ヅ〇⇒テンプレ金髪美少女(但し目付きは悪いものとする)
冬が始まり、既に日が落ちるのも大分早くなったある日の事、大学の講義を終えて自宅に戻った僕は何故かリビングのど真ん中で金髪の美少女に向かって全力で土下座をしていた。
いや、違う、そうじゃない。この表現は正確性に欠けている。より厳密かつ適切に今の僕の状況を言い表すのであれば、
①目つきがやけに鋭い
②涙目になりながら
③全裸で
④真っ赤になって
⑤わなわなと怒りに身を震わせる金髪美少女に向かって
⑥大の男子大学生が
⑦全力で土下座をしていた……
という言葉になるだろう。
……アウトである。どう考えても誰が見ても、それこそ道行く人百人にアンケートを取れば百人が良い笑顔で右手の親指を地面に向けるくらいのアウトである。本当に。
この体勢を取っている僕自身が誰よりもこの状況を理解していた。けど、しょうがないじゃん。だってこうしなきゃいけない理由があるんだから。いや、分かるよ? どっからどう見たって犯罪者一歩手前どころかぶっちぎりのその向こうだって。でも、僕だってしたくていしている訳じゃないんだから。一部の特殊な趣味の人なら、今の僕と入れ替わる為なら封筒が縦に立つレベルの札束を積みかねないのは知っているけど、生憎僕はそんな異常性癖の方々とは違う、極々一般的な小市民なんだ。
嗚呼、だからこそ、だからこそこう思わずにはいられない。例え全ての罪が僕にあろうとも、それでもなお自問自答せずにはいられないんだ。
―どうしてこうなった……―
と。
◆
煩悶の末、絶望の中での現実逃避の為に記憶の糸を手繰り寄せてみれば、全ての始まりは二週間程前にまで遡るのは間違いないだろう。
僕はその日、同じ右京大学に通うアンドロイドの同級生であり、ルームメイトでもあるサイクに頼まれて、数年に一度アンドロイドが行うボディの交換の為、交換先ボディの販売業者の有料サイトで登録主情報と希望するボディのカタログ番号の打ち込みを行っていた。
同居人であるサイク、本名サイクロプス―008711という男性型アンドロイドは普段はモノアイに紫色のボディをしたいかにもメカメカしい姿で、本人も割とこのボディを気に入っているらしく、今回のボディ換装でも従来のアップデート型、或いは類似のボディを希望しており、ここ最近の休日は鼻歌混じりに国内最大手の品揃えを誇る、T社のホームページでボディカタログを漁るのが日課となっていた。
で、どうやら僕の意見も聞きたかったらしいサイクは、ここ数日は三十分程サイトを眺めた後に「なありゅんお前ならどのボディになりたい?」と聞くのが日課になっていた。(りゅんはサイクが僕につけた綽名だ)
僕も日本男子の端くれ。単純に親友に頼まれたというのもあるけれど、例によってこういった武骨なロボットのカタログの眺めるのは嫌いじゃなかったのもあってサイクのボディ選びには何だかんだで熱中してしまっていた。
で、いよいよ申し込み最終日となったその日、「今回はこれに決めた!」と、今まで通りのモノアイながら、全身が真紅に塗装された最新鋭機体、アフリカに生息する双角獣の名を冠した例のアレによく似たそれを指差して、僕の同居人は紅いモノアイをピカピカとさせたのだった。っていうか、サイクロプスっていうだけあって、本当にモノアイ好きだよね。
閑話休題。一先ず、申込するボディが決まった所で何となく気が抜けてしまったのか、或いはまだまだ申し込み終わりまでは時間がある事もあってか、サイクは一旦アパートに備え付けられた情報端末を横に置くと、気分転換がてら一世紀以上前に発売されたゲーム端末をテレビに繋いで、発売会社と縁の深いキャラクター達が大きなステージから相手を吹き飛ばし合うゲームに熱中し始めたのだった。
僕の方はといえば根が小市民なのもあって、こういうのは最後まで終わらせないとどうにも落ち着かないからと、サイクの代わりに申し込みの打ち込みを行っていた。
―そうか? んじゃ、頼むわ―
―はいはい―
