狂気
教会に緊張が走る。
ウジェーヌ聖騎士は、捜査騎士にツルハシを持たせる。天使像の破壊を命じた。
腰が引けてはいるが、騎士はツルハシを像に振り下ろす。
像の頭部から順に削ってゆく。
すると、ツルハシの先が、ごぼ、っと像の中に吸い込まれる。
どうやら像の中は空洞だったようだ。
空いた穴から、異臭が広がる。
この時点で、教会の中にいる捜査部隊の全員に、悪い予感が浮かぶ。
「―――穴を広げろ」
鼻をハンカチで押さえ、ウジェーヌが命令する。
ツルハシで、少しづつ穴を広げてゆく。
果たして―――、そこには、頭巾に頭を覆われた死体が収まっていた。
捜査部隊にざわめきが起こる。
「これは……調書にあった、マズトン騎士の死体だ。そうだな?この期に及んで言い逃れはするまいな?」
吐き気を押さえ、ウジェーヌはナサニアに鋭く問う。
「……ええ。そうだとして、どうするおつもりですか?」
嘯くナサニアの周りを、信者たちがさりげなく囲んだ。
すっと腕を上げ、指を鳴らす―――。
どこに隠れていたのか、教会中の物陰から、武装教徒たちが姿を現した。
薄暗い教会の中で、黒衣を纏った武装教徒たちは、表情が伺えない。
いつの間にか、捜査部隊は、包囲されていた。
武装教徒から、冷たい殺気が飛んでくる。
「この死体がここにあった理由も、私たちには分かりません。
悪意ある第三者が、勝手にここに置いていった……。そういう事にはできませんか?」
ナサニアは、平然と取引を仕掛ける。
ウジェーヌは、恐怖に竦みそうになる足を、何とか宥めながら反論する。
「ふん……その戯言は牢屋で聞こうか?
今までの教会派の奴らにはそれが通用したか知らんが、俺達反教会派には通用しないぜ。大人しく逮捕されることだな」
懐から手錠を出し、つかつかとナサニアに近づく。
「さあ、ナサニア。ひとまず、死体損壊、及び遺棄の容疑で逮捕する―――」
ナサニアの腕に、手錠を掛けようとしたその時。
ナサニアを囲んでいた信者たちが、一斉にウジェーヌに襲い掛かる。
信者たちの下敷きになったウジェーヌは、もがきながら叫ぶ。
「き……貴様ら!俺にこんなことをして、タダで済むと思ってんのか!!
ここに居るのは、反教会派の有力騎士と中道派の騎士達だ!お前らの味方は居ない!
さらに公務執行妨害を追加してやる!!」
「あら、そうなのですか」
ナサニアは、嬉しそうに微笑む。
「ならば、皆殺しにしても構わないという事ですね」
「……へ?」
ウジェーヌは、一瞬、ナサニアが何を言っているのか理解できなかった。
遅れて、理解する。
―――こいつは、この場に教会派の騎士が居ないのを良いことに、俺らをいなかった事にするつもりなのか?
馬鹿な。あまりにも非現実的だ。冗談だろう?
信じられない思いで、まじまじと彼女の瞳を見る。
―――その瞳は狂気に彩られている。
ウジェーヌは総毛立つ。
こいつは、正気じゃない。
思わず、悲鳴が口をついて出た。
「た……助けてくれっっ!!」
その悲鳴を皮切りに、武装教徒達が、捜査騎士に襲い掛かる。
捜査騎士達は、本来、家宅捜索を行うために来ているのだから、軽装である。それも裏目に出た。
次々と倒されていく中、数人の騎士が、入り口の門を内側から叩くが、それには閂が掛けられている。
教会の中で、阿鼻叫喚の惨劇が繰り広げられる―――。
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コンラート聖騎士率いる2個師団は、中央都市に到着する。
マズトンに、留守部隊として数千人置いてきたが、それを引けば、まだほぼ無傷ではある。
また、マズトンから”革命軍”が帯同しているので、人数規模としては増加していた。
黙って馬を進める面々は、目的地である教会を目にしたとき、その違和感に気付く。
ザンヴィルが、眉をひそめ、呟く。
「皆……分かるか?」
ヴィクターが、頷いた。
「ええ……教会に、禍々しい雰囲気が満ちています」
当然、コンラートもそれに気が付いているようだ。
「本来ならば、伝令を送ったので、別動隊が我々に先んじて家宅捜索を行っているはずだ。
しかし……今は全くその気配がない。
この様子を見るに、何か不測の事態が起こったようだな。
元々、強制捜査を行うつもりだったが……悠長に構えてはいられないようだ」
しばし逡巡すると、意志を固める。
「よし……我々は、これよりイラ・シムラシオン教会へ突入し、強制捜査を開始する!
者共、続け!」
コンラートは、馬に鞭を入れ、教会へと疾走する。
中央騎士達、”革命軍”がそれに続く。
ヴィクターは、ちらり、とチェチーリアの方を見た。
彼女も硬い表情をしていたが、ヴィクターと視線が合うと、僅かに表情を緩める。
チェチーリアも、彼女の軍猪・ジェサレットを駆り、闇に覆われる教会に突進してゆく。
これが最後の戦いだ。
なんとなく、そんな確信があった。