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大団円

 座り込むチェチーリアの目の前を、慌ただしく担架が行き交う。


 それを、見るともなく眺めている。




 チェチーリアの膝に頭をあずけていたヴィクターは、小さな声で呟いた。


「助かった……のかな」


「ええ……もちろん」


 チェチーリアは、そう答えると、右手で彼の頭を撫でた。左手は彼の手と繋ぐ。


 柔らかな髪を撫でていると、彼は心地よさそうに目を閉じた。




 チェチーリアの目の前に、2人組の救護班員が走り寄る。


 ヴィクターを担架へ担ぎ上げようとする救護班員をやんわりと止める。


 彼を抱えて立ち上がったチェチーリアは、彼女自ら担架の上に彼を横たえた。



 そっと担架から離れる。


 ヴィクターは、消えた温もりを探すように、閉じた目を開いた。


 チェチーリアは、ヴィクターの瞳を覗き込んで、笑顔で頷く。



 ヴィクターは安心したように微笑み返す―――。


 再び目を閉じた。



 救護班員は、足早に立ち去った。


 教会の前庭に臨時設営された、野営病院へ搬送されるのだ。




 それを見送ったチェチーリアは、教会の内部を改めて見返した―――。





 教会を覆う結界が解かれてすぐ、外に待機していた後続部隊が雪崩れ込んできた。


 彼らは、教会の惨状に度肝を抜かれ、すぐさま救護班の要請を決めた。



 緊急招集された救護班が到着した教会内は、俄かに戦場のように騒がしくなる。


 救護班は、教会内を駆けずり回り、的確に処置を施してゆく。


 軽い程度の怪我はその場で処置をする。怪我の程度が大きいものは、野外に設営した病院へ搬送する。



 意外なことに、化け物―――ナサニアに攻撃された者だが、大怪我を負いこそすれ、生き残っている者も多かった。



 彼女は生きている人間の負の感情を目掛けて襲ってきていた。


 つまり、意識を失った者は、彼女の探知外となり、結果として追撃を免れたという事になるのだろうか。



 瓦礫まみれの教会を歩く。



 教会出口の柱に、ギュナが寄りかかって立っていた。


 彼女は、頭と脚に包帯を巻きつけられている。傷が痛むのか、しかめっ面をしていた。



「ギュナ!……大丈夫だったの!?」


 チェチーリアはギュナの元へ走り寄る。


 ギュナは、チェチーリアの姿を認めると、ぱっと表情を明るくした。


「チェチーリア!……ええ。頭を打って気を失っていたけど、何とか無事だったみたい。体中痛むけどね。

 ”革命軍”の皆も無事だったみたいだよ。野営病院へ運ばれてったのを見たからさ」


「そう……本当に良かった」



 ほっと胸を撫で下ろすチェチーリアに向かい、ギュナは尋ねる。


「それで、目が覚めたらこの状況だったんだけど……。これ、無事解決した、ってことでいいのかな?てか、何がどうなったの?分かる?」


 首をかしげるギュナに、チェチーリアは答える。



「ええ。私達は―――生き残ったのよ」




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 ヴィクターは、野営病院の中で目を覚ます。


 体を起こそうとしたが、腹部が引き攣り、激痛が走る。思わず叫び声を上げると、隣のベッドから罵声が飛ぶ。



「うるせえ!痛いのは誰だって一緒だ。静かにしやがれ!」


「あ、す、すみません……」


 首を竦め、恐る恐る声の方を見たヴィクターは、隣で横たわっているのがエギンだということに気付いた。彼は、首をガチガチに固定されている。



「あ、エギンさん!生きてたんですね!」


「なんだその言い草は。というか、お前はヴィクターか。すまんな。首が固定されてて隣も向けん……情けねえぜ。


 ……ところで、ここに俺が寝かされてる、ってことは、全て、無事に終わったのか?

 まさかこんな薄汚いテントが天国なんて言わねえよな?」



「……無事、終わりました。ナサニアは(たお)れ、教会は解放されました」



「そうか―――」


 エギンは、長く息を吐く。


「えらく遠回りしたが、これでようやく一区切りだな……あとは、中央騎士団への働きかけか?