こんな会話も慣れたもので、適当に打ち込みを始め、妙に項目の多い確認事項を全て埋め終えていざカタログの数字を入れようとしたところで、不意にサイクに、
―なあ、りゅん、対戦やろうぜ―
と呼び止められたのだった。
勿論、僕の方は打ち込みだけは終わらせたいからと少し待つように言った。けど、
―つれないこと言うなよー、なあ、や ろ う ぜ ー ―
一度思い立つと、実行するまで気の済まない性格のサイクは案の定ダイニングテーブルの前で座る僕のところまでやって来て、延々と肩を揺すって来るのだった。
こうなると、持ち前の行動力と暴走癖で梃子でも動かないサイクに根負けし、元より手元を狂わされて打ち込めなくなった末端を一旦止めると、仕方なく僕もス〇ブラに付き合うことにしたのだった。で、
―……―
―……―
ゲームを初めて数分後、お互い久し振りということもあって残機を多めに設定したそれで殴り合っていた僕達だった訳だが、ウォーミングアップが終わっていたこともあって終始優勢にゲームを進めていたサイクの操るやけに角ばったデザインの骨とう品染みたロボットを、僕の使う薄っぺらな真っ黒黒助が勝負所で「9」という大当たりを引き、夜空の彼方へと吹き飛ばして白い一等星に至らしめたのだった。
―……じゃあ、これd「待った」―
若干気まずい幕引きになったものの、これで作業に戻れると席を立とうとしたところで、Tシャツの端をわっしと捕まれる。当然、引っ張っているのは隣に座るサイクで、
―なあ、もう一戦やろうぜ―
次いで出てきた言葉も案の定リベンジマッチの要求だった。
―いや、やっても良いけど、先に注文を―
―直ぐに終わる! 直ぐに俺がお前をボコって終わらせるから!―
―それ、僕が操作しちゃいけない奴じゃん―
―は? 俺が本気出せば目を瞑っていても余裕だからな?―
サイクの言葉に思わず本音を返すと、それ以上に聞き捨てならない言葉が返ってきた。っていうか、サイクは瞼無いじゃん。
―あ゛?―
―あ゛?―
それはどうやら向こうも同じだったようで、しばし睨み合った僕とサイクは無言でコントローラーを手に取り、同時にコンティニューのボタンを押したのだった。
で、
―がああああああああああああああああああ!?!?!? 何でだおい、てめぇ!?!?!?!?―
その日、僕のぺらぺら人間は何故か妙に調子が良く、勝負所で放ったお願いぶっぱのおみくじハンマーが何故か悉く高水準で、都合三戦目、三回とも無慈悲な「9」の数字と共にサイクのロボットを天の彼方へと屠ったのだった。この時の籤運のバーターが目の前の光景だったのだとしたら……本気で怨みます神様。
で、いい加減上下関係も刻み込めたでしょと席を立とうとした僕を「まあまあまあ」と押し留めたサイクが取り出したのは、最終兵器、毎年年初にある酒祭りでのみ手に入る、僕とサイク一押しのさらりとした口当たりの槽前酒だった。っていうか、それ、まだ残ってたんだ。
毎年、買えるだけ買い込んでくるものの、数には限度があるのもあって、既に全て飲みつくした僕が思わず身を乗り出すと、「虎の子の一本だ」と親指を立てたサイクが乾燥機から取り出したグラスを僕に押し付けると一気に無色透明なそれを並々と注ぎ込んだのだった。
―さ、飲め飲め!―
―……―
自分のコップにもそれを注ぎ、見え見えの魂胆と共に満面の笑みを浮かべるサイク。けど、まあ、僕の方もここのお酒には目が無いのもあり、所詮ゲームに少し付き合うだけかと考え直して、その銘酒を思い切り楽しませてもらうことにしたのだった。
で、案の定べろべろに酔った僕は、それでも二戦ほどは「9」を引いて逆転勝ちを収めて、更に追加された銘酒を飲んで、続きをして、とうとう負けた頃にはサイクの虎の子二本目を空にしてしまっていて、それが全部終わった頃、まだ終わっていない事を思い出したカタログに何とか数字を入れてテーブルに突っ伏した……
「……あれ?」
そう、確かそうだった。そんな感じでタブレットに申し込みをしたんだよ。うん。……これ、僕だけが悪い訳じゃなくない?
