第百二十三集 血界と下の名前
10月20日 18:00 柏井道場
「ほう、妖術血界とな。お前の歳で妖術血界はまだ早い、体がまだ若すぎるのだ。」
さすがにそう簡単にはいかないか…
「妖術血界とは妖術の頂点、言わば全ての妖術の終着点である。そこにたどり着くには身体、精神、妖術を極限まで鍛えねばならん。鍛錬にどれほどの時間をかけるかは人によるが、史上最年少で妖術血界に至った者は確か20歳だったな。つまり最低でもそれくらいは鍛錬に時間を費やさなければならん。」
20歳か、あと5年…うーん遠すぎる。今すぐにでも習得したいのに。
「だが焦ることはない、どれ、基礎くらいは教えてやろう。まずは場所を変えよう、軽い座学からだ。」
「はい、お願いします!」
史上最年少がなんだってんだ、そんな記録塗り替えてやる。
「そうだ思い出した、さっき史上最年少の習得者、確かお前のとこの担任の根元洋海だったな。亡くすには惜しい人材だった。」
どんな偶然だよ、記録更新無理な気がしてきた。
18:10 柏井道場 教室
久しぶりだな、こうして師匠に修行を付けてもらうの。
「まずはそうだな、魁紀、血界についてどれだけ知ってる。」
「根元先生と葉月先生が使ったのを1度見ただけですね、根元先生の時は使用した後亡くなって、葉月先生の時は俺と南江が無理やり血界に穴を空けて侵入しました。」
「ほう、血界に穴を空けるとは命知らずな。」
「あれはああするしかなかったんで…はい…」
ああでもしないと葉月先生が危なかった、だからあれで正しかったんだ。
「まあよい、2度も自分の目で確かめたのならよい。妖術血界、術者を中心に展開し術者の妖気限界に合った広さまで広がる。無論範囲を縮めることも可能、自分と相手の2人だけを血界内に閉じ込めるなら縮める方が上策であろう。」
根元先生も葉月先生も、茨木童子と冷残を閉じ込めるためにそうしていた。
「そして妖術血界だけ話しておったが、血界は別にもある。」
「あったんですか、他にも。」
「学校で学ぶことはないから仕方あるまい、他にも2つの血界が存在する。武術血界と陰陽血界だ。」
全く聞いたこと無かった、そんなものが存在してるならなんで聞いたことなかったんだろ。
「3つの血界全部習得することは不可能だ、それぞれ適性というものがある。例えばわしは武術血界の適性があり、お前には妖術血界の適性がある。それと高校ならコースは選んだんだろ?それはある種の適性検査だ、適性にあった血界の習得が可能になる。」
「でもそれは必ず習得できる訳では無いんですよね。」
「そうだ、さっきも言ったが厳しい鍛錬を乗り越えなければならん。それと時の運もある。」
運…そんな要素も絡むのか。
「根元と葉月がそれぞれ風神と雷神に選ばれたようにな。そういった運も時には必要なのだ、努力だけでたどり着ける場所には限界があるのでな。」
「でも師匠はたどり着いたんじゃなんですか?」
「そうだ、だが相当な時間がかかった。わしは今52だが、武術血界にたどり着いた時はもう40だった。」
40…俺からしたらあと25年もかかるのか…
「まあせいぜい頑張れ、お前には酒呑童子という運がある。わしよりは早くたどり着くに違いない。」
酒呑様か、俺の場合選ばれたと言っていいのか…?