 大人しくマズトンを渡してくれるといいがな」


「まあ、程なく裁判が行われるでしょうね。今は体が無事だったことに感謝して、治療に努めましょう」


「そうだな。……その時に備えて、体力は戻しておかなくちゃならん。

 では、俺は寝るとする。またな」


 エギンは、そう言うとすぐ、寝息を立て始めた。

 疲労も溜まっていたのだろう。



 ヴィクターも体力回復に努めるべく、少しでも眠っておこうと天井を見る。


 気を抜いて横たわれるのも久しぶりだ。静かに目を閉じる。野営病院内のざわめきが、眠気を誘う。いつの間にか、ぐっすりと眠りこんでいた。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 その1か月後。


 怪我の状態が回復した主要人物に対し、今回の騒動に対して裁判が行われることとなった。



 まるで犯罪者扱いだとザンヴィルは愚痴ったが、まあ、実際間違いではない。


 ”革命”という大義名分があったとしても、帝国の領土に侵攻し、破壊行為を行ったのだから。



 また、今回裁かれるのは、”革命軍”だけではない。生き残った有力マズトン騎士や、教団関係者も裁判に呼ばれている。



 まず最初に、ヴィクターが被告人席に立たされる。



 審理は中央騎士団主導で進む。


 検察も弁護も中央騎士団の人間が執り行なうようだ。当然ながら、見知った顔はいない。



 罪状が粛々と読み上げられる。


 オーク族を唆した国家内乱罪、マズトンの城壁破壊に始まり、騎士の大量殺戮、国教・イラ・シムラシオン教の教徒殺戮、一般人―――と見分けのつかない”窮者の腕”の大量殺戮と、凶悪そのものの内容となっている。



 長く続く罪状読み上げを聞いた裁判長は、ヴィクターに告げる。


「被告人、何かいう事はあるか」


「……はい」


 頷いたヴィクターは、それに答える。


「まずは、このような騒動の引き金となってしまい、申し訳ございませんでした。

 流されるがままで、最終的に多くの犠牲者を出してしまったことに反論するつもりはありません。


 ―――判決で下された内容には従うつもりです」


 頭を下げる。



 中央騎士団による裁判は長く続いた。


 マズトンで行われていた汚職、イラ・シムラシオン教が裏で糸を引いていた事実、それらを重要参考人死亡による不在の中、検討を進める。



 審理は何度も中断され、結局、判決が下ったのは2か月後だった。




 判決―――。



 裁判長は重く口を開く。


 マズトンにおける、復興への強制無期労役刑。



 ヴィクターは我が耳を疑った。


「労役刑……。禁錮刑ではないのですか?」



 検察官役の騎士は、難しい顔で答える。


「何だ?牢屋がいいのか?