「「……」」
はたと気が付いた僕が顔を上げると、どうやら同じ考えに至ったらしく、気まずそうに視線を逸らす美少女……のボディにCPUを搭載された元ヅ〇風同居人のサイクロプス。
「……」
僕が無言で立ち上がると、鏡写しの様に正座したサイクは換装後の納品用|カプセルから出てきたままの姿《全裸》で奇麗に土下座を決めたのだった。
しばし、無言でサイクを見下ろしていたものの、何時までもこうしては居られない。一先ず、解決策を探さなければと、情報端末を確認してカタログ番号を右詰を誤って左詰めで書いてしまった登録ページを呼び出す。何とかクーリングオフが出来れば良いんだけど……
免責事項のページやクーリングオフのページに次々と目を通していくものの、流石は大企業。登録が完了した時点であらゆる契約でガチガチに縛られていて、僕達一般市民が異議申し立てを出来る余地は欠片も残されていなかった。一応お客様相談室の電話番号が申し訳程度に書かれているものの、状況が状況だ。僕達に非がある以上、新しくボディを購入する方法を丁寧に伝えられるのが関の山だろう。
(アンドロイドのボディってお金かかるしなあ……)
既に人権を認められたアンドロイドが定期メンテナンスをするためにボディを換装する場合は政府から補助金が出るようになっているものの、それ以外のタイミングでボディを購入しようとしたら、質の良いものはそれこそ六桁七桁じゃ済まない世界になってくる。端的に言って八方塞がりだった。
「ぬおっ!?!?」
と、そんな事を考えて思わず溜息を吐きそうになった瞬間、不意に甲高い、けど少女にしては野太い声が響いてきたのだった。
思わずそっちを振り返ると、全裸のままこっちに向き直って来るサイク。その姿に僕が慌てて視線を逸らすも、視界の端でサイクが不思議そうに首を傾げたのが見えた。
というか、元々が男性の上にボディがまんまヅ〇だったせいもあってこんなの日常茶飯事だったけど、今の姿で普段通りの感覚で接していると大分不味くない?
懊悩する僕の前で「あ……」と漸く気が付いた様に自分の胸元を見下ろすサイク。うん、良かった。状況を理解してくれたね。理解してくれたら、そのまませめて何か羽織ってくれないかな?
「いや、まあ着ろっつーなら着るが、こんなの見ても楽しいか? 貧乳どころか無だぜ、無。お前の胸板と変わんねえだろ?」
「いや、変わるからね? 性別が、思いっきり」
「俺は男だ!」
「いや、そうだけど、そうじゃないよ!? 知ってるけどそうじゃないよ!?」
「つーか、俺達は巨乳と爆乳と超乳と魔乳に永遠の忠誠を誓いあった戦士同士だろ! こんなまな板に一々反応してんじゃねえ!!」
「人の黒歴史を暴露しないでくれるかなあ!?!?」
酔払っていたんです。本当に。だから勘弁してください。
「って、それは今はどうでも良いんだ、それよりこれを見ろ!」
僕の悲鳴を真面に受け止める気も無いらしく(いや、僕も同じ立場なら多分無視するけどさ)、憤懣やるかたない様子でてこてこと寄ってきたサイクが「ん」と小さな手に持ったそれをぬっと突き出してくる。
細く形の良い白い指に摘ままれたそれは、無風の室内ではためく程に頼りない小さく細い薄布で、今のサイクの雪原の様な肌とは対照的に艶すら放つ漆黒の、所謂……マイクロビキニだった。
「……」
一瞬、思考停止する僕。いや、流れ込んできた情報量が大きすぎて完全にパンクしている。っていうか、何で初期付属品にマイクロビキニなのさ? え? もしかして、経費削減? 経費削減なの? あのさあ、企業イメージって知っている? 確かに布面積が減ればその分大量発注されるアンドロイドのコストを抑えられるけど、代わりに企業の評判が大きく落ちるよね? これ、本当にカットできるコストと見合ってるの? ねえ、僕の言っている事分かるよね? だめだなあ、もし僕が将来社会に出ても、この企業の株だけは絶対に買わないだろうn「……舐めやがって」んえ?
