第百十集 事件
10月16日 9:00 1年5組教室
今日は葉月先生はいない、その代わりに黒板に紙が張ってあった。
わしは今日も忙しいから学校には行けん、じゃから鷹取と夏妹が来たらちゃんと面倒を見ちゃれ。
と書いてあった。
「かーいき!李英さんに許可もらったよ!これからは一緒に住めるね!今のうちに花嫁修業しておくから、家のことはなんでも任せて!」
が、この見学生の面倒を見るというのは俺には無理だ。
「あんたいちいち魁紀に近すぎるのよ、少し離れてくれないかしら。」
「何かな、もしかしてあなたも魁紀が好きなの?そうだとしても譲らないよーだ!」
おまけに鷹取だけでなく、鬼寅も一緒にいるから、余計面倒なことに…
「そ、そんなこと、ないわよ!こんな妖魔を私が好きになるわけないじゃない…」
はいはーい、所詮俺は妖魔ですよーだ。
「じゃあ私離れなくていいよね!ふふーんかーいきー!」
「抱きつくな離れろ。」
俺は鷹取の顔を全力で推し返した。
「お前ら忘れてないっすよね?今日からダンスの練習っす、気合い入れろっすよ?」
そして見学生のもう1人、新井妹は朝からダンスの練習で気合いが入っていた。
「すみませぇん、何人か宛に任務が来ましたのでぇ、葉月先生の代わりに伝えさせていただきますぅ。」
ガラガラとドアが開き、紫先生が入ってきた。
任務か、俺行きてぇな、俺宛に来てねぇかな。
「まずは松永さぁん、調査の任務が入りましたぁ。松永班の皆さんで調査に当たってくださぁい。」
「わかりました、にゃーちゃんは大丈夫?」
「にゃー!」
かわいい。
「それと見学中に申し訳ないですがぁ、鷹取さぁん、あなた宛で任務が来ていますぅ。」
「私!?えーーまだ魁紀と一緒にいたいのにー!そうだ!先生、その任務って同伴許可は出てますか?」
同伴許可、任務に指名された人が1人では難しいかったり、その他理由があると判断した時に同伴を求めたりすることが出来る。だがそれは任務を下す側が予め同伴を許すかどうかを決める、許す場合は数名程度の同伴が許され、許されない場合は1人で続行するか断って他の人に回させるかのどっちかになる。
「特に何も言われてませんので大丈夫ですよぉ。」
「やったーー!魁紀!一緒に行こ!」
「嫌だよ、1人で行ってこいよ天才。」
わざわざ俺を連れていく意味がわからん。
「か弱い女の子1人に任務に行かせちゃうなんて…」
「どこにか弱い女の子がいるんだよどこに。」
そもそも鷹取宛に来たんだからこいつ1人でなんとかなるだろ。
「では私はこれで失礼しますぅ。丑崎さん、行くなら早めにお願いしますよぉ。」
「いや紫先生そういうことじゃ。」
ドアが閉まった。
「ほらほら!早くしないと怒られちゃうよ!」
「だからなぁ。」
「魁紀が行くなら私も行く。」
「私も行くわ。」
羽澤と鬼寅が挟んできた。
「だから誰も行くなんて言ってないだろ。」
「あなたたち昨日から一体なんなのかな!私と魁紀の2人の時間邪魔しないで!」
誰もお前と2人の時間過ごそうだなんて思ってねぇよ。
「任務なら人数多い方がいいでしょ?実力なら心配いらないよ。」
「あんたなんかよりよっぽど強いから安心しなさい。」
うーん、実力で言うなら互角、それか羽澤と鬼寅のが上だと思うな。対妖魔の経験が全然違うし、いくら鷹取が天才でも経験の差は埋められないだろ。
「ふーん、そこまで言うなら仕方ないね。ただし、私より実力がないと判断したら、もう魁紀に付きまとわないでね!」
「わかった。」
「ええ、それでいいわ。」
いいのかそんな約束しちゃって、もう羽澤の飯食べれなくなるとか俺嫌だぞ。
「出発の前に、名前を聞いてもいいかな、お2人さん。」
「羽澤幽奈。」
「鬼寅真由よ。」
「じゃあゆなゆなとまゆちんね!よろしく!」
相変わらず適当なあだ名を付けやがる…ただゆなゆなってなんかかわいいな。
「ゆなゆな!?」
「ちょっとあんた、もっとマシな呼び方なかったのかしら?」