 ……お前が引き起こした結果から見ると重大だが、巻き込まれた状況、実際腐敗しきっていたマズトン騎士団、教団の兼ね合いもある。同情の余地が認められたという事だ。


 また、マズトン現地は復興しようにも、混乱しきっている。当然中央騎士団も復興に乗り出すが、内情を知っている者がいた方が良いだろう。その手伝いをしてもらう予定だ」


「……そうですか。分かりました。精一杯尽力します」


 裁判長に向け、深く一礼した。




 その後も、関係者の裁判は続く。


 結論として、”革命軍”のほとんどは、マズトンへの労役刑を課せられることとなった。



 刑と聞いていきり立ったザンヴィルだが、内容を聞いて落ち着いた。


「なるほどな。つまり、無罪放免ってことだな?」


 検察官は鼻白む。


「いや、そういう事じゃない。実際として、多くの人命を奪ったのは確かなのだから、マズトンの復興を通じその反省を―――」


「ああ、分かったぜ。マズトンをオーク族の一大聖地として盛り立ててやるよ」


 ザンヴィルは不敵な笑みを浮かべる。



「……検察官。労役刑の言い渡しは少し早まったかもしれませんな」


「……え、ええ。まあ、中央騎士団の復興部隊も向かうのです。勝手なことは出来ないでしょう。多分大丈夫かと思います。おそらく」



 汚職を繰り返した、バガン始めとしたマズトン騎士団有力騎士。

 及び、教団の関係者はそれぞれ、罪の重さに応じ、15年から3年の刑が言い渡された。




 ヴィクターが裁判所から出る道中、バガンとすれ違う。


 お互い振り返って顔を見合わせる。



 バガンが、ヴィクターに言う。


「……よお。聞いたぜ。マズトンを復興させに行くようだな」


「……ええ、そうなりました。バガンさんは、服役なさるんですね」


「まあ、そうなるな。身から出た錆とは言え、羨ましいことだ。

 ……こうなった以上、マズトンを良い街にしてやってくれや。じゃあな」


 そう言い残すと、踵を返し、こちらを振り返ることも無く立ち去った。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 全員の判決が出てから、幌馬車に分乗し、マズトンへ発つこととなった。


 明け方、まだ日が昇り切っていないうちに出発する。


 マズトン現地には、既に中央騎士団の復興部隊が乗り込んで、復興を始めているはずだ。



 マズトンへ戻るのは、実に半年ぶりになる。


 体に受けた傷も、すっかり癒えていた。



 幌馬車の中では、”革命軍”の面々が、酒盛りを始めていた。


「えー、”革命”が成功し、我々は無事、マズトンでの一角を手に入れることが出来ました!これを祝して、乾杯したいと思います!」


 エギンが上機嫌で音頭をとる。


 ザンヴィルも得意げに頷く。


「うむ。本来であれば、一角と言わず、マズトン全土を掌握したかったが……。

 まあ、第一段階としてはこんなもんだろう。さあ、皆祝え祝え!」


 樽に満たされたエールを汲み出し、全員に配る。



 グラスをぶつけ合い、一気に飲み干す。


 そこまで広い幌馬車ではなかったが、10人程度が詰め込まれ、騒いでいる。



 その中には、ヴィクターもいた。


 酒が苦手なヴィクターは、舐める程度で留め、盛り上がる一同をぼーっと眺めていた。



 そのヴィクターの腕を、チェチーリアが掴む。


「ヴィクター、どうしたの?せっかくだから飲んで楽しんだら?

 ……私はエールあんまり得意じゃないんだけど。甘いお酒の方が好きかな?」


「……ああ、そう言えば、ギラース酒を飲んでたっけ。懐かしいね」



 ヴィクターが拉致されて、マズトン侵攻の計画が始まった日の事だ。


 ひどく昔の事のように感じる。



「ああ、そんな事もあったね……」


 チェチーリアは、エールに口をつけると、楽しそうにこちらへもたれ掛かった。


「あは。でも、全部解決して飲むお酒は美味しいや。今までで一番おいしいかも。

 ……それとも、君が傍にいるからかな?」


 彼女は、上目遣いにヴィクターを見つめる。



 アルコールで上気した彼女の顔を見るのが何となく気恥ずかしくて、視線を外した。



「おい!貴様!」


 幌馬車前方から鋭く声が飛ぶ。


 何事かと体を硬直させると、ザンヴィルがずかずかと近づいてくる。


「おいヴィクター!我が妹が貴様と酒を飲みたがっているだろう!

