第百三十四集 花念
10月25日 20:15 日本武道館外 南西側 丑崎魁紀サイド
(魁紀、魁紀よ。)
この声は…酒呑様…
(はよ起きんか馬鹿者!!)
「はっ!」
「童子切は頂いていく!!」
「ふっざけんな!!!」
酒呑様のおかげで早めに目が覚めた、じゃなかったら今花念に童子切を取られていた。
「何故だ、何故気を失っていた君がそんなに早くも目を覚ますことができる!」
そうだった、あいつの術で意識を飛ばされたんだった。危ねぇ危ねぇ。
「そりゃ俺には頼れる御先祖様がいるからな、いつだって助けてくれるんだ。」
「卑怯者が、サシで勝負もできないのか。やはり人間は所詮人間、虫けら以下の存在だな。」
確かにそうだな、酒呑様の力を借りた状態でサシで勝負だなんて言えないな。けどまあ俺もバカじゃない、敵の言うことにいちいち聞く耳を立てる必要はない。何せ敵だからね、どんな手を使ってても勝つというのが上策。よし。
「は?誰が虫けらだって?わかったよ仕方ねぇな、妖刀に人間のことどうのこうの言われるのも癪だし、サシで勝負してやるよ!」
(おい魁紀貴様!正気で言っておるのか!)
(大丈夫、今ならできそうな気がする。)
(左様か、ならば見定めてやろう。)
(ありがとう。)
よし、花念の口車に乗ったようで嫌な気分だがこれでいい。
「なんだ、ちゃんとしたプライドは持っていたようだね。」
「お前に言われたくねぇよ、どんな人間にだってプライドはある、人間をナメるな。」
「いいだろう、君が言う人間がどれほどの力を持っているか、僕が試してやろう。言っておくが、先程の僕と同じとは思わないことだね!」
さっき戦った感じ前より少しは強くなったけど、まだ奥の手があるってことか。
すると花念は剣を腕に当てて、血を流した。
「武術血界。」
おいおい、血界を使える口かよ!
「罪花念網!」
花念を中心に黒の円陣が広がり、一瞬で俺も取り込まれた。
「今度こそ、童子切を奪わさせてもらう!」
「やれるもんならやってみろ!血界内だからって調子に乗るなよ!」
「それは僕の台詞だ人間!花妖術・蕣!」
花念の手、血界から青い花が咲き、そこからツルが現れて俺に向かって伸びてきた。
「花は綺麗だけどツルは要らねえよ!丑火衝!!」
地面に大太刀を突き刺し、周囲に炎の衝撃を飛ばす。
「花に美しさを感じるなら、何故燃やす、何故燃やせる!君たち人間はいつだってそうさ、自分にとって不要と感じた瞬間にすぐさま切り捨てる。僕と兄さんを切り離したように!」
何言ってんだこいつ、隙あらば自分語りってやつか。
「元々は同じ刀塚に置かれていたんだ、そのまま置いておいても何も起こるはずが無いというのに、頭の悪い人間は兄弟刀の妖刀なぞ揃っていては何が起こるかわからんと言って僕を洛陽に保管した。そのせいで何年も何十年も何百年も僕と兄さんは切り離されたままだった!」
つまり元々は龍太郎と大谷が遊びに行ってた刀塚に二振して置かれてたってことか。にしてもやっぱ昔の人は馬鹿だな、なんの根拠もないのに危ないって勝手に決めつけて勝手に決断を下す。
「だから僕は感謝しているんだよ、僕に自我を与えてくれた彼女に。そのおかげで兄さんにも自我が渡った。」
彼女?
