第1話 ファーストコンタクト
ディー…男
ニア…女
ラック…男
ルシア…男
ディー(N)「ネオン街の外れにある建物の地下に、その場所はある、しみったれた店だが別に問題はない、昔取った杵柄でやる道楽みたいなもんだ、自らを終わらせられないクソ野郎がただ生きて過ごしているだけだ…」
ニア(N)「今の私には何もない、何も無くなってしまった、私の唯一、それが私の世界、全てだと、そう思っていた、それは私だけに許されてた特権、でももうそれがない…今の私はただ生きているだけ」
ラック(N)「僕は何も感じない、思考がないわけじゃない、ただ何も感じないだけ、仕方ない、それを願ってしまったのだから…今の僕は何も感じずにただ生きている」
ルシア(N)「俺ちゃんはもう飛べない、自分で飛べない翼の折れたエンジェルだ、いやエンジェルは言い過ぎかな、まぁ俺ちゃんはあの空に未練がましく女々しく焦がれて、ただ生きている」
ディー「暇だ…流石に雨続きで人が来ねぇな、梅雨は嫌だねぇ」
ニア「……はぁ」
ディー「お、おう…いらっしゃい、何にする…大したものはないが」
ニア「…ジンライムを頂戴」
ディー「…はいよ、ところであんたみたいな美人が一人でどうした?」
ニア「別になんだっていいじゃない」
ディー「それもそうだ、悪かったな、今日は生憎アンタの貸切みたいなもんだ、好きに飲んでくれ」
ニア「そう、わかったわ」
ディー「……」
ニア「ねぇ」
ディー「ん?」
ニア「私の事知ってる?」
ディー「…いや、知らないな」
ニア「そりゃそうよね、2年も経てば世間様は忘れるはずよね」
ディー「あんた芸能人かなんかか…ん?んー…そー言えば見たこと…あっ!も、もしかしてアンタ…ニアか?」
ニア「さぁ、どうかしらね?」
ディー「ニア・カリオペイア、歌姫なんてもんじゃない歌の女神、ミューズ…その名を欲しいままにした女」
ニア「……もう一杯くれる?」
ディー「あ、ああ」
ニア「…ありがとう…ごくっ…ふぅ」
ディー「えっと…この辺に…あった、なぁ、これだろう?アンタだよな?このレコード、そのジャケットに写ってる女、ニア・カリオペイア、そうだろ?」
ニア「…ええ、そうよ」
ディー「そうか、そうだったか、気づかなかった、確かに言われればそうだ!一時期からメディアにも出ない、曲も出してないときて、どうした事かと思ってたんだ」
ニア「そうでしょうね、消えた女神なんて報道もあったくらいだしね、ねぇそれかけて……聴かせてくれる?」
ディー「ああ、喜んで!ああ…あのー、後でサインくれるか?」
ニア「ええ、そのくらいなら」
ディー「んじゃ流すぜ」
ニア「……綺麗な声ね」
ディー「ああ、最高だ、このアルバムのタイトル『ミューズ』まさに音楽の女神に相応しい楽曲だ」
ニア「大それたものね、今じゃ…」
ディー「なぁ、ちょっと頼みがあるんだがいいか?」
ニア「何かしら?」
ディー「歌ってくれないか?」
ニア「え?それは」
ディー「頼むよ、サビだけでもいいから、ピアニストも用意する、ちょっと待ってな」
ニア「わ、私は…歌え__」
ディー「おーい、ラック!起きてるか?ちょっと降りてきてくれ」
ラック「何?呼んだ」
ディー「ちょっとピアノ弾いてくれ、ニアのListen to my song、わかるだろ?軽く弾いてみてくれ」
ラック「うん、わかる、弾いてみる」
ディー「よろしく、ちょっと聴いてみてくれ」
ラック「じゃあ弾くから」
ニア「…この音…」
ラック「…こんな感じかな」
ディー「よし問題なさそうだな、ピアニストはオッケーだ、ニア歌ってくれるか?あ、勿論ただじゃない、少ないかもだがギャラは出す」
ニア「……わかったわ」
ラック「よろしく、お姉さん、それじゃいくよ」
ニア「ええ……ぁ…」
ラック「どうしたの?歌い出しだよ、もう一度行くね」
ニア「…すぅー…ぁあ」
ディー「どうしたんだ?」
ラック「…もう一回」
ニア「…や」
ラック「や?」
ニア「やめて!音を止めて!」
ラック「???」
ニア「はは…やっぱり歌えないんだ…私」
ディー「歌えない?」
ニア「歌えなかったら私は何だって言うのよ!!歌えない私は、なんなのよ…」
ラック「歌えなくても貴方はニア・カリオペイアなんでしょ、歌の女神の」
