天使像
反教会派の聖騎士、ウジェーヌは、苛立っていた。
教会側が握っていると睨んでいた、汚職の証拠が出てこない。
あちこちの本棚や書庫をひっくり返すが、出てくるのは何の変哲もない聖書やその類ばかりだ。
落ち着きなくウロウロと歩き回り、部下に対し檄を飛ばす。
「探せ!教会のどこかに、隠しきれなかった不正の証拠が残っているはずだ……
怪しげな書類は、とりあえず確保しておけ!」
教団の事を、舐めていたのかもしれない。
この、今いる教会は、古い歴史を持つ建物だ。
それこそ築100年以上は経っているだろう。その間、増築や改築を繰り返し、その間取りは、複雑怪奇に入り組んでいる。
秘密の隠し部屋なんてものも、きっとあるはずだ。証拠を見つからないように隠すにはもってこいだろう。
いつの間にか、教会の礼拝堂には、複数の信者、それにルブランとか言う司教までやってきていた。
彼らは、教会内を漁りまわる捜査騎士を、薄笑いを浮かべながら見つめている。
ウジェーヌの顔に、焦りが浮かび始める。
まさか、ここまで証拠が徹底的に隠されているとは思わなかった。
これまでの教団の振る舞い、今回の”革命軍”騒動といい、限りなく教団は黒だと思うのだが、その証拠が出てこない。
ウジェーヌはもどかしさを隠せない。
これだけ大掛かりな家宅捜索をしておいて、何も見つかりませんでした、では許されないだろう。
ポケットに突っ込んだ麻薬の小包を使おうかと考えた時だった。
ウジェーヌの耳に、微かに水滴が落ちる音が聞こえた。
―――いや。水滴よりも、粘ついた液体だ。
ぱた、ぱた、という音が、規則正しく聞こえてくる。
ウジェーヌは、音のする方に首を向ける。
そこには―――、身長よりも高い位置に飾られた、天使の像があった。
なぜか、そこには、日の光もあまり差し込んでおらず、不気味に薄暗かった。
足元には、信者が4人、固まって立っている。
嫌な予感を覚える。
ウジェーヌは、ゆっくりと、その4人の信者に語り掛ける。
「ああ、すまん。そこを、どいてもらえるか?」
信者たちは、黙ったままだ。
ガラス玉のような目で、ウジェーヌを見据え続けている。
さすがに、薄気味悪くなった時、背後からいきなり声を掛けられる。
「どうかなさいましたか?ウジェーヌさん?」
驚いて心臓が止まりかける。
振り向くと、ナサニアが近くに立っていた。いつの間に、俺に近づいたんだ?
気を取り直すと、ナサニアに聞いてみることにした。
「……ああ、ちょっと聞きたいんだがな。あの、天使の像か?
あれをよく見てみたい」
「……そうですか。お目が高いですね。あの像は、イラ・シムラシオン教が信ずる、聖天子様の像でして―――」
説明を始めようとしたナサニアの言葉を遮る。
「御託はいい。あの像は……何かおかしい。
お前ら、邪魔でよく見えないだろうが。早くどけ」
ウジェーヌは、天使像の足元に群がる信者たちを押しのけて、像を確認しようとしたが、思ったよりも強い抵抗にあい、通してもらえない。
その隙に、ナサニアは、他の信者に視線で合図を送る。
頷いた信者は、教会の各地に散り、密かに扉や窓に閂を掛け、閉め切り始めた。
証拠探しに躍起になっている捜査騎士たちは、その動きに気付かなかった。
しばらく、ウジェーヌとナサニアは睨み合っていた。
しかし、ふ、とナサニアが微笑む。
「そんなに天子様の像を見たいのであれば、構いませんよ。
さあ皆さん。退いて差し上げて」
ナサニアは、白魚のような指を振り、信者たちに、像の足元から去るように促した。
4人の信者たちは、像の足元から退く。
ウジェーヌは、像の足元を確認する。
そこには、粘ついた水音の理由があるはずだった―――。
見つかった。
天使像の脚の辺りから、赤いものが滲み出し、伝っている。
つま先で、小さなルビーのように集まり……、ある程度の大きさになると、床に落ちて音を立てる。
ウジェーヌは聖騎士とは言え、下積み時代はあった。
そして、その赤い液体は、その時代に見覚えのある物だった―――。
すなわち、血液だった。
「き、貴様、これは何だ?
この像には一体、なにが入っているんだ!?」
ウジェーヌの叫びに、周りにいた捜査騎士も、何事かと集まってくる。
次々と集まる騎士を見ても、ナサニアの表情に動揺した様子は見られない。
落ち着き払ったまま、変わらぬ声のトーンで続ける。
「この天使像に何が入っているか……知りたいのですか?本当に?」
「……っっ!何でもいい!俺達には捜索令状があるんだ!この像は押収し、調べさせてもらう!
おい!お前、この像をぶち壊して、中身を確かめろ!!」
ウジェーヌは、近くにいた若い捜査騎士に命じる。
その騎士は顔を引き攣らせる。
さすがに一人で、その作業を行うことは出来ない。複数の騎士で、高い位置に掛けられている像を下ろす。
血液が付着しないように、像全体に布を巻きつけて運ぶ。
布はたちまち赤く染まった。
騎士たちは、その作業を恐る恐る行った。
血でぬめつく手が気持ち悪い。
信者たちは、それを無表情に見つめている。
床に横たえられた天使像は、不気味な威圧感を放っている。
それに気圧されまいと、ウジェーヌは頭を振った。
「……さあ、その天使像を破壊しろ!中身を……確認するんだ!!」
ウジェーヌの声は震えている。像を指す指先も震えている。
血に染まる天使像は、感情の無い瞳でウジェーヌを見つめている。




