第百四十三集 恵まれた環境
10月26日 11:15 東京兎月病院前
今回の件に関して、これ以上なにかできることはもう無さそうだな。
人が死んでる以上、1学生がどうこうできることではない、あとは偉い人らに任せよう。
さてと、どうしようかな、帰ろうかな。ていうか待てよ、文化祭まで今日含めてあと5日しかねぇじゃん!30日までに準備終わらさなかったら葉月先生に殺される!!
しかもこのタイミングでダンスの先生の冬も入院中…どうすりゃいいんだ…
「うーん…」
まあいっか、五十鈴がなんとかいてくれるだろ。
「帰って寝よ。」
その後、新井妹が脅威的な回復力で退院し、ダンスの特訓が始まることを、今の丑崎は知る由もなかった。
10月29日 8:00 自宅
筋肉痛が痛い…
今日は火曜日、本来なら学校に行く準備をしなければならないのだが、体が痛すぎて動きたくない。
ただでさえ前の戦いでの疲れが取れてないのに冬のダンス特訓がまた始まった…なんだよあいつ、回復力エグすぎるだろ、見舞い行った時まだパッと見怪我人だったんだぞ。
「魁紀…学校行くよ…」
「だらしないわねあんたたち、こんなことで疲れてちゃダメじゃない。」
羽澤と鬼寅が丑崎を起こしに来た。
「お前も言うほど元気じゃねぇだろ、足震えてんぞ。」
「そんなとこ見ないでよ変態!」
「なんでそうなるんだよ…」
ともかくもう準備しなきゃ…遅刻は良くない…
「わかったから、2人とも部屋から出てくれ、着替える。」
「待ってる…」
「早くしなさいよ。」
はぁ、憂鬱だな…
8:40 任田高校 1年5組教室
眠い、疲れた、帰りたい…
「魁紀君大丈夫?」
「これが大丈夫だと思うなら眼科に行った方がいいぞ南江。」
「そうかなぁ、言われてみれば確かに最近目悪いかも。」
頭が悪いの間違いだと思うなそれ。
「おはようおまんら、席に着け。用事があるからいろいろ手短に話すぞ。」
葉月は急ぎ足で話し始めた。
「1つ、今日は基本的に文化祭の準備に時間を使うんじゃ。2つ、幽奈と魁紀、2人は今から俺について来るんじゃ。」
「え、今からですか?」
「そうじゃ、つべこべ言わずとりあえずついて来い。」
「わ、わかりました。」
今からどこに連れていかれるんだ?なんかやったっけ俺。
「話は以上じゃ、ダンスの特訓頑張りな、ほんじゃ冬奈、あとは頼むわ。」
「わかりました、ではみなさん、じゃなくてお前ら、楽しい楽しいダンス特訓のお時間だ。」
みんなの嘆きが聞こえたような気がする…葉月先生に連行されてよかったのかもしれない。
「行くぞ魁紀、ちょっと急がなきゃならないんじゃ、早く準備しろ。」
「はーい!」
とにかく、行こうか。
10:00 東京兎月病院 病室(特別室)
どこに連れて行かれるかと思ったら、佐曽利さんの病室だった。同じように相馬と一緒に暮らした羽澤と鬼寅も来ている。
佐曽利さんはどうやら妖気が暴走した反動で、もう長くないらしい。それで俺らは相馬の見守り役で連れられて来た。
「佐曽利様…!佐曽利様…!!」
「恵…ごめんね…私たちの夢が…」
「そんなのもういいです!私は佐曽利様がいてくれたら…!」
「先生、これ俺ら外出た方がいいんじゃないですか?」
「そうじゃな、出よう。幽奈と真由も1度出るぞ。」
「「はい。」」
丑崎一行は静かに病室の外へ出て行った。
「恵…恵は常に私の光でした…恵をいつも曇っている私の心を晴らしてくれました…それなのに私はこんなことを…」
「いいのです…私の事は気にしなくていいのです…!」
「恵は優しいですね…はぁ…今になってやっと気が付きました…」
佐曽利は少し残念そうに言う。
「何にでしょうか…?」
「力など無くとも、世界一など取らずとも、私はすでに恵まれていたのですよ…恵と過ごしてきた日々が、私にとっての恵まれた環境だったのです…失った時に初めて、そのものの大切さに気付くとはまさにこのことですね…」
