第百六集 羽澤幽奈
10月14日 17:00 自宅 羽澤幽奈サイド
さてと、どこから話せばいいのかな。
茨木童子に体を乗っ取られた根元先生に会った時から、私の人生は狂い始めた。お母さんと弟を人質に取られ、魁紀を殺せば解放する約束だった。
模擬戦で龍太郎君、茉己ちゃんの班を操って魁紀を殺そうとしたけど、夏君が介入したから失敗した。
討魔酒場の時、少しでも助けてもらいたいと、梁君に紙きれを渡したけど、既に時が遅かった。
日光の時、みんなが妖魔に気が向いてる間に、私は持っていたナイフを魁紀の胸に刺した。けど、姿を現した茨木童子は私の前にお母さんと弟を転移させてきて、私の目の前で殺した。
頭が真っ白になった、中学生の頃に両親が離婚して、お母さんがそこから1人で私と弟を育ててきた。一生懸命頑張ったお母さんのために任田高校に入ったのに、そのせいでお母さんと弟は…
任田祭に復帰するまで、精神がおかしくなっていた私は魁紀のお母さんと根元先生と話をした。魁紀のお母さんは優しい人だった、1度自分の息子を殺した相手だというのに、私に対して、辛かったね、よく頑張ったね、魁紀ももう気にしてないから大丈夫だよって言ってくれた。
根元先生も、おこがましいけど俺のミスでこんなことになってしまった、申し訳ない。出来ることはなんでもする、だからまた学校に行こうって言ってくれた。
それからしばらくして、思っていたより早く学校に戻ることができた。みんなには迷惑をかけたからきちんと謝罪し、仲良くなれるよう頑張った。
魁紀と同居するようになってからは慣れない事だらけだったけど、お母さんと一緒に家事をしていたから苦はなかった。ただもう少し魁紀が手伝ってくれてもいいと思うんだけどね、まったく。
でも魁紀は凄く優しかった。1度自分を殺した相手なのに、こんなにも優しく接してくれるんだって思った。
男の子は単純って言うけど、女の子も割と単純だ。心のよりどころがない時に優しくしてくれる男の子がいると、つい好きになっちゃうんだよ。
その上同じ屋根の下で男女2人、最近は3人になったけど、意識しない方がおかしいよ。魁紀が意識しないのは鈍感なのか男の子として不完全なのかはわかんないけど、接し方が何も変わらないのはきっと魁紀がおかしいんだって思う。
ただ今日はやっと本音を言えた、真由ちゃんには悪いけど、恋は早い者勝ちなんだから。
さてと、今日は何を作ろうかな。
「魁紀、何か食べたいものある?」
「食べたいものかぁ。」
「私チヂミが食べたいわ。」
真由ちゃんが自分の部屋から出てきた。
魁紀に聞いたのだけど、まあいっか。
「魁紀もそれでいいの?」
「大丈夫だ、問題ない。」
「おっけー、じゃあもうちょっと待っててねー。」
さてさてチヂミかぁ、生地は小麦粉と片栗粉、うん両方あるね、それとニラも…おっ!まだあった!
「魁紀の…好きな食べ物って…なによ…」
後ろから真由ちゃんの声が聞こえた。これはいい機会だね、魁紀の好きな食べ物を聞けるチャンスだ。
「焼肉。」
「じゃなくてさ…家で作れるやつ…とか…」
「それだったら麻婆豆腐だな、いつかは自分で自分を満足させられるくらいの麻婆豆腐を作りたいって思ってるくらいには好きだな。」
「そう…」
なるほどなるほど、麻婆豆腐ね。
「ふーん魁紀麻婆豆腐好きなんだ、今度作ってあげようか?」
「え、マジ!?いいの!ありがとう!」
よし!
「私も作るわ!」
真由ちゃんがテーブルを叩いて立ち上がった。
「どっちのが美味いか勝負だわ、幽奈。」
真由ちゃんも魁紀の鈍感っぷりに呆れてアクティブになってるね。だからといって、譲るわけじゃないけど。
「その勝負、下りる理由は無いね。いいよ。ちょうど冷蔵庫に材料あるし、チヂミ作り終わったらやろっか。」
17:30 自宅
「はい、チヂミ出来たよ。あ、魁紀は食べないで、このあと麻婆豆腐2人前食べてもらうから。」
せっかくの勝負が台無しになっちゃうからね。
「じゃあ私このまま作っちゃうね、もう少し待ってて。」
ずっとお母さんの隣で料理と家事してたんだもん、絶対負けない。
17:40 自宅
「はい、麻婆豆腐出来上がり。熱いうちに食べてね。」
中華は得意分野だから自信はある、辛さは苦手な人でも食べれるように調整してる。あとは魁紀の口に合うかどうか…
「いただきます。」
いつものようにご飯作っただけなのに、妙にドキドキする。
「めちゃくちゃ美味い、これならご飯何杯でもいける。」
よかったぁ…不味いとか言われたらどうしようかと思った…これならいつ食べたいって言われても作ってあげれる。
「ありがとう、また食べたかったら言ってね。」
食べてる間に真由ちゃんが調理してるけど、少し様子見てみようかな。
「この豆腐どうやって鍋に入れるのよ!すぐ崩れちゃうじゃない!!」
凄く苦戦しているみたい…
豆腐を切っているみたいだけど、私と違って中華包丁を使ってる。通常の包丁より中華包丁の方が切りやすいし持ち上げ安いと思うんだけどもしかして真由ちゃん…
「ゆっくり鍋に…あっつ!」
下茹でする豆腐を鍋に入れたけど、勢いが強くてお湯が跳ねた。やっぱり真由ちゃん、料理出来ない…?
「おい鬼寅なにやってんの、いいか豆腐はな、こうやるんだよ。」
魁紀が席から立ち上がり、真由ちゃんに作り方を教え始めた。あーあ、これじゃ試合に勝ったけど勝負に負けた気分だよ…
私も料理出来なかったら、魁紀が教えてくれてたのかな。
18:10 自宅
「美味しく出来てるけど、羽澤の方が美味いな。」
「やったー!」
「むぅぅぅ……」
いまいち勝ったっていう雰囲気じゃないけど、美味しいって言ってくれたらそれで十分。
「幽奈!今度もまた勝負しなさい、次は負けないわ!」
お世辞にも真由ちゃんは料理ができると言えるレベルじゃないのに、それでもまだやろうというのね…
おもしろいじゃない、下りたらここで私の負けだ、乗ってやる!
「いつでも待ってるよ。ただし、次からは魁紀の助言は禁止だよ?」
「いや、あまりにも鬼寅がさ。」
「禁止だよ?」
「はい…」
女の子同士の勝負に混ざったらいくら魁紀でも焼いちゃうからね。
真由ちゃんがこれだけ張り合うってことは、もしかしたら私が魁紀のことが好きなのもバレてるのかもね。
でもそんなの関係ない、バレたからって譲るわけじゃないし、むしろわたしより魁紀が好きならそれを示して認めさせてみろって思うくらい。
競走だよ、真由ちゃん!