最終局面
化け物は狂ったように触手を振り回す。
一振りごとに数人が吹っ飛ぶ。物陰に隠れていても、構わず一撃を飛ばしてくるようだ。
「くそっ、謎の水晶で怪物に進化するなんて、まるでおとぎ話じゃねえか……。
とはいえ相手は一人だ。死角から攻撃してくる」
エギンはそう告げると、化け物の背後、死角となる位置へ移動する。
隙を窺い、膝射の体勢で狙いをつける―――。
化け物の触手がエギンへ飛ぶ。クロスボウごと肩に攻撃を食らい、後ろの壁へ叩き付けられる。
受け身を取ることができなかったエギンは、もろに頭を打ち付けてしまったようだ。短く呻くと、がくりと首を項垂れて、動かなくなった。
「エギン!!」
ザンヴィルが叫ぶ。
呼び声に応える気配は無い。
「……なんてことだ。エギンは確実に真後ろ、死角から攻撃を加えたはずだ。
それなのに、あの化け物は背後を向くことなく、正確にエギンへ攻撃しやがった。
……あいつには、俺らの姿を透視出来るとでもいうのか?」
テレサが唇を噛む。
「何にせよ厄介や。そもそも武装教徒達との戦闘で、うちらの戦力は青息吐息って感じやで。
このまま縮こまっていては、あの化け物にいいようにやられるだけや……。
打って出るか?」
「そうだな。こういった場合、一斉に攻撃を仕掛けて、さっさと仕留めてしまった方が被害は少ないだろう……。
おい、騎士のおっさんも助太刀頼むぜ」
近くにいるコンラートにも話をつける。彼は固く頷いた。
全員で、一斉に化け物に襲い掛かる。
上手くいくのかは未知数ではあるが、指を咥えて死ぬのを待つわけにはいかない。
ザンヴィルは、教会に残る、今や僅かになってしまった騎士団、”革命軍”を見渡した。
大きく息を吸い込んだ。
腹の底から、教会中を震わすほどの大声を上げる。
「総員突撃!!相手は一人だ!異形だろうが何だろうがビビるんじゃねえ!!
俺らも突っ込む!全力で粉砕しろ!!」
ザンヴィルの決起の号令に、”革命軍”は萎えかけていた闘志を奮い起こし、鬨の声を上げて化け物へ突っ込んでゆく。
それにつられるように、騎士団もやけくそじみた喚声を上げて突っ込む。
殺到する軍勢を、化け物は複数の触手を振り回してあしらう。
騎士が負けじと剣で触手をぶった斬るが、その隙に別の触手の餌食になった。
ギュナが教会の中二階部分から身を乗り出し、化け物の頭部にクロスボウの照準を合わせる。
引き金に指をかけた瞬間、脚に激痛が走る。
それが何なのかを確認する間もなく、吹き飛ばされる―――。
一階にある瓦礫の山へと墜落する。少しの間痙攣すると、動かなくなった。
「―――っっ、ギュナ!?」
チェチーリアが悲痛な声を上げる。
彼女の注意が化け物から逸れる。
その瞬間、触手が襲い来る。
しまった―――。
思わず身を縮めた瞬間、どん、と何かに突き飛ばされる。
尻もちをついた彼女だったが、触手の一撃からは逃れることができた。
「あ、ありがとう……」
顔を上げると、そこにはヴィクターがいた。
「ああ、怪我がなくてよかったよ」
何でもないように笑って見せたヴィクターだったが、ふと彼の脇腹を見ると、血が溢れていた。
「ヴィクター、そ、それ……」
「ああ、少し攻撃を食らったみたいだ。……それより、早く体勢を立て直そう」
ヴィクターは、チェチーリアを守るように立ちはだかり、剣を構えている。
チェチーリアは慌てて立ち上がり、棍棒を構えた。
テレサは、中二階で弓を構えている。
彼女は訝しんでいた。
死角から攻撃しようとしていたエギンやギュナは、易々と反撃に遭い倒された。
そもそも、視界が奪われているはずなのに、的確にこちらの位置を掴み、攻撃できているのも謎だ。ザンヴィルが透視と言っていたが、案外本当にそのような能力を持っているのかもしれない。
だとしたら、あの化け物に死角はない事になる。それに、遠距離からの攻撃も触手によって阻まれる―――。
……実際、我々の勝機は薄いのではないか?
その考えに至ると、テレサは身震いする。
ここは結界が張られた教会だ。逃げ出すことも叶わないのだ―――。
テレサが絶望に囚われたその時、どこからともなく触手が襲い来る。
はっと気が付き、身を躱そうとしたが、腕を貫かれる。
よろめいたテレサは中二階から足を踏み外す。一階に墜落する。
彼女もまた、動かなくなった。
騎士団、”革命軍”は、化け物に攻撃を仕掛け続けてはいるが、徐々にその数を減らしていっている。
ヴィクターは焦っていた。
思えば、今まで自分はずっと、誰かの後ろに隠れているだけだった。
それは今までの人生でもそうだったし、今回の”革命”騒動でもそうだった。
それではもう、駄目なのだ。こういう時こそ、全力を出さねばならない。
脳裏にチェチーリアの姿が浮かんだ。
ヴィクターと共に悩み、考えてくれると言ってくれた彼女。
その結果、下した決断を肯定してくれると、曇りのない瞳で言い切ってくれた彼女を……。
彼女こそを守るために、目の前の怪物を倒す。
決意を滾らせ、剣を構えて突進する。
不思議と、目の前が鮮明に見える。今なら何でもできる気がした。
腕が動く。襲い来る触手を、構えた剣で切り刻む。
行ける―――。
ヴィクターがそう感じた時だった。
衝撃が伝わる。
死角からの一撃。
腹部に深々と触手が刺さっている。
口から血が溢れた。
ヴィクターは膝をつく。
教会の床に、ゆっくりと倒れ伏した。




