第百二集 冷残 玖
9月16日 13:25 鎌倉 藤原邸正面 丑崎魁紀サイド
意識が…戻ってきたのか…あの後どうなった…爆発が起きた後のことはわかんない…冷残は…葉月先生は…
「ははっ…やるねぇ…君たち…」
冷残の声がした…どこだ…トドメを…
「無理に動くと…体が危ないよ…心配しなくとも、私はもう長くないから…」
体を起こして声のした方を見ると、冷残が倒れていて、右腕が無く、腹部に風穴、胸部には深く斬られた傷が残っていた。
そして少し隣に南江がボロボロになって倒れていた。
「南江!大丈夫か!」
出血は見当たらない、息もある、力を使い果たしたから気を失ってるだけかな…
「惜しかったなぁ…返り血は吸えたのに…直接血を頂けなかったなんて…」
「返り血…?」
返り血という単語に俺は焦りを覚え、急いで葉月先生を探すことにした。
「葉月先生!!葉月先生!!」
「ははっ…自分のことより大地の心配とは…」
辺りを見回すと、最初に俺たちが隠れていた草むらに葉月先生が倒れているのを見つけた。
「葉月先生!!」
体には炎と氷によるやけど、そして斬り傷が多く残っていた、出血もしている。
「そうだ、卯道さんだ、卯道さんを呼べば!」
「元気の良い子だね…君は…」
後ろを振り向くと、ゆっくり歩いてくる冷残がいた。
「やめろ、こっちに来るな!」
もう俺には何も出来ない、妖気なんてもう出せない、これ以上は…
「血を…君と…大地の血を…」
俺は倒れた葉月先生を抱えるのが精一杯だ、逃げるなんてとてもじゃないが出来そうにない…くそ!
諦めて目を閉じると、頭の上に手の感触がした。
「え?」
再び目を開いて正面を見ると、冷残がしゃがんで俺の頭を撫でていた。
「君は偉い…最後まで大地を守ろうとする君に敬意を示すよ…」
妖魔なはずなのに妖魔らしからぬ言葉だった。
ここで俺と先生を殺せばまだ力を回復させることだって出来たはずだろうに…
「なんでお前、妖魔なのにこんな…」
「妖魔なのにこんなことしちゃダメなのかな?そんなことは無いよ、妖魔だって魂も心もあるのだから。君も少しとはいえ妖魔の血が混ざっている、なのに君は優しいよね?そういうことだよ。」
何も言い返せなかった。ある意味初めて、妖魔の血筋であることを踏まえて認められた気がした。
「私は認めたんだ、君たちのこと。だからもうこれでお終いだよ。元気でね…」
そう言って、冷残の体は徐々に灰となって消えてった。
そして、もう居ないはずなのに、何故か頭に冷残の手の感覚がまだ残っているようだった。
あの藤原のじいさんと違って妖魔だけど優しい妖魔だった、人間のこともちゃんと平等に見て、正当な評価をした。
立場が違っていたら、もしかしたら仲良くなれたのかもしれない。いや、無理だな。
あぁ…疲れたな…ただ葉月先生と南江を…早く助けないと…
「丑崎さん!!」
「魁紀!大丈夫か!」
「にゃーー!!」
みんなか…無事だったんだな…よかった…
9月18日 14:00 鎌倉 玉兎温泉旅館 病室
…ん?寝てた…?確か冷残と戦って…葉月先生と南江を助けなきゃと…
「南江!葉月先生!!痛ったぁぁ…!!」
勢い良く体を起こしてしまったから体のあちこちが痛い…
「魁紀!目が覚めたのね!心配したわよ!」
隣を見ると、鬼寅が泣きそうにしていた。
なるほど、今病室にいてしばらく寝込んでたってとこか。
「今度からどこに行っても私も一緒に行くわ!覚悟してよね!」
なんだかめんどくさいことになったな…でもやばい、くらくらする…
「魁紀!聞いてるのかしら魁紀!!」
うるせえな鬼寅…ちょっと静かに……
16:00 鎌倉 玉兎温泉旅館 病室
また、寝ちゃったのか…
「真由ちゃん、またすぐに起きると思うから、先にご飯食べに行こ?」
「…うん…わかったわよ…」
今のは…羽澤の声かな…ご飯に行くのか、いいな…
「残念だね魁紀、卯道さん手作りの美味しいご飯が食べれないなんて…」
「その話、もう少し詳しく。」
つい飯に釣られて体を起こした。
「お!起きた起きた、欲には忠実だねぇ魁紀。」
羽澤はいたずらっ子のような表情をしながら笑っていた。
そんなことより、さっきより疲労感は薄れた、思ってるよりは体を動かせそうだ。
「少し動けそうだから俺も飯に行くよ。」
「その前に何か一言ないのぉ?2日間も真由ちゃんが看病してくれたのに。」
そうだったのか…俺2日間も寝てたのか…
「ありがとな、鬼寅。」
「礼を言われる筋合いなんてないわよ。バカ…」
「素直じゃないねえ真由ちゃん。」
「うるさいわよ!お腹が空いたわ、早くご飯食べに行くわよ!」
鬼寅は怒りながら病室を後にした。
すると、さっきまで鬼寅が座っていた椅子に、羽澤が座った。
「ねぇ魁紀、魁紀が寝てる間に、いろいろ起こったんだよ。」
意味深に羽澤は語る。
「まず藤原家の三大貴族脱退、生中継で校長先生が宣言したよ。藤原長政による妖魔の使役、私利私欲のために数々の事件の隠蔽、確かもっとあったんだけど、そんなやつがいる家系を貴族と呼ぶにはふざわしくないということで、藤原家は完全に貴族で無くなった。」
「やることえぐいな、自分も貴族だっただろうに。」
「校長先生は元からそのつもりだったみたいだよ、貴族であることに未練はないって表情だったよ。あとなんの縁かわからないけど、うちの近くに引っ越して来るみたいだよ。」
なんでよりによってうちの近くに…面倒事が増えなければいいんだけど…
そうか、藤原家は完全に落ちたか。あとは源家と平家の2つ、藤原家の裏が発覚した今、残りが落ちるのも時間の問題だな。
「だったら今回はとりあえず一件落着だな。」
「そうだね、ご苦労さま。」
そういえば。
「葉月先生と南江は?他のみんなは無事だったの?」
「第五班のみんなは無事だよ、遥ちゃんは無事というか、止めても止まらないくらい元気なんだよね…」
相変わらずだな…
「葉月先生の方も安心して、大怪我ではあったけど、命に関わる程では無いから。」
よかった、みんな無事だったなら…
「ありがとうね、私達の先生を守ってくれて。」
「当たり前のことをやっただけだよ、正直ギリギリだった。」
南江が祈祷で風神様の力を借りられなかったらどうなってたか。
「それでもありがとう、これでやっと普通の学校生活ができるね。」
「そうなるといいな…」
また何か起きそうで嫌な感じがする…
「ちゅっ…」
「ん!?!?おま!なにして!」
「じゃあまたね!」
羽澤が俺のほっぺにちゅーをした…えっ…えぇっ!?!?