結界
中央騎士団の先鋒が、教会に到達する。
ノックをする間もなく、個人携行型の破城槌を乱打し、入り口の門扉をこじ開ける。
雪崩れ込んだ騎士たちが目にしたものは、酸鼻を極める光景だった。
数百人の騎士が、血の海に沈んでいる。
その中心には、シスター・ナサニアが立っており、その脇にはルブラン司教、そして、無数の武装教徒が彼女らを取り囲むように立っていた。
先鋒隊に少し遅れて到着したコンラート聖騎士は、躊躇なく殲滅指令を下す。
今まで、上意下達をモットーとし、何事も上層部の意向を汲んでから行動するコンラートだったが、教団の面々を目にした瞬間に悟っていた。
―――奴らは人類の敵だ。判断を仰ぐまでも無く、即座に撃滅しなければならない。
指令を受けた騎士たちは、信者達に突撃する―――。
と行きたいのだが、教会内の礼拝堂は、長椅子などが規則的に配置されており、思ったように動くことができない。特に、馬に乗ったままの騎士は、足をとられている。
武装教徒達は、そんな騎士達に即座に矢を射かける。長椅子を乗り越えようとしていた騎士達は、胸を射抜かれて倒れる。
教会の入り口の門扉はそう広くない。一度に多人数で押しかける物量作戦が取れないため、必然的に戦力の逐次投入のような形になる。このままでは被害が無駄に広がると判断したコンラートは、一時的に教会の前庭へ引き上げる。
そのころ、”革命軍”も合流した。
コンラートは、主要人物を集め、臨時に会議を行う。
本部からの増援も視野に入れ、伝令を騎士団本部へ放つ。
「奴ら教団は、教会に篭っているが……これを正面から打ち砕くのは困難だな。
教会は攻めるに難く、守るに容易い。中央騎士団本部に連絡はするものとして、どう攻めればいいだろうか?」
”革命軍”エギンが、顎をさすり、手を上げた。
「そうですなあ。この辛気臭い建物に立てこもっているっていうのなら、火をつけて炙り出せばよいのでは?見たところ石造りではあるようですが、油でもぶっかけて火をつけてやれば、蒸し焼きになるでしょうよ」
コンラートは、難しい顔をする。
「ふむ……それも尤もだが、一応この教会は、俗に言う重要文化財でな。火を放つのはどうも……。まあ、そんなことを言っている場合でもないのは確かだが」
テレサが賛同する。
「ほんまやで。こんな悪の巣窟みたいな建物のどこを保護せなあかんのや?さっさとぶっ壊して何かもっとええもんを建てた方がよっぽど建設的やで」
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ルブラン司教は、額にかかる長髪を掻き上げた。
「ふむ……。中央騎士団のやつらは、一時撤退したようだな。
しかし……このままでは、いずれ物量に押し潰されるだろう。ナサニア、何か考えはあるか?」
ナサニアは、余裕のある笑みを崩さない。
「ええ。教団には、奇蹟がありますから。我々が敗北することなど、万に一つもありません」
修道服の懐から、白く輝く水晶を取り出す。
それを胸に抱き、目を閉じる。
呪文の詠唱を始める―――。
ナサニアの足元に魔法陣が浮き出て、淡い光の粒子が彼女を包んだ。
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教会前庭にて。
ギュナが一番最初に、それに気付いた。
「何か……。雲行きが怪しくなってきましたね」
チェチーリアが、それに答える。
「そうだね……。それに、何だか、嫌な予感がする」
寒気を感じて、自分の体を抱いて、身震いする。
しばらくして、雨が降り始める。
ぽつぽつ、と肩に雨粒が当たる。
おや、と、ヴィクターは違和感を覚える。
雨粒の当たった所を、手袋をつけた手でさすってみる―――。
ぬるっ。
軍衣が溶けてずれる。煙が激しく立ち昇る。
激痛が走る―――。
「こ、この雨は強酸だ!皆、屋根のある所へ逃げて!!」
ヴィクターが叫び、前庭から逃げようとするが―――。
ごつん。
前庭から出ようとするが、それ以上進めない。
まさに、透明な壁に阻まれた―――。そんな感触だ。
手探りで出られる場所がないか探るが、無駄だった。
ふと周りを見ると、他の人も同じ状況のようだ。
「これは……」
ザンヴィルが、暗い顔で呟く。
「書物で読んだことがある。古の大魔導士は、こういった魔術が扱えたようだ。
結界や毒の雨、といった類だ。つまり、ここは―――」
一息ついて、言葉を続ける。
「魔術によって、外界から遮断されたんだろう。
今の俺たちは、籠の中の鳥、袋の鼠って訳だ」
その言葉を聞いた面々は、息を呑む。
外界から遮断された教会および前庭。
前庭では、酸の雨が降り続く。
灼かれる事から逃げるためには―――教会に入るしかない。
醜悪な生き物が口を開け、獲物を待ち構えるかのように、教会の門扉は開いている。