「はい…!私もです…私も佐曽利様と一緒にいたから、みんなの前で歌うことができました…!佐曽利様がいてくれたから、今の私がいるのです…!」
「ありがとう…でも私はもうここまでのようです…自分が犯した罪を償う時が来たのです…鷹取さんや丑崎さんたちに申し訳ないと伝えてください…」
佐曽利の体が塵のように、徐々に消え始める。
「佐曽利様…佐曽利様…!!!」
相馬は佐曽利の手を取り、強く握る。
「最後に恵…自分の生きたいように生きるのです…
私と同じにならないように…恵の歌は…世界一…優しいのですから…」
その言葉を最後に、佐曽利の体は完全に消え去ってしまった。
「佐曽利様……」
「そろそろじゃな、入るぞ、おまんら。」
「「はい。」」
病室にもう一度入ると、佐曽利さんが消えていた。
「佐曽利さんが…いない…」
「妖気の暴走の反動じゃろうな、人間の形に戻れただけ奇跡じゃ。魁紀、おまんのおかげで相馬さんが佐曽利と最後に話せたんじゃ。」
「丑崎様、羽澤様、鬼寅様、葉月様…この度は、誠にありがとうございました…そして佐曽利様に代わり謝罪を…申し訳ございませんでした…」
やっぱ佐曽利さんは根はいい人だったんだな、妖気に呑まれて人格を歪まれた結果、今までの凶行に出たんだろう。
「謝らんで大丈夫じゃ相馬さん、やることをやっただけじゃ。謝るなら、今後ともこいつらと仲良くしてやってくれ、相馬さんがいた間、こいつらの暮らしが多少は良くなったと聞いた。担任として頼む。」
葉月は深々と頭を下げた。
「葉月先生、俺らのことなんだと思ってます?」
「大体いつも魁紀がですね…」
「心外だわ、魁紀が私たちを怒らせなければ何も起こらないわ。」
こいつら…
「ともかくこんなやつらじゃ、仲良くしてやってくれるとわしの心配事も減る、わしのためにも、頼む。」
「えぇ、こちらこそよろしくお願いします。それと、私から1つお願いがあります、この状態で申し訳ないのですが、任田高校文化祭の後夜祭、私がライブをすることになっていたと思いますが、やらさせて頂いてもよろしいでしょうか。」
それは嬉しい話だな、活動休止になったからてっきりこっちも中止になるかと思ったのに。
「願ってもないことじゃ、校長の方にはわしが連絡する、ただ無理だけはしないでくれ、相馬さんの体調が最優先じゃ。」
「心遣い感謝します。でもやらせてください、期待していた学生の皆様のためにも、佐曽利様のためにも。」
「わかった、今すぐ掛け合おう。」
そう言って葉月は電話を持って病室を出た。
「恵ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫かどうかと言いますと、かなり不安ではあります…ですが大丈夫です、私は恵まれていますので!」
「それはどういうこと?」
「皆様に出会えたからです!そしてこれからも仲良くして行けるからです!ですが家はまた自分で一から探します、丑崎様に迷惑をかける訳にはいきませんので。」
「いや俺は全然大丈b…」
「そうなのね!分かったわ、私も家探しに協力するわ!」
「私にも手伝わせて!」
羽澤と鬼寅に無理やり口を抑えられた丑崎であった。
「うん…!嬉しいです!」
今の相馬の顔、初めてライブに行った時に見た笑顔と一緒だ。やっぱり輝いてるな、かわいい。
「魁紀のバカ。」
「アホ。鼻の下伸ばしたわね。」
「はいはい、俺が悪うございました。」
もうめんどいから開き直ることにした。
「では皆様、私はこれで失礼します。31日のライブ、楽しみにしていてください!」
相馬はそう言い残して病室を後にした。
「かわいいな。」
「バカ。」
「アホ、くたばれ。」
「そこまで言う必要なくない?」