第百三十七集 行ってらっしゃい
10月25日 20:50 日本武道館
戻ってきたはいいが、ここを出た時から時間が経ちすぎてるな、大丈夫かなあいつら。
「おい魁紀、ステージを見てみろ。誰かが戦ってる。」
「ステージか、あれは…冬と鷹取だ!相手は…相馬恵…!!」
「なんでああなったんだ!」
「相馬恵は佐曽利さんに妖気を入れられた、体が妖気に耐えきれず妖魔になったんだ。」
「クソッタレが…!俺が乗っ取られてる間に…!」
だがさっきと様子が違いすぎる、より一層妖魔に近付いた感じだ。
「悪い魁紀、先に行く!!」
「おい龍太郎待て!!」
「恵ちゃん、今助けに行くぞ!」
「あの馬鹿!無茶できる体じゃねぇだろ!」
ちっ、追いかけるしかねぇな。ちょっと待て、あそこで倒れてる2人、羽澤と鬼寅じゃねぇか!どうする、龍太郎を追って3人の援護か羽澤と鬼寅の安全確認か…考える必要はねえな。龍太郎、少しもちこたえてくれよ。
20:52 日本武道館 ステージ前アリーナ席
羽澤はそんなに怪我してないけど、鬼寅の方は酷いな、制服ボロボロだし切り傷が多すぎる。あっちょっと見えちゃいけないところが…
「おい2人とも、大丈夫か?生きてるか?」
2人の肩を揺らすが、起きる気配がない。
「クソ、こういう時に卯道さんがいてくれりゃ…」
「魁紀…なの…」
羽澤が少し動き出した。
「羽澤!大丈夫か!」
「うるさい…わね…声が大きすぎる…のよ…」
「鬼寅!よかった…無事なんだな!」
よかった…2人とも生きてるなら…本当によかった…
「どこを見て無事だと思ったの…」
「本当だわ…もうボロボロ…キャアアアアアア!!こっち見ないでよ!!」
「痛ったあああ!!」
鬼寅に思いっきり腹を蹴られた…心配してんのになんつー仕打ちだ…
「真由ちゃん、胸が見えそうだね…」
「鎌鼬にやられたのを完全に忘れていたわ…」
俺はそれどころじゃなくて全く見えなかったけどな、ちくしょう、蹴られる前に目に焼きつけるべきだった。
「まあそんくらい元気なら心配はいらねぇな、じゃあ俺はステージに行くから、ここで待ってろよ。」
「待って魁紀、私も行く。」
「そうよ、戦えないと思われちゃ癪だわ。」
うーんここで連れて行ってもなあ、元凶は佐曽利さんだし相馬恵は戦闘不能にするだけでいいからそんなに戦力いらないんだよな。
そうだ、いいこと思いついた。
「羽澤と鬼寅はさっき言った通りここで待っててくれ、ただしもう戦えないフリして寝てて。」
「なんで?」
「なんでよ。」
「相馬恵が敗れそうになったら必ず佐曽利さんが出てくる、そのタイミングに合わせて一気に叩くんだ。そのために体力を温存しておいてくれ。」
佐曽利さんが相馬恵を妖魔化させることができたということは、佐曽利さんも妖魔化してる、それかそれと同等の力を持ってるということ。戦力は多いに越したことはない。
だから今のうちにこの2人を温存しておかないと。
「わかった、まだ疲れてるし、ここでしばらく寝てるよ。」
「わかったわ、魁紀にしてはちゃんと考えたじゃない。」
「戦略どうこうはわかんねぇけど、できることやっとかねぇとな。じゃあまたあとで!」
「「行ってらっしゃい。」」
なんか、テンション上がるな。
20:55 日本武道館 ステージ上
思ったよりステージ離れてたんだなこれ…
それより戦況は…押されてるな。龍太郎はもちろん、鷹取も冬もボロボロだ、早く参戦しねぇと。
「頼む恵ちゃん!目を覚ませ!」
「お願いだ恵ちゃん!これ以上恵ちゃんが戦うところは見たくねぇんだよ!!」
「私たちと一緒に過ごしたあの時の恵ちゃんに戻って!」
3人とも全力を出してないな、というより出せない。
ボロボロだというのもそうだけど、相手が相馬恵だからな、傷付けたくないって思うと手が緩むんだろう。それは俺もそうだ、これでも数日は同じ屋根の下で暮らしたんだからな、戦う相手になると思うところもある。
