第九十三集 冷残
9月16日 10:35 鎌倉 藤原邸正門
「やっとじゃ、待っていろクソジジイ…今引きずり下ろしてやらぁ…」
葉月先生が来た、話し方的にまだ完治してなさそうだ、そして珍しく息が上がってる。
「まさかこんだけしか動いてないのに体が悲鳴を上げるとは…5日間も空いたんじゃ、仕方ないか。」
運動不足か、それも仕方ない、なんなら最低でも1週間は絶対安静って卯道さん言ってたし、医者の言うことを守らないとこうなるのね、肝に銘じよう。
「魁紀君、どうする?もう止めに行く?」
南江が葉月先生に聞こえないように小声で話しかけてきた。
「いや、もう少し様子を見よう。葉月先生あんな状態だし、変に無茶したりしないだろ。」
頼むから無茶しないでくれよ、葉月先生。
「今日はいい天気だなぁ!そうは思わんか冷残!」
「そうだね。」
葉月先生とは別の声がした、年齢的言うと50くらいのじいさんと、冷たい声の女性だ。そんでじいさんの声はどっかで聞いたことあるな…
「ははっ、自分から出てきてくれるとはのう、クソジジイ。」
「誰だお前は!そしてなんだその口の利き方は!わしを誰だと思っておる!現藤原家当主の藤原長政だぞ!」
やはりか、テレビで聞いた通りの声だ、このじいさんが藤原長政か。
「んなことは知ってる、いちいちうっさいのうクソジジイ。」
「きぃぃぃ!!いちいち癇に障るやつめ!冷残!あいつを殺せ!」
「わかったよ。」
待て待てどういう展開だこれは、あのじいさんいくらなんでも短気すぎるだろ!
「おまんも久しぶりだのう、女。」
「君はこの前の…」
「そうじゃ、おまんが氷漬けにして捨てた男じゃ。」
つまり葉月先生は冷残という女性にやられたってことか…くそ、草むらでなんも見えねぇ!
「生きてたんだね、生きてたのならなんで残った人生を楽しまないんだ?」
「楽しむ?おまんらがのうのうと生きてる限り、わしはわしの人生を楽しむことなんざできねぇよ!」
冷残としては葉月先生を殺したつもりだったのか。それならなんでわざわざ葉月先生を小町通り裏に運んだんだ…
「冷残!早くあやつの口を黙らせるのだ!お前にいくら金をかけたと思っておる!」
「はぁ…」
怒鳴るじいさんに冷残がため息をつく。
「仕方ない、1度だけ忠告するよ、君はもう君の居場所に戻って。」
「今更なにを言うちょる。」
「戻るべき場所がある、それはとても、幸せな事なのだから。 」
なぜか冷残の言葉からは優しさを感じる。
「ああ戻るさ、おまんらを始末したあとでな!」
「残念だ、君の帰りを待ち、見守っている子たちがいるというのに。」
「どういう意味じゃ。」
あれ、これバレてるくさい?
「そうだね、例えばすぐそこに隠れてる子たちとか?何もしないから出ておいで。」
「魁紀君、どうする?」
南江も困ってるようで俺に聞いてきた。
「こればかしは言う通りに従うしかねぇな、出よう。」
もう見つかってしまったから、みんなで草むらから出た。
「おまんら、なんでここに!来るなって言ったはずじゃ!」
「葉月先生がまた無茶するかな…って思ってついてきました。」
こんくらいしか答えれんわ。
それとあの冷残とやら、完全に前の任務で会った白いローブの女性と同じ見た目してる。
「これはわしの問題じゃ、おまんらは!」
「それで根元先生みたいに勝手に逝ってしまうのがもう嫌なんですよ!」
泣きそうになりながら南江が叫んだ。
「遥…おまん…」
「もう先生に死んで欲しくなくて、それで勝手ついてきて守ろうって思ったのはおこがましいし、余計なお世話かもしれないですけど、それでも私は…」
涙を流しながら、南江は溜まっていた言葉を口にした。
「入学してまだ半年しか経ってないのに…先生2人もいなくなるのは嫌ですよ…」
「なーにをしておる冷残!あやつらの戯言の最中に襲えば始末できたであろう!」
「黙って。」
冷残の放つ冷たい言葉と視線で、じいさんは悲鳴をあげて尻もちをついた。
「君も人間なら、良心というものは無いの?先生と生徒が涙を流すほどの会話をしている最中に襲えと?妖魔の私でも心が痛むよ。」
今、妖魔って言ったか?