 ……お前も、もう身内みたいなもんだろうが!さあ飲め飲め!」



 ぐいぐいとグラスを突き付けられ、何口かエールが口に入る。


 それを見かねたチェチーリアは、ザンヴィルを止める。


「お兄様!ヴィクター様はお酒が得意ではありません!無理に飲んで頂いても、私は嬉しくありませんから!」



 必死になって言うチェチーリアを、ザンヴィルがからかう。


「おいおい。冗談みてえなもんじゃねえか。こんな元騎士にどうしたんだよ。好きになっちゃったとかそういうアレか?」


 適当に茶化したつもりだったが、想定外にチェチーリアは黙り込む。



「……え?もしや」


 ザンヴィルがきょとんとしていると、チェチーリアはエールを一気に喉に流し込む。


 そのままの勢いで大声を出した。


「―――っっ、す、好きとか、そういうのは分かりませんが、彼には何度も助けてもらいました。

 で、ですから。嫌いなわけはありません……。あああ、好きですっ!!」




 唐突な告白に、幌馬車内はさらに盛り上がる。


「うおおおおいおい、ちょい待て、お前、そんな貧弱な野郎にチェチーリア様の相手が務まるわけねえだろう!」


 エギンがヴィクターにずい、と詰め寄る。


「ええい、お前はどう思っているんだ!お前の考えを述べろ!!」



 ザンヴィルは興奮し、腕を振り回す。


 前に来ていたエギンの頭に当たる。病み上がりの頭を殴られたエギンは悶絶した。



「自分の考え、ですか……」


 ヴィクターはひとりごちる。

 ……考えるまでもない事だった。


 俯いてしまっているチェチーリアの腕をとる。


「ありがとう、チェチーリア。僕の悩みを聞いてくれて、真面目に相談に乗ってくれて、嬉しかった。

 思えば、あの頃から―――、ずっと気になっていたんだ。僕も好きだ。これからも……よろしくね」



 チェチーリアは、少し震えたかと思うと、ヴィクターの胸に飛び込んだ。


 それを、しっかりと抱きしめ返す。



 ザンヴィルは、感極まったように叫び声を上げる。


「う、うおお!こ、これぞマズトンの夜明けだ!!


 いいか、これをマズトン復興の旗印とする!!おい、エギン、ギュナ!マズトンに戻ったらすぐさま結婚式の準備を始めろ!あと集落の奴らもできるだけ掻き集めて来い!分かったな!」



「ええ。了解しました」


 ギュナは、微笑んで二人を見る。


 チェチーリアは、酋長の娘という立場もあって、あまり積極的に他人と交流する性質(たち)ではなかった。


 そんな彼女が、ヴィクターの腕の中で感情を確かに表している。表情は見えなかったが、真っ赤に染まった耳がそれを現していた。


 それはとても素晴らしいことに違いないから。



 隣で酒を飲んでいたテレサもそれに同調する。


「おお、任しとけや!うちらも協力するで!マズトンは傷ついたって言っても、うちらの仲間はまだ健在なんや!

 どデカい結婚式を、いっちょ挙げたろうやないか!!」



 幌馬車の興奮は最高潮に達する。



 周囲の祝福の中、ヴィクターとチェチーリアは、若干の気恥ずかしさと―――、そして溢れるほどの幸せを感じていた。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 ―――それから100年後。




 マズトンは周辺国との貿易で栄える、一大都市へと成長していた。



 騎士団詰所には、オーク族の特別警護騎士がつけている。


 どうしても他国とのいざこざに巻き込まれやすい立地ではあったが、その都度、オーク族がその身を張ってマズトンを守り抜いた。


 次第に、勇猛なオーク族が守護する都市として、信頼感が高まっていった。



 都市内部では、混血が主となった商人集団が、常に公平な取引を行っていたため、喜んで商品を持ち込む商人が増え、市場は盛況を極めていた。




 都市の中央広場には、一組の銅像が建てられていた。

 ヒトの青年と、オークの少女の像だ。


 今では、地元住民に待ち合わせに使われることが多い。




 広場で、老婆が編み物をしていた。


 その近くに、孫娘であろう少女が走り寄る。


「ねー、あれ、なに?」


 少女は像を指さす。何にでも興味が出てくる年頃なのだ。


 老婆は、かぎ針を膝に置き、答える。



「あれはね。はるか昔、ここが瓦礫の山だったとき、復興に立ち上がった夫婦の像なんだよ」


「へえー。ふっこう?」


「ああ。はるか昔のマズトンは、不正がはびこり、町全体が暗い雰囲気だったそうだ。


 だけど、ある時、この夫婦が立ち上がり、悪を倒したんだ。


 そして、その時の仲間たちと一緒に、このマズトンを立て直したんだそうな」


「へえー。それ、ほんとう?」


「ああ、そうさ。今はとても平和だけど、それがとても尊いってことを、忘れちゃいけないよ」



「ふーん。そうなんだ」


 少女は、像を改めて見遣る。





 その二人の像は、柔らかな視線で、平和なマズトンを眺めているように見えた。




 穏やかな風が吹く。




 マズトンは今日も平和だ。



 おそらく、明日も、その次も。




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