混乱と共に溢れる思考が止まらなくなりかけた瞬間、不意にぽつりと投げ落とされた言葉。それは耳朶で美少女のそれと分かる奇麗アルトで、聞く人間の胸に心地よさすら与えてくる音。しかし、そんな音でありながら、その内に込められた感情は……一切の虚飾の無い、混じりけ無しの憤怒だった。
僕が思わず顔を上げると、目の前では乳首くらいしか隠せないブラジャーを持ったままわなわなと震えるサイクの姿。そんなサイクに思わず「えっと」と声を掛けかけたところで、サイク(美少女モード)は手に持っていたブラジャーをパシーン!とフローリングの床に叩きつけたのだった。次いで、小さな右足でふみっ!とその薄布を二度三度と踏みつけると怨念を込めてぐりぐりと踏み躙り始めたのだった。
「舐めやがってよぉ! ああん!? 俺は! 男だ! 宇宙世紀風ボディ愛好歴二十年の! ばりばり現役の男子学生だ! それが美少女型とかよぉ! ちくしょーが!!!! 何がマイクロビキニだ! 乗り換え特典だ! ボディを素敵に彩るだぁ!?!?!? こんな! まな板に! マイクロビキニとか誰得だろうがよ!! なあおい!?!? りゅんもそうだろ!?」
「あ、はい」
思わず素直に頷くと「だよなぁ!!」と叫んだサイクは自分で火に油を注いでしまったのか「があああああああああああ!!!」と叫びながらばったんばったんと男の尊厳を賭けてマイクロビキニと格闘していく。
「ん?」
と、そんなサイクの聖戦の余波に吹き飛ばされて、白い紙切れの様なものがテーブルの上に流れ着いてきたのだった。
拾い上げてみたそれは葉書サイズのカードで上の方に『換装キャンペーンC賞』と太い文字が印刷されていた。
「……」
裏を返すと、サイクが今まさに決着を付けようとしている怨敵の写真があり、その下に小さな文字で何やら細かく書き込まれていた。ん……
「……ねえ、サイク」
「あ゛ん゛?」
振り返った姿は髪がぼさぼさになっている上に、CPUがサイクなせいかやたらと目付きが悪く、やさぐれた雰囲気を全身から怨念と発していた。……ここまで来ても、一応美少女? いや、細かい仕草は完全に野郎なんだけど、最低限のラインを保っている辺り、国内最大手の大企業の面目躍如といった所だろうか?
そんな夜叉みたいになったサイクに一瞬気圧されながらも「取り合えずさ」と僕も呼吸を落ち着ける。
「気を落ち着けるためにも、夕飯食べて、お風呂にでも入っちゃわない?」
「……」
「……」
「……ああ」
僕の提案に、漸く気が落ち着き、同時に疲れが一気に出てきたのか、サイクは深い深い溜息を吐いたのだった。
◆
お互い態々作る元気もなくなったものあり、僕が自転車を飛ばして買ってきたコンビニ弁当を食べ終えると、流石に今のボディでは色々と問題があるので、別々に時間を取ってお風呂に入る。(前のボディの頃は面倒なのもあって時々ヅ〇一緒に入浴していた)
先に上がった僕がリビングでテレビを見ていると、脱衣所の戸がからりと開く。出てきたのは黒のトランクス一丁で、長い金髪を鬱陶しそうにわっさわっさと拭うサイクだった。
「上がったぜ」
「うん」
何時もの癖で、そう断ったサイクはぺたぺたとこっちに歩いて来ると二人掛けのソファの上にどっかりと胡坐をかいた。いや、普段ならどっかりだけど、今の身体じゃぺたんくらいがいい所だろうか?
「っていうか、トランクスなんだね」
「あんなもんなんか履けるかよ」
まあ、その通り。
「女物の下着とか履いたらマジで男として終わりだわ」
「気持ちは分かる」
「ったく、普段のトランクスのゴムが強めで助かったぜ」とサルバは桜色の唇を尖らせる。……そういえば、
「服、どうしようか?」
「あー……」
僕の疑問に、サルバが大きく呻いた。ある程度スリムに調整されていたとはいえ、元々の身体が成人男性サイズのヅ〇だ。はっきり言って、これまでの服は着られないだろう。
「この身体じゃ全裸って訳にもいかねえもんな」
「っていうか捕まるよね」
「誰が?」
「僕が」
「……」
「……」
「「はっはっは」」
前の身体だった時はGパンTシャツトランクスの手抜き三段活用か、どうせ性器やら何やらも付いていないんだからと堂々と外にも全裸だったサイクだけど、人間の少女と変わらない、いや人間では有り得ないくらい美しい女の子の身体でそんな格好をしたら、一発で後ろに手が回るだろう。
「ワンチャントランクスだけでいけねえかな?」
「頭沸いているの?」
「つっても、見ろよこの真っ平な胸。これなら男って言ってもバレねえと思わねえか?」
そう言って、バスタオルを首に掛けたまま、腰に手を当てて胸を突き出してくるサイク。
本人の言う通り、確かにこのモデルは乳房に当たるものが完全に削られていて、代わりにうっすらと肋が浮いているあたり、所謂貧乳どころか無乳と言って良い胸板をしていた。
けれど、小柄な割にはある程度肩幅などははっきりしていて、既に成熟を感じさせる骨格を見る限り、今のサイクを子供と捉える人も確かに居ないようには思えた。その年齢で、この胸なら確かに一瞬くらいは誤魔化せるかもしれないけど……
「髪も切っちまえば、ワンチャン」
「あ、それは無理」
「あん?」
「さっき、パンフレット見たんだけど、その髪は放熱用のパーツになっているから、括るのは良いけど切るのはダメだってさ」
「フ〇ック」
悪態を吐いたサイクが自分の入っていたT社製のカプセルに中指を突き立てる。っていうかさ、
「世の成人男性は別にトランクス一丁で外を出歩かないからね?」
そもそもの問題としてヅ〇から生身の人間に近いパーツになっちゃった時点で、公の場で最低限の衣服を着ないと、一発アウトだからね?