「誰だよ、その彼女は。」
「答えるわけないだろ。一応恩人なんだ、だが今となってはそれはどうでもいい、君から童子切を奪い、彼女に渡せば僕らは自由になれる!」
だいたいわかった、さては彼女ってのは玉藻前だろ。酒呑様の力が欲しがってんのはあいつくらいだからな。
「無駄話が長くなった、続きをしよう。」
また玉藻前となると、こいつらも茨木みたいに尻尾を植え付けられてる可能性があるな、だったら油断は許されねぇ。
「行くぞ!人間!」
「丑神の吽那迦よ、我に力を与えたもう、捧げるは我が魂の祈り!突っ走れ!丑気!」
花念がもう一度ツルを丑崎に伸ばしたが、丑気の圧で全てかき消された。
「蕣がかき消されただと!なんなんだその姿は!」
「丑崎家に代々伝わる力だ。行くぞ花念、前の俺と同じと思うなよ、丑火衝!」
炎の衝撃で花念は後ろに下がった。
「ちぃっ!僕の血界の中で僕に勝てると思うなよ!花妖術・撫子!」
血界内で無数の花が咲く。色も数が多く、ピンク、紫、赤、白があった。
「今度はどう来る!」
「咲いた撫子単体に意味は無い、だがその数にこそ意味がある!花妖術・鬱金香!!」
無数の撫子から鬱金香、すなわちチューリップが咲き始めた。
「まだだ!花妖術・一重咲き!」
「何かが起こる前に止める!丑火錘!」
鬱金香とやらが全部燃えるまで、丑火錘はやめねぇ!
「花が咲いていく姿すら見届けられないとは、花の真の美しさを分かっていないな!」
「黙れ!てめぇの戯言に付き合ってる暇はねぇんだよ!」
「ふっ、だがもう遅い!いざ咲き誇れ、花妖術・八重咲き!」
チューリップは一重咲きから八重咲きに変異し、丑崎の丑火錘をものともしなかった。
「なんだその花は、どんな咲き方してんだ!」
「鬱金香が突然変異を起こした時の咲き方だ、これぞ花の真骨頂、これぞ花の美しさ。さあとくと見るがいい!散れ、そして君があの時の人間たちの代わりに罪を償え!花妖術・罪花!」
全てのチューリップが黒く染まり、散る。そして散った花びらは丑崎の周囲で漂い、気づけば丑崎は包まれていた。
「冤罪も程々にしろ!昔の馬鹿と俺を一緒にするな!」
ってそんな場合じゃねぇ、どうなってんだこの花びら、真っ黒でなんも見えねぇ。
「さよならだ人間、最後に教えてあげるよ。その花びらは君の妖気を吸い尽くす、妖気が無くなれば血を、血が無くなれば肉を、肉が無くなれば骨を全部吸い尽くす。もう君に何もできることは無い、童子切を渡すと言うのならば五体満足とはいかないけど命の保証だけはしよう。どうだい?」
五体満足じゃなかったら生きるのもしんどいっての、ただもしあいつの言った通りならまずいな、ここから脱出しないと。
「脱出しようだなんて無駄だ、抵抗すればするほど罪花は力を増して君を吸い尽くすだろう。それほど人間の罪は重いんだ。」
それはとんでもねぇな、でも1つ引っかかるな。
「そうか、それなら辞めておこうか。それで1つ聞いていいかな。」
「なんだい?」
「なんで命だけは許してくれるんだ?」
「僕が知ってる人間より遥かに理解のある人間だったからね。僕が彼女に約束したのは童子切を渡すことだけ、君の命はどうでもいいんだ。挑発したとはいえ僕とサシの勝負にも挑んでくれた、それにはしっかりと礼で応えないとね。」
律儀な野郎だな意外と。
「そうかそうか、ありがとうさん。」
「分かってくれたかい?では童子切を渡してもらおう。」
「だが前提がおかしい、俺がここを破れないという前提がな!」
「なに!!」
血界を張られた時に思ったけど、葉月先生と柏井師匠の時ほどの圧を感じない。
そして今まで見てきた血界と圧倒的に違うのは、血界内と血界外が繋がってることだ。根元先生、葉月先生、柏井師匠の血界はみんなドーム状だった。だがこいつのは違う、ただ足元に円陣が広がっただけ。
だからこれは血界と言うより、広範囲で常時起動型の陰陽だ。それなら破り方はいくらでもある!
「少し勉強が足りてなかったな花念!丑火激損!」