれだ。俺たちですらこの人が守る童に含まれてるくらいだから、ここで嘘つく必要はないだろ。
「意識を取り戻した後、拙僧は直ぐに自首し、入獄することになりました。だがしばらく経ち、再び妖魔に乗っ取られ、その果て脱獄をしてしまい、今に至ります。」
「ほんで、なんで3度もわしらの前に出てきたんや?脱獄したんやったらわざわざ人前に出てくる必要もないやろ。」
「少しでも、罪を償いたかったのです。拙僧の手の届く範囲で、市民や童たちを守れるのならばと、誰も傷を負わぬよう妖魔を倒してまいりました。ですが、丑崎さんの妖気に釣られてしまいましたがな。」
ごめんて。
「最後に、拙僧が食った妖魔のことについて教えましょう。妖魔の名は隠殺童子、気配を隠すのがかなり得意な妖魔です。さらには…うっ…!あああああ!!」
「どうしたんや!!」
「こやつめ…こんな時に…!」
(少しお喋りが過ぎてねぇかクソ坊主?あと少し俺の妖気が戻れば、直ぐに乗っ取ってやるからな!)
慈心の中で隠殺童子が暴れてるのか、慈心は両手で頭を抑え、何とか落ち着かせようとした。
「あなたの思い通りにはなりませんよ…さらには…隠殺童子は…玉藻前の尻尾が植え付けられています…弱めて尻尾を切り落とすことができれば…玉藻前の弱体化に繋がります…!」
「待て、それは本当か!」
これでやっと玉藻前について情報を掴める!
「拙僧はこれでも元は僧侶…妖魔の伝承については把握しております…玉藻前は9本の尻尾を持ち、それを妖魔や人間に植え付けることで支配することができる。植え付けた対象が死んだ場合、尻尾は玉藻前の元に帰って行きます。ですが植え付けた対象が死ぬ前に尻尾を切り落とされた場合、尻尾は二度と復活することなく、玉藻前の力が弱まります。」
この情報は大きいぞ、玉藻前の手下を倒すと共に玉藻前の力を弱まらせることもできる。今後出会えばさえすれば、玉藻前を倒す大きな一歩に繋がる!
「そして先日我々を襲った長壁姫もまた尻尾の宿り主です。」
だから大嶽丸は長壁のことを人形って言ってたのか…全部繋がった、茨木ので1本、長壁で1本、慈心の中の隠殺童子で1本、合計3本。排除できたのは1本だけだけど、隠殺童子のも切れれば2本、あと7本。多いけど着実に進んでる。
「拙僧が死ねば1本分持って行けると思いましたが、拙僧の状態では尻尾は出てきません。だから拙僧をもう一度捕らえて、隠殺童子が再び姿を現した時に、弱らせて尻尾を切り落としてください。」
「ううんん…」
慈心の話を最後まで聞き、メモする手を止めた吉留。
「今すぐ上層部に報告します、そして皆さんは慈心の監視をお願いします。直ぐに近くの刑務所に連行しますので、その準備もお願いします。」
吉留は話終わると、ささっと会議室を出た。
「ありがとうございます…」
「慈心、あんたはそれでいいのか?」
「拙僧はもういいのです、若い頃は可愛い生徒たちに恵まれました、僧侶の頃は良き仲間たちが、破門されてからはあちこちへ旅をし、たくさんの出会いに助けられました。思い残すことはございません。」
「そうか。」
仲がいいわけじゃないけど、知ってる人間がこれからいなくなるって考えると、少し寂しい気持ちになる。顔をどう見ても、ただの優しい坊さんなのに、なんでこんなことに…
「丑崎さん、そして他の皆さんも、あなたたちの未来は明るい、拙僧のようになりませぬよう、ご精進くださいませ。」
慈心は立ち上がり、丑崎たちに深々と一礼をした。
「皆さん、上層部への連絡は済みました。こちらは準備ができましたので、出発しますよ!」
「「わかりました。」」
「慈心、私に付いてきてください。」
「わかりました。」
吉留は慈心を連れて、先に出ていった。
「わしらも行こか。」
「何も起こらないうちに、ですね。」
「余計なこと言うなや犬、それやと起きてまうやろが。」
「用心しただけですよ。」
実際いつ隠殺童子が暴れ出すかわからない、行くなら今のうちだな。
15:40 湯の宿・京前
パトカーが3台に警官が10人、多すぎなんじゃないかって思うけど、万が一のこともあるから、これくらいが妥当だろう。
「慈心、確保しました。これより刑務所へ向かいます。」
「では皆さん、本当にありがとうございました。」
「もう会うことないだろうけど、達者でな。」
「はい。」
慈心は全員に一礼をし、そのままパトカーへと乗り込んだ。
「なんだこのゾワッとした感じ…サゲな感じ…!」
「うぐ…ああああ!!あなた…まだ大丈夫なはず…なぜ…!!」
(ははー!!わかってることだろうが!俺は玉藻前様から力を授かってんだ!坊主1人の力で、今の俺が抑えられると思うな!)
慈心が乗り込んだパトカーは突如爆発し、その場にいた全員を吹き飛ばすほどに。
「ははー!!ようやくだ!ようやく殺せるぞ!!はああああああ!!!」
爆発の中から慈心の姿をした何かが飛び出る。そしてその何かを中心に、赤い斬撃が周囲に放たれる。
放たれた斬撃によって、周囲にいたパトカーと警官は全部バラバラにされてしまった。
「あいつは…隠殺童子か…!」
「ご名答、ご名答だ丑崎魁紀!嬉しい、嬉しいな!酒呑のじじい共々玉藻前様に捧げられるんだ!これ以上に嬉しいことはない!!だが!俺もバカじゃねぇ、こいつの体にもまだ慣れてねぇからな、そうだな…明日、明日だ!明日稲荷山でお前らを待つぞ!もし来なかったら…京の都の人間を片っ端から殺していくぞ!!ははー!!!」
隠殺童子はそう言い残して空に消えていった。