ニア「うるさい!あんたに何が分かるのよ!歌えないのに歌の女神?ふざけてるの!笑わせないで!それに何貴方!」
ラック「僕が何か?」
ニア「何あのピアノ、感情のない音」
ラック「……そうだね、僕には感情がない、音に感情なんか乗るはずがない」
ニア「え?」
ディー「二人とも、とりあえず落ち着け、ほらミルク」
ラック「僕は落ち着いてるとは思うよ」
ディー「いいから」
ラック「ん」
ニア「ご、ごめんなさい」
ディー「いや悪かったな、歌えないのに歌わせようとなんてして」
ニア「いいえ、言えなかった私が悪いわ」
ディー「こいつはお詫びだ」
ニア「ありがとう」
ディー「別に話したくないなら話さないでいいが、なんで歌えない?あー、いや、なんだ、単なる興味だ、あんたが歌えない訳、そいつを知りたい」
ニア「それは_」
ルシア「ひゃー参った参った!雨がザーザーでよぉ!傘も風でぶっ飛んじまって!避難避難っと」
ディー「チッ、うるさいのが来やがった」
ルシア「うるさいとはなんだうるさいとは!数少ない客を差別するな!」
ディー「へいへい、ほらルシア!」
ルシア「ぶへっ!タオルを投げんなっ!前が見えね」
ラック「これで見える?」
ルシア「おお、バッチリ!あ、ラックじゃんか」
ラック「どうも」
ルシア「相変わらず無愛想だねー、笑って、いらっしゃいくらい言えって」
ラック「いらっしゃい」
ルシア「やりゃ出来るじゃん、まぁ形だけだろうけどな…いつかちゃんと笑えりゃいいな」
ラック「そうだね」
ニア「……」
ディー「で、どうすんだ?」
ルシア「俺ちゃんのいつもの!」
ディー「ミルク、な」
ルシア「その通り、わかってるねディー君」
ディー「お前は俺の友達か?」
ルシア「ダチだろー」
ディー「あー、お前に良いニュースと悪いニュースが出来た、どっちから聞く?」
ルシア「んじゃ良い方から」
ディー「お前をダチってことにしといてやる」
ルシア「へへ、あんがとよ」
ディー「んで悪い方だかな…」
ルシア「ごくり…」
ディー「ミルク切れだ」
ルシア「だっー!そりゃねーだろ!」
ディー「ああ、ねぇんだ」
ルシア「えーっと代わりにー」
ニア「あ、あのよかったら、まだ口つけてないので」
ルシア「お、おうサンキュー…って!誰この美人!?」
ラック「ニア・カリオペイア」
ルシア「ニア・カリオペイア!?あの歌の女神って言われた!?マジもん!?」
ラック「らしいよ」
ルシア「あのサインください!って色紙ねーか、えっと握手してください」
ニア「はい、私で良ければ…」
ルシア「そんな謙遜なさらず!あっ…左利きなんですね」
ニア「はい、そうですけど、えーっと握手は?」
ルシア「あー、見せりゃ早いか、ほい、すんませんニアさん、俺右手しかないんですよ」
ニア「あ…ご、ごめんなさい!気づかないで!じゃあ右手で」
ルシア「いいっすよ、気にしないで、ありがとうございます!」
ニア「い、いえ」
ルシア「いやー歌の女神と握手なんて光栄だー!」
ニア「あ、ありがとうございます」
ルシア「あ、そうだ、歌ってくださいよ、ギャラとか払えねーから申し訳ねーけど!」
ニア「あ、えっと」
ルシア「チ、チップくらいなら!」
ニア「いやそういうことじゃなくて」
ラック「歌えないんだってさ」
ルシア「え?」
ラック「彼女は歌えない」
ルシア「どーいう事だ?」
ディー「はぁ、やれやれ、やっとその話ができそうだ、ま、彼女が話せるなら、だがな」
ルシア「気になる」
ラック「僕も聞いてはみたい」
ニア「…いいわ、話すわ」
ディー「ありがとうニア、ルシア静かに聞けよ」
ルシア「うい」
ニア「私は女神…だった、自他共に認める歌に愛された人間だったわ、この私の声、私の音楽で、私の歌で世界は心を掴まれる、歌手として頂点に立てる、そう思ってたわ」
ディー「女神」
ラック「歌に愛された、心を掴む」
ディー「確かにその通りだったな」
ラック「僕も昔そう思ってた…と思う」
ニア「でも神様は奪ったのよ、私から歌を…私は私の思うがままに歌って、私のために歌を歌った!!世界もそれを愛してくれてた!でも歌えなくなってしまったよ!歌おうとすると声が出ない、歌えないのよ!そんな女神なんて意味が!価値が…ないじゃない」
ディー「……」