「ぐぅ……」
とうとう、ぐうの音と共に項垂れたサイクを慰め半分に軽く肩を叩く。風呂上がりだからか生体パーツだからか、人肌と遜色ない感触の小さな肩は仄かに熱を帯びている様に思えた。
「まあ、室内でくらいは気にしないからさ」
「おう」
頷いたサイクが「つってもTシャツくらいしか着れねえんだよな……」と天を仰いだ。
「明日、し〇むらにでも買いに行くしかないよね」
「だな。出費が嵩むぜ……」
呟いて男泣きをするサイクの肩をもう一度ぽんぽんと叩いて、「髪拭くの手伝うよ。こっちに背中向けて」と声を掛けると、「サンキュ」と頷いたサイクが白い背中を向けて軽く猫背になる。食事の時やテレビを見る時に、今までのヅ〇だった頃のサイクが何時もしていた仕草そのままなのが妙におかしかった。
受け取ったタオルで長髪の水気を拭うと、サイクがくぁと小さく欠伸を漏らす。時計を見ると、そろそろ十二時を回る頃だった。
◆
「今日は僕が下に寝るから」
僕達の部屋の寝室は上下の二段ベッドになっている。所詮は大学生用の部屋という事もあり、あまり間取りを使わない様にこうなっているそれは、普段は重量のあるサイクが下、人間の僕が上というのが定位置だったけど、体格が逆転している以上、僕が下に寝る方が良いと思う。一応僕達日本人。常に地震には備えておかないとってね。
「おう」
サイクの方も異論は無かったのか、こくりと頷くと下に伸ばされた梯子を使ってペタペタと上の段に上っていく。
「じゃあ、お休み」
「おう、お休み」
既に横になったのか小さな掌だけがベッドの外に出てきてひらひらと振られる。その手に軽くハイタッチをすると、スリープモードに入ったのか直ぐにすーすーという静かな寝息が聞こえてきた。
「ふぁ……」
その寝息を確かめると、僕の方にも睡魔がやって来たのかゆったりと瞼に重みを感じる。
(今日は色々あったな……)
普段サイクが使っているベッドに潜り込み、たった数時間の間に起きた超展開の数々を懊悩と共に思い起こしながら大きく息を吐く。
(取り合えず、明日はサイクの服……三着くらいは必要かな?)
出費を考えながら、そんな事を頭の中で呟く頃には、僕の意識も夜に飲まれて、次第に心地いい眠りへと落ちて行ったのだった。
尚、翌朝の事
まどろみから始まった覚醒に、次第に意識が「ああ、今起きている」と自覚を取り戻すにつれ、徐々に五感が鮮明になっていく。同時に、腕の間に収まった暖かく柔らかな感触に心地良さを覚えた僕は殆ど感情のままにその心地良い熱源を包み込むようにして抱き寄せたのだった。
果たして熱源は僕の腕に逆らうことは無く、むしろ自分から僕に引っ付く様に腕の中に転がり込んでくると、まるで人肌を恋しがる猫か何かの様にぐりぐりと僕に身体を擦り付けてくる。……ん?
僕達の部屋では動物は飼っていない。別に動物嫌いではないが、如何せんペットOKの部屋は何処も高いのだ。だから、当然この部屋で動くものといえば僕とサイクの二人だけ。そして、この熱源が僕でないという事は……
急速に覚醒した意識に従い、殆ど現実逃避混じりに、どうか予想が外れていてくれと目を開けると、
「「……」」
果たして、そこに居たのは僕と同じく今目を開けたばかりと思われるサイクの血の気の引いた青い顔だった。多分、僕も殆ど同じ顔をしているんじゃないかな……
「「ぎゃあああああああああああああああああああ!?!?!?」」
そして、二人同時に上がる悲鳴。
(ああ、成程、夜に起きてそのままこっちに入っちゃったんだね)
頭の中で、やけに冷静なもう一人の自分が他人事のようにそう考えていた。
親友のボディ換装後初めての朝
僕達の一日は嘔吐と共に始まったのだった。