第百十五集 兄弟
10月18日 17:30 東京ドーム2階席 南側
前回聞いた時もそうだったけど、重たい恋って…もっといい曲名いっぱいあったろ。
「♪あの日、君と出会った」
「♪恋するなんて思わなかった」
「♪むしろ嫌いだった、めちゃくちゃ嫌いだった」
「♪でも君はそんなこと気にせずに」
「♪普通に接してくれた」
「♪そして、君に友達になってくれと言われた日、嬉しかった」
なんだか純粋な恋の歌って感じだけど、あとから重たくなるのか。
ふと、携帯が鳴った。
「鷹取か、まだ始まったばっかなのにもう探知したのか?もしもし?どうした?」
「魁紀!妖気探知に何かが引っかかった!場所はまゆちんの方で、東京ドームの外にいる!まゆちんにはもう伝えてあるから、残ったみんなに知らせたらすぐに向かう!」
ちゃんと鬼寅から連絡入れてるの偉いじゃねぇか。
「了解、すぐに向かう!」
「あ!あとねあとね!」
「なんだ?」
「大好き!」
「はいはい。」
しょうもないことを言われたから電話を切ってやった。よし、鬼寅は確か東側だな、行くか。
17:35 東京ドーム外 東側
鬼寅がいた東側に行き、そのまま外に出てきてみたけど、鬼寅以外誰もいなかった。
「鬼寅、誰もいないのか?」
「えぇ、今来たところだけど誰もいなかったわ。」
うーん、鷹取が嘘つくと思えない。けど現にここに俺ら2人以外いないんだもんな。
「魁紀!大丈夫か!」
龍太郎たちも駆けつけてくれた。、
「大丈夫だけど、誰もいなかった。」
「うそー!妖気探知に引っかかったのに!」
「可能性の話だけど、妖気の塊を発生させて、それを囮に使うのはできるのかな。」
羽澤はあごに手を当てて考える。
確かにできないことはない、妖気纏の要領で妖気を外に放出すればできるが、なるほど、使い道なんてないと思ってたけどこういう使い方があったか。
「これはこれは!懐かしい妖気がすると思ったら、兄弟じゃないか!!」
右側の建物から声が聞こえた。それより兄弟?この中に知り合いでもいるのか?
「なんだこれ…頭が痛え…」
「龍太郎?大丈夫?」
龍太郎が頭を抑えながら膝をつくと、大谷はそれを支えた。
なんだ?声がしたのと同時に龍太郎の様子がおかしい。
「まさかまさか、僕のことを忘れたわけじゃないよね?世界でたった一振しかいない家族の僕を!」
「誰だてめぇは!」
龍太郎は自分のことを言われてると思ってが、大声で問いかけた。
「やっぱり忘れられたか。悲しいな、やっぱり人間と一緒にいると平和ボケして僕のことも忘れちゃうよな。でも大丈夫、今思い出させてあげるから!」
声が収まると、建物の奥から人影のようなものが見えた。
「大谷、龍太郎は頼む。みんな構えろ!」
寒気がする、冷残の時ほどではないにしろ、ほぼ同等の寒気がする。
「寂しいな…寂しいなー!もう何年、いや何十年、何百年経つのか…なぜ君と僕が別れなければならなかったのか…お互いにたった一振の家族だったのに…でもこうしてやって出会えた、さあ帰ろう兄さん、僕達2人の家に!」
人影が徐々に正体を現す、白い花柄の和装の男、その和装に全く合っていないドレッドヘア、細身だが侮れないほどの気迫。
「お前…兄さんってのは…俺のことか…」
「そうだよ兄さん!僕のことを忘れたのかい?この僕の妖気がわからないのかい?」
龍太郎と男のやりとりは続く、だが龍太郎はやっぱり様子がおかしい。そして龍太郎のことを兄さんって呼んでるのはなんでだ?龍太郎に兄弟がいたなんて聞いた事ねぇ。
「花怨兄さん!僕だよ!花念だよ!」
花怨に花念だと?花怨は確か龍太郎が持ってた妖刀だったけど…兄さん…そういう事か!
