第九十九集 南江遥
9月16日 12:50 鎌倉 藤原邸正面 南江遥サイド
私は南江遥、名字の南江が珍しいのは知ってる、日本中探しても100人くらいしかいないと思う。
私の一族が祈祷師の一族なのは小さい頃から知ってた、お父さんが変な格好して仕事に行くのも疑問には思わなかった。
私の一族は天皇に仕え、主に守護の役割を果たしている。祈祷の力で結界を張り、外界から天皇を守っている。長い時間結界を張らなければいけないから、祈祷師は交代しながら結界を貼り続けている。だからお父さんも週に1回くらいしか家に帰って来ないんだ。
でも私は祈祷師の力について何一つ教わっていなかった、代々伝わる力を私に教わることはなかったんだ。
確かあれは中2の頃、私が任田に行きたいと聞いたお父さんは初めて私に私達南江一族のことを話してくれた。
「遥、私達南江一族は天皇様に仕える祈祷師の一族なんだ。」
「うん!知ってるよ!お母さんから聞いたもん!」
お父さんは深刻そうに話してくれたけど、実はもうお母さんからちょっと話を聞いていたんだ。
「聞いていたのか…まあそれはいい。いいか遥、任田に入るということは、将来妖魔と戦うことが増えるということだ。それは理解しているのか?」
「うん!だってすごい技を決めて、妖魔をバーンって倒したらすごいかっこいいじゃん!」
「そうか、だから対妖魔格闘術を教えてくれと言っていたのか。」
「うん!」
妖魔を倒したいと思ったのも小さい頃だった、妖魔のせいで大変な目に遭う人達が多かったから、私が何とかしたいと思って対妖魔格闘術をお父さんに教わった。
そこで疑問に思ったのが、なんで素直に対妖魔格闘術は教えてくれたのに、本来教えるべき祈祷を教えてくれなかったのかと。
「お父さん、なんで格闘術は教えてくれたのに、祈祷は教えてくれなかったの?」
「そうだな、大変だからだよ。」
なんとも普通の回答だった。
「祈祷師をやってるとね、四六時中天皇様の屋敷の決まった場所で祈祷しないといけないんだ。しかもずっと正座で…今の遥の性格を考えれば、教えなかったのは正解だったね。」
お父さんは笑いながらそう言った。
「私がじっとしてられないみたいじゃない!」
「実際そうでしょ?とてもじゃないけど、遥がじっと座って結界を張るなんて想像できないね。」
「私だってやろうと思えば出来るもん!」
私がそんなこと出来るわけないとお父さんはまた笑いながら言った。
「そうかそうか、じゃあ祈祷の基礎中の基礎だけ教える、それをどう使うかは遥次第だ。」
「うん!教えて教えて!」
「祈祷というのはね、自分の信じる神様に祈りを捧げ、自分の想像する力を具現化する力だ。このことは祈祷を学ぶ時に1番最初に言われることだ、よく覚えてね。」
信じる神に祈りを捧げるとは言ったけど、私に信じる神はいないし、私には祈祷は向いてないんだなと悟ったのだった。
「信じる神…そんなのいないよ!お父さんの信じる神はなんなの?」
「遥にはまだ早かったかな。私か、私の信じる神はね、天皇様だよ。」
おかしな話だと思った、神って伊邪那岐とか伊邪那美のような神の話じゃないの?
「天皇だって人じゃん。」
「そうだね、だけど天皇様を神様として崇めることは昔からのことなんだ。だから人だとしても、天皇様は私にとっての神様だ。」
「それだったら神は誰でもいいじゃん。」
「よく気づいたね遥、自分の信じる神様はなんだっていいんだ。優しくしてくれたから、お世話になったから、どんな理由でも、その人が自分にとっての神様だと思ったならそれは自分の神様なんだ。今はいなくとも、いつか遥にとっての神様に出会えるはずだよ。」
自分にとっての神様…時々頭にお父さんの話が過ぎる。その度に私は考えた、私にとっての神様はなんだろうって。
天皇なのか、お父さんやお母さんなのか、クラスのみんななのか、そして今一緒に戦ってくれる魁紀君なのか…どれも違う気がする。
だけど今なら少しわかる気がする、きっと今の私にとっての神様は、根元先生と葉月先生なんだって。
2人の先生がいなかったら、私は第五班の班長を続けられていない。いつも魁紀君や通君に守ってもらってばっかで、千尋ちゃんや健太君みたいに索敵も出来るわけじゃないし、梁君みたいに必死に努力して剣を握れるようになったわけでもない…
私だけ成長出来ていないんだ…
でも葉月先生は言ってくれた、自分の信じた道を行けと…根元先生もまだ生きてたら、同じことを言ってくれたのかな。
だったら、ここで立ち止まるわけにはいかないよね!
「おい南江!急にぼーっとしててどうした!」
「おっと、なんでもないよ!ちょっとイラッとしただけ!」
魁紀君の声がして、我に返った。
「いや名前言われただけじゃん…」
「むぅ、イラッとしたと言ったらイラッとしたの!」
「なんなんだこいつ…」
少し吹っ切れた。
教わったことなんてないし、やったことも無いけど、何となくやってみようかな、祈祷。
1度お父さんがやってるのを見たことあるから、大丈夫。南江一族なんだき、私なら出来る!確か正座するところからだったよね。
「おい南江、どうした急に正座しだして。」
制服が汚れちゃうけど今更だし気にしない。
指を交差させるように手を合わせて、目を瞑って頭を下げる。
「あらあら、祈祷を始めたようだね。それをやられるとさすがに厄介だ、君から潰させてもらうよ!!」
冷残の声が聞こえたけど、どうやら私から仕留めるつもりらしい。だけど心配ない、なぜなら。
「そうはさせるか!」
いつも頼ってばっかで申し訳ないけど、魁紀君がいるもん!
「南江!事情は酒呑様が説明してくれた、その祈祷とやらが終わるまで俺が守ってやる!」
感謝したいところだけど、祈祷する際は静かにしなきゃいけない、だから私は祈祷することに集中した。
お願いします根元先生、葉月先生、どうか私に成長する機会を与えてください!もうみんなにばっか背負わせたくない!今この瞬間だけでいいんです!どうか私に力を!どうか!!
…
何も起こらないか…
そう…だよね…私に信じる神様なんていないんだし…もともと祈祷の修行をしてたわけでもないんだから…
(その祈り、確かに受け取りました。)
頭の中で、知らない声が響いた。