ニア「原因は調べたわ、病気でも精神的なものでもなかった…そうとなったら神様の所為にするしかないじゃない、神様が奪ったの、馬鹿らしいけどそう思うしか」
ディー「神様に奪われた…か」
ルシア「そーゆーなら俺たちもそうなんじゃないかな」
ラック「僕のは神様の所為かはわからないけど」
ニア「貴方達も?」
ラック「言ったよね、僕には感情がない」
ニア「ええ」
ルシア「俺ちゃんには左腕がねぇ、訳は…また今度な、今言えることは神が仕掛けたと思いたくなるくらいの不運だったってことさ」
ディー「俺のは神様を信じないとやってられんな」
ニア「信じないとやってけない?どういう事?」
ディー「俺は」
ラック「殺し屋だった」
ディー「おい、セリフ取るなよ」
ラック「ごめん」
ディー「心ない謝罪はいらねぇ」
ラック「うん」
ディー「いつか、な」
ラック「うん」
ニア「えっと殺し屋だったって?」
ディー「ああ、悪いな、話を続けよう」
ニア「ええ」
ディー「言ったように俺は殺し屋だった、あまり褒められたもんじゃねぇ…まぁ今はしがない飲み屋の親父だ、詳しくはいつか話すが俺はある日からとんでもない人間になったんだ」
ルシア「殺し屋の時点でとんでもないけどな」
ラック「確かに」
ディー「……」
ニア「続けて」
ディー「死なない人間って信じるか」
ニア「そんな人間居ない、あり得ないわ」
ディー「普通に考えればそうなる、だが、ふんっ!!」
ニア「ひっ!な、何して!!??」
ルシア「喉をナイフで一突き、エグいもん見せちゃってまぁ、へ、平気?」
ニア「え、ええ」
ラック「普通は即死、でもディーは」
ディー「…がはっ!ごほっ!ごほっ!んっ!んっ!あー、あー、声の出し方を忘れかけるなこれは、喉を刺すのは良くなかった、すっかり忘れていた」
ラック「また掃除しないといけなくなった」
ディー「悪いなラック、」
ニア「え?い、生きてる?」
ディー「ああ、生きてるさ、俺は死ねないんだ、神様を信じるしかないのはこれが原因さ、俺は死を奪われた、死を失ったんだ」
ニア「死を失った…」
ディー「そう」
ラック「僕らはみんな遺失者」
ルシア「この店の名前通り…ってか」
ニア「Losers」
ディー「そう、Losers、ここには何かを失った遺失者共が集まってくる、意図せずな」
ニア「類は友を呼ぶと?」
ルシア「そうゆうこと」
ラック「僕にはよくわからないけどね」
ディー「まぁいつかわかる」
ルシア「そうだなぁ、さてと話も落ち着いたし飲むとするか」
ディー「ああ、そういや、お前の注文はまだだったな」
ルシア「そうだよ」
ニア「ふふ、Losersね、気に入ったわ」
ルシア「あ、笑った、可愛い」
ニア「え?あ…ありがとう」
ラック「で、ルシア、何飲むの?」
ニア「よかったら乾杯でもどうかしら?」
ルシア「よろこんで、女神様」
ニア「ニアでいいわよ、女神なんてもう終わってんのよ」
ルシア「こりゃ失礼、よぉし!ラックもディーも付き合え!」
ディー「となるとドリンクは決まりだな」
ディー「よしみんな持ったな、乾杯と言えばビアだ」
ルシア「もち」
ラック「うん」
ニア「持ったわ」
ディー「オーケー、改めて自己紹介といこう、先ずルシアからだ」
ルシア「俺ちゃんはルシア・ファルシファ!左腕無くすまでは凄腕のパイロットだったんだぜ、でももう飛べねぇ、翼の折れたエンジェルってな!言い過ぎか?」
ディー「言い過ぎだな、次ラック」
ラック「僕はラック・フィーライング、僕は感情を失った、それまではピアニストだった、今でも弾くけど音に感情は乗らない、今はフリだけど、いつか、また、ちゃんと喜んだり怒ったり哀しんだり、楽しめればいいと思う」
ディー「俺はディー・ウィッシュ、死ねなくなった元殺し屋、死を奪われた、いつかはちゃんと死にたいと思ってる、最後は、あんただ」
ニア「私はニア・カリオペイア…今は歌えない歌の女神、歌を失った者、いつかまた歌えるようになるわ、絶対、さっきはとんでもないのも見せられたけど」
ディー「す、すまねぇ」
ニア「ふふ、今日の出会いに感謝するわ」
ディー「それはどうもありがとう、さぁグラスを掲げろ、我々Losersの出会いに乾杯!」
ラック「乾杯」
ルシア「乾杯ー!」
ニア「乾杯」
ディー(N)「Losers、遺失者、何かを失った者達、そんな彼らの物語はこのBARから始まった」