「ではゆくぞ、修行の時間だ。」
「はい!」
21:00 自宅 風呂場
はぁ…約2時間、師匠のもとで修行をした。懐かしい感覚だったけど、死にかけた…
物は試しと言って師匠の武術血界に閉じ込められるとは思わんかったよ…
でもなんとなくわかった、基礎中の基礎だけど妖気流しとも、妖気纏いとも違い、もっと妖気を周りに広がらせるイメージ。すると自分の妖気の性質によって、自分だけの血界を作り出せる。
複数人が同じ血界を作り出すことはありえない、1人に1種類、そいつにしかその血界は作り出せない。これがどうやら血界の原則らしい。
どうなるんだろうな、俺の血界。まだまだ修行始まったばっかだけど、そして今の俺に習得できるかどうかも…
妖気を広がらせるということは、妖気纏い以上に妖気を放出しなければいけない。さらに妖気の放出ができたとして、血界を構成できるくらいの妖気を術者が持っていなければ血界は成立しない。
で、そこで鍛錬の時間が関わってくるわけだ。
妖気は鍛錬を重ねていけば増えていく、使えば使うほど無くなった分を補うように体が自動で妖気を作り出していく。そこに回復した妖気も合わされば総合的な妖気は前より増える。
つまり、これを繰り返した数が多ければ多いほど、妖気は増える…
「あああああああ!!んなもんいつになったら足りるんだよ!!!」
「魁紀!風呂場で騒がないで!」
羽澤に怒られてしまった、つい大声を出してしまったな。仮の形でもいいけど、早く妖術血界を習得してぇな。
もし習得できたら名前何にしようかな…終哭巡天、うん、これだな。
10月21日 9:00 1年5組教室
文化祭あと10日、始まる前に龍太郎を連れ戻し、文化祭当日に相馬恵を活動再開させる。そしたら龍太郎も文化祭で相馬恵の歌を聞ける、これが最低限だ。
「おまんらなんだか久しぶりじゃのう、じゃが今日もわしは忙しいから、連絡事項だけ伝えて出かける。」
久しぶりに葉月先生を見た、忙しいのはいいけど、無茶してないだろうな。
「今度の文化祭じゃが、相馬恵がライブを開催する予定じゃったが、知っての通り相馬恵は活動中止だ。じゃから文化祭でのライブも中止じゃ。」
教室は静かだった。龍太郎がいないのと、そのことをみんなが知ってるだろうし、驚く方が難しいか。
「それと龍太郎はしばらく欠席じゃ、なにやら家の用事で手が離せないみたいじゃ。そんなわけでわしはおらんが、今日もちゃんと授業受けろよおまんら。じゃあのう。」
またまた葉月先生は手を振りながら教室を出ていった。
授業か、授業じゃないけど、最近は色々教わった。薬守さん、圭、新井妹。
失敗してもいい、何故失敗したのかをちゃんと考える。もっと仲間を信じろ、肩の荷を預けてもいいんだ。
「遥ちゃん、ちょっと特訓付き合ってくれない?」
「朋実ちゃん?珍しいね、いいよ!」
「ありがとう。」
そういえば、大谷のやつ大丈夫かな。一昨日の夜闇堕ちの雰囲気を漂わせていたけどどうなんだ?なんだか黒いオーラ纏ってそうな感じするし…
「魁紀、私達も特訓しよ。」
「羽澤、いいけどお前も珍しいな。」
「何かやれることがないか考えたら、これしか無かった。」
昨日の俺と同じだな、救出に向かう前に自分らの力を高めようってことか。
「よーし乗った、陰陽使いの相手をするのも珍しいし、いい特訓になりそうだ。」
「いつまでもクラストップだと奢らないように、後ろにいつまでも追いかけてる私らがいることを思い出させてあげる。」
「そんなの、言われなくても覚えてるっつーの。」
もう忘れはしないさ、後ろじゃなくて、みんなすぐ隣にいるって。
9:20 1年5組専用体育館
南江と大谷はもうとっくに始めてるな、それよりも。
「なんでお前いるんだ、新井妹。」
「ダンスの練習に決まってるじゃないですか、それと新井妹じゃなくて、冬奈でいいですよ。」
「下の名前は呼べん、夏妹なら呼ぶ。」
「それはあーしが嫌です。」
「わかった、間をとって冬でどうだ。」
「それならおーけーです。」
なんのやり取りだよこれ。
「あー!私下の名前で呼ばれたことないのに!」
「別に今の下の名前じゃないだろ。」
「ほぼ名前じゃん!冬奈ちゃんだけずるい!」
「何の話かよくわかりませんがまーそういうことで、魁紀さんの特訓が終わったらちゃんとダンスの練習にも来てくださいね!」
そう言って冬は残った5組のみんなを連れて俺たちとは反対側の方に行った。
「よし始めるぞ、時間が惜しい。」
「じゃあ私が勝ったら幽奈って呼んで。」
「え、なんでだよ。特訓しようって言ったのそっち。」
「呼んで、ね?」
「はい。」
怖かった。
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