開放
座っていた椅子ごと、ロクフイユは魔力の縄で拘束される。
ナサニアと数人の司教が彼を縛っている間、大司教は冷たい視線で彼を見つめていた。
魔術で反撃しようと思った際には既に遅く、拘束具により術式の発動ができなくなっていた。
ロクフイユの魔力に反応した縄は、生き物のように蠢き、彼の体を締め上げた。
自分の魔力が奪われてゆくのを感じる。抗う気力が急激に失せた。
がくりと項垂れる。
「ふはは。これで、教団の実質的な主導者が私になった訳ですね……」
大司教が愉快そうに笑う。
「国家の中枢に食い込んでいる教団の実権を握れたとあれば、この世の実権を握ったも同然です。貴方たち、今以上に私への口の利き方に気を付けることですね」
部屋に並び立つ司教たちを睨み付ける。
司教たちは、気まずそうに身じろぎした。
さて、急に教皇が姿を消したとあれば、疑念の声が上がるはずだ。
それにどう対処するか、大司教と司教たちの間で協議が始まった。
そんな彼らをよそに、ナサニアは目立たない部屋の隅へ行く。懐から水晶を取り出した。
これも、ロクフイユが収集していた魔導具の一つだ。
魔力を蓄積させる役割と、術者への魔力行使を容易にする触媒効果を持つ代物だった。
彼女は、水晶をそっと捧げ持つ。
呪文を呟き念じると、縛り付けられ、無防備になったロクフイユの体から、魔力が水晶へと流れ出す。
そして、水晶を通じ、魔力はナサニアへ注ぎ込まれてゆく。
十分な量の魔力をその身に宿したナサニアは、満足気に頷いた。
一時間も過ぎたころ、その後の対応を協議し終わった司教たちは、教皇室を立ち去った。
結局、教皇は高齢により、教会内での祈祷に専念し、表舞台での活動は当面の間見合わせる、という風に口裏を合わせることに決まった。
室内には、大司教とナサニア、そして拘束されたロクフイユの3人が残るのみとなった。
大司教は、鼻を鳴らし、動けないロクフイユを見下した。
「国教を育て上げた教皇ともあろうものが、小娘一人に現を抜かしたために追い落とされるとは、何とも哀れなものですね……。ああ、貴女ははもう戻って構いませんよ。私には教皇のような趣味はありませんからね」
大司教はひらひらと手を振った。
「ええ、そうですか」
ナサニアは素直に頷くと、手のひらを大司教に向けた。
「しかし、そちらに用が無くとも、私には用があるのです―――」
受け取ったばかりの魔力を、練り上げて放出する。
高濃度の魔力の霧を正面から食らった大司教は、気を失った―――。
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ゴホゴホと咳き込みながら、ロクフイユは百年前の出来事を語った。
「それから、ナサニアは大司教の脳内を掻き回し、意のままに操った。
つまり―――、大司教を操ることによって、この教団は間接的に、彼女の物になったのだ」
テレサたちは、じっとロクフイユの話を聞いていた。一区切りついたところで、質問を挟む。
「そ、そんなことがあったのか……。
でも、その話は百年前の出来事なんやろ?何であんたは生きとるんや?
魔力の持ち主とは言え、一応は普通のエルフ族なんやろ?」
「うむ。ナサニアによって、魔力を送られている。この拘束されている縄を通じてな。
本来は多臓器不全で死んでいてもおかしくはないが、
その送られた魔力で、無理やり心臓を動かされておるのだ。
いわば―――、今の私は、魔力を精製し、溜めておくための器として、強制的に生かされている状態なのだ。当然のこと、体中は順当に劣化している。ただ生きるだけで、非常な苦痛が伴っている……」
ロクフイユは、再び激しく咳き込んだ。
「そ、そんなこと―――」
ギュナは絶句する。
ひどく残虐な仕打ちだ。本来なら亡くなっているはずの人物を無理やり生き永らえさせ、あまつさえそこから魔力を搾り取るとは。
「ああ、だから、この縄をほどき、私を開放してくれ―――。
見たところ、貴方たちはナサニアの魔術に苦しんでいるはずだ。私を開放してくれれば、彼女に流れる魔力も無くなり、魔術を使役することは出来なくなるだろう」
三人はお互い顔を見合わせたが、礼拝堂の方から、再び爆音が聞こえてくる。
ナサニアの魔術を止めなくては、騎士団、及び”革命軍”の安全は脅かされ続けるだろう。
テレサは、決心する。
「……分かった。縄をほどこう。何か、気を付けることはあるか?うかつに触ったら爆発するとか」
「いや、そういうものはない。通常の刃物で切断できる……頼んだ」
ロクフイユは、そう呟くと、力なく項垂れる。
テレサは無言で近づき、彼を縛る縄に短刀を差し込み―――、一気に引き切った。
その瞬間に、物凄い圧力で魔力が迸るのを感じた。
思わずテレサは尻もちをつき、他の二人も腕で顔を庇い、たたらを踏む。
魔力の嵐が収まった後、そっとロクフイユの方を向く―――。
彼の座っていた椅子の上に姿は無く、脆く崩れた骨の欠片が散らばっているのみだった。