「花念…そうか…花怨の兄弟刀か…それで花怨の妖気を持った俺を兄さんと呼んでるのか…」
「やっと思い出してくれたか!さあ帰ろう兄さん!いい人たちに出会ったおかげで僕たちの帰る場所ができたんだ!」
「思い出したとしても…俺はお前の兄さんじゃねぇ…!俺は田口龍太郎だ、花怨じゃねぇ!」
少し気を持ち直したのか、龍太郎の口調が元に戻ってきた。
「嘘つきだな兄さんは、僕の呼び掛けに応じてどんどん意識を取り戻してるのに。」
「何を言ってやがる…ぐっ…朋実!離れろ!!」
龍太郎が大谷を突き飛ばした。
「龍太郎!!」
「やった!やった!兄さんが、本当の兄さんが帰ってくる!」
龍太郎の様子が激変した、妖気が目に見えるくらい溢れだしている。
「おいお前!龍太郎になにをした!」
「なんだよ君、兄さんの友達?だったら今まで兄さんと仲良くしてくれてありがとう、お礼として見逃してあげる。ほら、逃げるなら今のうちだよ。」
結構な余裕を持ちやがって。
「龍太郎を渡すわけねぇだろ!」
俺は刻巡を抜き、花念とやらに斬りかかった。
「逃げないのか?やるというなら、兄さんの友達でも手加減しないよ!」
「俺が手加減してやるから安心しろ!」
最初の斬り込みを防がれたが、実力は互角ってところか。冷残と比べりゃ全然楽だ!
「みんな!龍太郎をなんとか抑えてくれ!こいつは俺がやる!」
「1人で僕を抑えられるとでも!」
「ああ、少しかっこ付けさせてもらうぞ!丑火斬!」
刻巡を押し当てた状態でそのまま丑火斬を放ち、花念を後ろに飛ばす。
「もっと詰めるぞ、丑火錘!」
少し怯んでるところに、丑火錘を飛ばす。これで更に隙を作る。
「小癪な!花妖術・蒲公英!」
花念はたんぽぽの綿毛を放ち、丑火錘を相殺させた。
「それじゃ詰めが甘い!丑火損!」
下に構えた刻巡を花念に一気に近づいて振り上げる、これなら反応が少し遅れるだろ。
「ちっ、なんなんだ貴様は!」
「さっき自分で言ってただろ、龍太郎の友達だ!」
完全に花念の刀を弾いた、次で仕留めれる。
「せっかく兄さんに会えたのに!こんなんでやられるか!花妖術・鳴子百合!」
花念は剣を持ってないもう片方の手をかざすと、細長い鈴みたいな花がズラリと現れた。
花が揺れて音を鳴らし、その音で俺の斬撃が無効化された。
「しぶといやつだなぁ!」
振り上げた刻巡をそのまま振り下げて、再び花念を後ろに飛ばす。
「人間の癖によくやる!花妖術・四手辛夷!」
吹き飛ばされた花念だったが、体勢を整えずにそのまま手をかざし、今度は小さい拳のような花が現れた。
「これでも喰らいな!」
花念が手を握ると花が飛んできた。丑火錘と同じような術か、パクリやがって。
「丑火錘!」
今度はこっちが丑火錘で相殺、そろそろ終わらせて龍太郎をどこかに連れていかないと!
「俺は…俺は…!」
「龍太郎!しっかりして!どうしたの!」
「あいつは…俺の…!」
様子がおかしい龍太郎を大谷がなだめていた。
「兄さん!」
「か…ねん…」
いけない、龍太郎が花念の呼び掛けに応えるのはダメだ。とっととカタをつけないと!
「俺は…か…えん…」
「龍太郎!!」
「俺の…弟に…何してんだーー!!」
何だこの気迫は…!
「なっ、龍太郎!」
後ろを振り向くと、そこには禍々しい花怨を握っている龍太郎の姿があった。
「兄さん!やっと帰ってきたんだね!」
「ああ、お前の呼び掛けで目が覚めたよ。それにこの男の体に妖気が流れていなくてよかった、俺の妖気で満たされていたからこうも簡単に戻ってこれたよ。」
「さすが兄さん!」
そうか、この感じだと龍太郎は完全に花怨に乗っ取られたってことか…くそ!
「さて、こいつらはどうするつもりだった?」
「僕は兄さんと一緒に帰れればそれで十分だよ!」
「なるほど、なら帰ろうか。」
「ちょっと待ってよ!龍太郎を返してよ!」
大谷は両手でひたすら花怨となった龍太郎を叩いていた。
「なんだお前は、俺たちの邪魔をするな。」
花怨は片手だけで、いとも簡単に大谷を振り払った。
「朋実ちゃん!」
その瞬間、俺は新幹線でのことを思い出した。
(一斉に言おうじゃないか。)
(なるほど、それはいいね、他の人の声で自分のが遮られるかもしれないからまだ普通に話せるという事ね。うん、それで行こう!じゃせーの!)
(ともみ…)
(お前らずるいぞ!)
龍太郎…お前じゃないのがまだよかった、でもお前じゃない誰かがお前の手で、大谷を傷つけることだけはダメだ!
「おいてめぇ、そいつが龍太郎のなんなのか分かってんのか!」
「ああ?知らねぇよ。」
「だよな…それは龍太郎が1番やっちゃいけねぇことだ、龍太郎じゃないおめぇが龍太郎の面してそんなことしてんじゃねぇ!!」
他人の大切なものを傷つけることだけは、俺が許さねぇ!
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