教皇
教皇室、とプレートに書かれたその扉は、重厚な作りになっていた。
ドアノブは真鍮製で、豪勢な装飾がつけられている。
「ううむ……魔力の大元が分かったが、どうする?応援を呼ぶか、もううちらで行くか……」
テレサは、この場に居る2人に相談してみる。
カートンは、無言のままチラリとテレサとギュナを見た。特に自分の意見は無いようだ。
ギュナが答えた。
「来た道を戻って人手を集めて、ここに来るってのは、結構難しいんじゃないでしょうか?
その間にバレる可能性も高そうですし……とりあえず、室内の様子をすこし窺ってみては?」
「ふむ。まあ、ちょっと様子を見てからでも遅くないか……。カートン、何かあったらすぐ逃げるから、心の準備だけはしとくんやで」
カートンに念押しをしてから、ギュナと二人でそっとドアノブを試す。
どうやら鍵は掛かっていないようだ。ゆっくりと回る。そのまま、そっと押して、ドアの間に僅かな隙間を作る。
顔を隙間に押し付け、中の様子を窺う。
室内の全景を見れるわけではなかったが、ある程度は見渡せた。
質素ではあるが、気品の漂う調度品が揃っている。
良くは見えないが、中央の椅子に何かが鎮座しているようだ。
……そこから、非常に高濃度の魔力を感じた。
その前に、護衛の教徒が2人並んでいるのが見える。
ただ、その二人は、礼拝堂で行われている戦闘に気をとられ、扉の向こう側にいるテレサ達に気が付いていない。
他に室内をよく観察したが、その教徒以外に人影は見られない。
扉から顔を引っ込めて、テレサとギュナは囁き交わす。
「護衛が2人……。ギュナ、行けるか?」
「ええ。では、私は右側を相手します」
腰に差したクロスボウを手に取り、矢をつがえる。
「よし、じゃあうちが左側や……」
懐から短刀を取り出し、柄を軽く指で挟む。
二人は、呼吸を整え、互いに頷く。
音も無く、扉を開け放つ。
注意が中央の礼拝堂に向いていた武装教徒達は、闖入する二人に気付くのが一瞬遅れた。
手練れの二人が相手とあっては、その一瞬が命取りになった。
テレサが短刀を左側の教徒へ投擲する。
ギュナが右側の教徒へ矢を放つ。
回避や防御の構えを取ることもできず、奇襲をもろに受けた教徒は、声も立てずに倒れる。
倒れた教徒に素早く走り寄った二人は、速やかに彼らの息の根を止めた。
「ふう。上手くいったな。即席のタッグやったが、うちら結構相性がええのかもな?」
緊張で上がった息を落ち着ける。
室内が安全になったことを悟ったのか、カートンが教皇室に恐々と入ってくる。
「さ、流石ですね。2人もの敵教徒を一瞬で……。私は、何か攻略の手がかりがないか、書物を探しているとします」
そう言うと、壁際にある書架に近づき、本を漁り始めた。
「ああ、頼むで。ナサニアが使っていた水晶とか、どう考えても教団の曰く付きの代物やろうからな。
さて、それで。こいつらが守っとったもんは一体何なんやろうな」
テレサとギュナは、お互い顔を見合わせる。
教皇室の中央の椅子に鎮座していたものは―――。
布の塊だった。
当然、これがただの布の塊でない事は分かる。
実際、これから、尋常ではない量の魔力が放出されているのだ。
テレサは、ごくり、と唾を飲み込み、恐る恐る布に手を伸ばす。
ままよ、と布の端を掴むと、一気に手前に引く―――。
その中にあったものを見て、滅多に動揺しないギュナが、小さく叫び声を上げる。
「こ、これは……」
テレサは、思わず口を手で覆う。
そこにあった―――居たのは、縄で雁字搦めにされた一人の老人だった。
年齢は分からない。体中が皺で覆われ、頭髪は真っ白になっていた。
かっ、と見開かれた目は既に何も映してはおらず、生きているのか死んでいるのかもよく分からなかった。
そんな、生死不明の老人から、尋常ではない魔力が、ナサニアの水晶の元へ流れている……。
あまりの光景に、言葉を失っていた二人だったが、その後ろからおずおずとカートンが声を掛けた。
「あの……。こ、この本、ここなんですが……」
カートンが、教皇室の書架にあった本を開けて、あるページを指差していた。
テレサは、その本を受け取って、示されたページを読んでみる。
そこには、挿絵付きで、教団の成り立ちと歴史が記されていた。
「へえ。このイラ・シムラシオン教ってのは、二百年の歴史があるんやな。宗教には特に興味も無かったから、知らんだが……。ん?」
テレサの目が、あるところの上で止まる。
そこに記されていた注釈と挿絵。
『およそ二百年前に、イラ・シムラシオン教を開いた開祖は、教皇・ロクフイユです。彼は、その莫大な魔力で数多の奇蹟を起こし、信者たちを集めていきました』
テレサは、振り向いて、縛られている老人の顔を見た。
挿絵に描かれている教皇を再度見る。
挿絵に描かれた教皇・ロクフイユ。それと目の前の老人は、皺や髪色の違いこそあるものの、非常に似通って思えた。
二百年前、莫大な魔力で奇蹟を起こし、信者を集めたロクフイユ。
そして現在、莫大な魔力を半死半生な中、縛られて垂れ流す老人。
―――他人の空似とは思えない。
テレサ、ギュナ、カートンの三人は、思いがけない展開に固まってしまっていた。
そんな中、縛られていた老人の目がぐるんと動き、色素が薄まった黒目で三人を見据えた。
まるで猛獣にでも睨まれたかのように、三人の背筋に悪寒が走る。
―――重々しく老人が口を開いた。