そうと来れば、直接黒幕を叩けばいい。ただそうすると羽澤と鬼寅が体力を温存するのが無駄になる。
じゃあこれだな、3人にも力を温存して貰うように、俺が相馬恵の相手をしよう。
「3人とも少し休んでろ!俺がやる!」
「魁紀さん!」
「魁紀おっそーい!」
「少し遅いんじゃねーか?」
うるせぇよ、こっちは考えながら動いてたんだっつーの。
「最初会った時とは随分と見た目が変わったじゃねぇか、相馬恵。」
「あらら、丑崎様ではありませんか。会いたかったですよ、歌を捨てた私を是非見てください。」
歌を捨てるとか歌姫も堕ちる所まで堕ちたな、見るも何も完全に妖魔だろ。雰囲気は冷残にそっくりだ、見た目はほぼ人間だが俺にも見えるレベルで妖気を漂わせてる。あんなの妖魔以外の何者でもねえ。
「もう妖魔になっちまったのか、でもよかったよ。」
「と、言いますと?」
「まだ人間だったらやりにくかったけど、妖魔なら手加減する必要がないからな。」
「さすがの私でも、それは聞き捨てなりませんね。」
おーおー前の相馬恵の影もねぇな。でも短気で結構、佐曽利さんを釣り出せばこっちのもんだ。
「短気だねぇ、元の相馬恵ならもっと可愛く反応してくれただろうに。これも飼い主の影響かな?」
「おい魁紀、その話あとで詳しく聞かせろ。」
「あーしも聞きたいです。」
待て、今煽ってるんだからちょっと待て。
「丑崎様、その口を今すぐに閉じれば命の保証はします。」
「なんだなんだ、図星か?懐古厨じゃないけどやっぱり元の相馬恵がよかったなー、なあ!あんたもそう思うだろ!佐曽利さんよ!」
「魔妖術・煙漫歌。ああああぁぁぁ!」
ビブラートがかかった声、口から煙が出てなきゃいい歌声だったんだがな。
「魁紀さん!あの煙を吸わないでください!吸ったら力を一瞬持ってかれます!」
なるほど、一瞬力を抜けさせてそこに畳み掛ける術ね。
「ありがとう冬!丑火凄斬!」
煙を吸っちゃダメなら晴らせばいい!
「魔妖術・螺旋歌。らぁぁぁぁ!!」
今度は口から斬撃か、物騒だな!
「丑火激損!!」
ステージをちょっと壊すけど許してくれよな!
「私の術に当てて煙を起こしますか、やはり十二家の者は侮れませんね。」
それはどうも。
さて、今のうちに3人に作戦を伝えよう。
「お前ら、1度しか言わないから覚えてくれよ。相馬恵の相手はとりあえず俺がする、3人は体力温存して欲しいから、軽〜い陰陽を適当に放っててくれ。あっ、俺に当たらないようにね。」
「わかった、ちょっとした火の玉くらいなら出せるぜ。」
「魁紀がちょっとでも恵ちゃんに目移りしそうになったら撃ってあげるね!」
「だけど魁紀さん、今の恵ちゃんはさすがの魁紀さんでも1人で相手すんのは辛くないですか?」
おっとと、あんま信用されてねぇなこれ。
「そこは安心して任せろ。目的は相馬恵を戦闘不能にすること、討伐することじゃない。文化祭で生ライブ落ち着いて見たいからな。」
今までは任務だったり無理やり連れてかれたりだったからな、落ち着いて見させろ。
「わかりました、頑張ってください!」
「それと、もう1つの目的は佐曽利さんを引きずり出すこと。相馬恵が危なくなったら佐曽利さんは絶対自分から出てくる、その時はお前らに任せたぞ。」
「おーよ!」
「この天才に任せたまえ!」
「了解です!」
そろそろ煙が晴れるな、気張っていくか。
「丑崎様、ここで謝罪するのであれば許しましょう。これでも私は寛大なのです、さあ!」
「いーや謝らないね、佐曽利さんには罪を償ってもらうし、お前にはもう一度歌姫としてステージに立ってもらう!」
「そうですか…残念です。ならば死んでもらいます!」
「随分と口が悪くなったな歌姫!」