「ないよ!じゃあ早く出発出発!!」
あのー、俺一言も行くなんて言ってないんだよなぁ…
10:30 月産スタジアム前
半ば無理矢理連れてこられたわけだが、前に来たライブの場所だった。
「前に来たライブの場所じゃない、ここでなにかあったのかしら。」
「入口前に来てくれって依頼人から言われたんだけど、どこにいるのかなー。」
鷹取はあちこち見渡す。
「君かな、鷹取天音さんという方は。」
後ろから男性の声がした。
「はい!私が鷹取です!えーと、依頼人の方ですか?」
振り向くとそこにはグレーのスーツ姿の短い金髪の爽やかな男性がいた。そしてなんだか社長っぽい雰囲気だ。
「依頼を受けてくれて感謝します。私は佐曽利勇生、歌姫相馬恵のプロデューサーをさせていただいてる者です。」
佐曽利さんは自己紹介をしながら、鷹取に名刺を渡す。
え?相馬恵のプロデューサーだって?龍太郎に来させればよかった…
「この方たちは鷹取さんの同伴者でしょうか?」
「はい!この人が丑崎魁紀で、あとはそのお友達です!」
残った2人も紹介してやれよ。
「丑崎です、よろしくお願いします。」
「羽澤幽奈です、よろしくお願いします。」
「鬼寅真由です、よろしくお願いするわ。」
俺と羽澤は軽く頭を下げるが、鬼寅は敬語を使いながらも不満そうに腕を組んで挨拶した。
「どうも初めましてみなさん、本日はよろしくお願いします。」
佐曽利さんは俺たちにも軽く頭を下げて挨拶した。鬼寅があんな態度なのに大人の対応で助かる。
「早速ですが、本日の依頼は月産スタジアム周辺を調査することです。」
次のライブは確か東京のはず、なのにわざわざ前にライブがあったこっちを調査するとなると、さては何かあったな。
「佐曽利さん、前の月産スタジアムでのライブで何かありました?」
直球だが一応聞いてみよう。
「察しがいいですね丑崎さん、その通りです。ライブの直後、男性の死体がスタジアム周辺で見つかりまして、検査結果で妖魔によって殺害されたとの事がわかりました。」
「それならニュースになっててもおかしくないと思うのですが。」
羽澤は毎朝ニュースを細かく見てるから、こんなニュースがあれば見逃すはずがない。
「それについては私が隠蔽するように警察の方々にお願いしたからです。ライブ後に殺害事件があったなど、恵の評判に影響が起きてしまいます。だから今こうして、裏で色んな方々に調査を依頼しているのです。」
色んな方々か、もしかして松永に来てる調査の任務も佐曽利さんが依頼してたものかもな。
「このような事件が起きたのは今回が初めてではありません、8月辺りからライブを開催する度に死亡者が出ているのです。恵が妖魔に狙われているんじゃないかと、ライブの度に不安になり、最近はストレスで体調も悪くなってきてしまいました…」
佐曽利さんは手を強く握りしめていた。
「なのでお願いします、原因となる妖魔を見つけなくてもいいです、手がかりとなる何かを見つけていただければ…」
妖魔が原因なのはもちろんそうだけど、妖魔なんかより相馬恵のことを思って色々隠したり、裏で自ら動いて相馬恵を守ろうとしているんだろう。
事件を隠蔽するのはどうかなと思ったけど、改めて佐曽利さんはいい大人だなと思った、龍太郎だったら仲良くなってそう、てかマジで俺じゃなくて龍太郎連れてきた方がよかったと思う。
「大丈夫です!この天才にお任せ下さい!手がかりだけと言わず、妖魔も倒して見せましょう!」
張り切ってるなぁ、任務の時もこのテンションでやってんのかこいつ。
「任務完了の際には、お礼としてライブの永久無料券を是非送らせてください、もちろんライブ会場内の施設も含めてご自由に使ってください。」
マジか、是非本当に欲しいやつらに送って欲しかったけど、これはこれで龍太郎に自慢できるから是非とも任務達成したいな。
「では死体があった所に案内しますので、付いてきてください。」
「わかりました。」
佐曽利さんを先頭に、俺たちは現場に向かった。