「れ、冷残貴様!よ、妖魔だったのか!?」
「そうだよ、言ったことはなかったけど。」
「な、なんだと!おーおい貴様ら!早くわしを助けぬか!任田高校の者たちだろ!早くわしを助けよ!」
どこまでも堕ちてやがるな、貴族ってやつは…反吐が出る。
「黙れクソジジイ、おまんを助ける理由なんざあるわけないじゃろ。」
葉月先生の言う通りだ、妖魔を仕えてることすらわからなかったのに、妖魔だと知った途端手のひら返しだ。
「ありがとな、遥、おまんら。目が覚めた。」
「よかったです…」
まだ泣いている南江であった。
「君、葉月と言ったね?下の名前は?」
「大地じゃ。」
「いい名前だね、私は冷残。気のせいだったらいいのだけど、私たちはどこかで会ったことあるのかな。」
「ああ、忘れるわけないじゃろ。15年前、おまんがわしの街を氷漬けにした、そしてわしの家族もおまんが氷漬けにしたんじゃ。」
さっきまで熱くなっていた葉月先生だったけど、今は凄く落ち着いている。
「よく生きていたね、つまり私に2回も逃がされたわけなのに、なんでまた私の前に現れたの?」
「決まっちょる、おまんを討つためじゃ。」
「いい目だ、人間なのに好きになりそうだよ。」
「願い下げじゃ。」
「振られてしまったね、でもあとでたっぷり血を貰うから。」
血を貰う…?
「私は人間の血が大好物なんだ、氷漬けにした後の血は特に美味だ。」
そういうことか、氷漬けで小戌丸さんと葉月先生が見つかったのはそういうことだったのか。
「そうだ、そこの角が生えてる君、こないだも会ったよね?会ったのは私の分身だと思うけど。」
「そうだよ、やっぱりあれはお前の分身だったか。」
「どういう事じゃ魁紀。」
「先日任務でここの妖魔討伐に来てまして、1度あいつの分身と戦ったんですよ。」
分身相手にだいぶ手こずったけどな。
「屋敷の外でうろついている者がいるとこいつに報告したら、殺せって命じられたからね、めんどくさかったから分身にやらせたんだ。」
あのじいさん、俺らまで殺そうとしたのか。
「さて、仕方なくこいつに仕えていたけど、もう飽きたから辞めるね。」
「どど、どういうことだ!?」
「そのままの意味だよ、君は言葉も理解できなくなったの?」
「た、たすけて!」
じいさんは足を震わせて後ろに下がっていく。
「それは私のセリフだよ、こんな人数に囲まれてしまったんだから。」
それなのに、冷残からは余裕を感じる。
「そして、西にも東にも6人ずついるね、準備周到というわけだね。」
五十鈴と松永のことにも気付いていたか。
「仕方ない、君たちには犠牲になってもらうよ。」
突如冷残は氷の鎌を出現させ、正面で構えた。
「そっちは人数が多いんだ、こっちが増えても文句言わないでね。」
冷残の両隣りに白いローブと黒いローブの分身が現れ、それぞれ西と東に飛んでいった。
くそ、五十鈴と松永たちが危ねぇ!
「魁紀、他にも来てんだな?」
落ち着いた声で、葉月先生は聞いてきた。
「はい、そうです。」
「考えてる事はわかっちょる、安心してそいつらに任せろ。」
そうだよな、仲間を信じなきゃ意味無いもんな…
「さっきは悪かった、冷静さを失っていた。今度は信用しろ、わしもおまんらを頼りにしてる。」
どことなく、葉月先生に根元先生の空気を感じた。優しさのこもった、気持ちいい空気。
「いいね、人間らしいよ。さあ、氷漬けになった君たちの血をちょうだい。」
「行くぞ!おまんら!」
「「おう!!」」