教団への家宅捜索
中央騎士団詰所にて。
コンラートからの伝令を受け、急ぎイラ・シムラシオン教会への捜索班が編成されていた。
今まで、いわば『聖域』となっていた教会だが、マズトンが大混乱に陥ってしまった現状、キチンとした捜査を行わなければならない。
今までのように曖昧に放置していては、市民から―――ひいては政府、議会からの突き上げを食らってしまう。
中央騎士たちが慌ただしく準備をしていると、騎士団詰所に教団の司教、ルブランが入ってきた。
彼は、味方である汚職騎士たちに、今後の対応を相談しに来たのだが……。
―――ルブランは眉を顰める。
詰所内が慌ただしい。
胸騒ぎを覚える。
近くを通りがかった騎士を捕まえ、聞いてみる。
「おや……?皆さん。お忙しそうですね。如何なさいましたか?」
家宅捜索の支度をしていた騎士が、答えにくそうに返事する。
「あ……いえ。その、詳しくは言えないのですが、仕事がありますので、その準備です」
「ほう……」
ルブランの視線が鋭くなる。
「失礼だが、フランツ聖騎士はお見えかな?」
「えー、えーとですね……」
騎士は、どうすればいいのか迷っている様子だったが、ルブランの眼力に負け、フランツの元へ案内した。
聖騎士に与えられている個室だ。
ノックもそこそこに、部屋に入る。
「やあ、フランツ聖騎士さん。お元気でしたかな?」
ルブランが声を掛けると、机で頭を抱えていたフランツが、顔を上げる。
禿げ上がった赤ら顔の小男だ。
上司へのゴマすりと、教会と結託した汚職と不正で聖騎士まで上り詰めた、小悪党である。
「る、ルブラン司教でしたか。大変なことになってしまいました……」
「……どうしたのですか。教えて頂けますね?」
「ええ、それがですね……」
フランツはつかつかと扉に近づくと、扉に鍵をかける。
ルブランの元で、声をひそめて囁く。
「中央騎士団は、イラ・シムラシオン教会に、家宅捜索を行うこととなりました」
「―――っ、そうですか」
ルブランは、内心の動揺を努めて表に出さないように堪えた。
「しかし、今回も、今までのように、形式上で済ませて頂けるんですよね?」
実際のところ、教会へは何度か家宅捜索に入られた事がある。
当然、汚職騎士たちと結託した出来レースだ。
上辺だけ漁って、『教会はやはり潔白の存在です』と、内外にアピールをするための家宅捜索だった。
フランツは、再度頭を抱える。
「それが、今回に限ってはそういう訳にもいかないんです。
マズトンでの”革命軍”騒ぎ、市内での告発ビラのバラ撒きも相まって、反教会派の政治家主導で家宅捜索の決定がなされました……。
私たちの決定権だけでは、もうどうにもならない所まで来てしまったんです……」
「なるほど……」
ルブランは爪を噛む。
いくら国教であるイラ・シムラシオン教とは言え、政界まですべて掌握しているわけではない。
強大な利権の元には、色々な派閥のハイエナ共が群がるものだ。
今回は、反教会派と言われる政治家たちが、これを教会を倒す好機と捉え、攻勢をかけてきたのだろう。
フランツは、焦った顔でルブランに縋りつく。
「もう、中央騎士団は、間もなく家宅捜索を開始します。
お願いです。家宅捜索が始まるまでに、汚職の証拠を―――、私が関わった部分の汚職の証拠だけでも、隠滅しておいて頂けないでしょうか。お金なら払います!お願いします!!」
後半は、叫ぶように言う。
狂ったバッタのように頭を下げる。
くそっ、保身だけのゴミ虫めが。
必死に縋りつくフランツを払いのけ、ルブランは冷静に伝える。
「……情報ありがとうございました。
分かりました。不正の証拠は出来るだけ廃棄しましょう。フランツさんは、出来るだけ家宅捜索を遅らせるように努力してください。では、これで失礼します」
個室の鍵を開け、大股で退出する。
廊下ですれ違った騎士が、ルブランの顔をぎょっとした顔で見る。
ルブランはそれを怪訝に思ったが、廊下の突き当りの鏡でそれを得心する。
今のルブランの顔は、悪鬼そのものの表情だった。
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教会へと戻ったルブランは、ナサニアが戻っていることを知った。
彼女は、祭壇で礼拝をおこなっていた。
ステンドグラスから差し込む光が、彼女を取り囲んでいる。
美しい白銀の髪が光を散らし、長い睫毛を伏せたまま、神に両手を捧げる姿は、神々しさすら感じる物だった。
「……シスター・ナサニア。マズトンはどうだった?」
ルブランは、柱にもたれ掛かり、尋ねる。
ナサニアは、ゆっくりと組んでいた手をほどき、立ち上がる。
「ええ。神の奇蹟により、マズトン騎士団詰所内の証拠品は、全て灰燼と帰しました」
「そうか。それは重畳だ。
―――中央騎士団が、我々に家宅捜索を行おうとしているらしい」
ナサニアの形の良い眉が、ぴくりと動く。
「反教会派の奴らが先導しているようだ。汚職騎士の力も及ばないらしい。
……どうする?」
「そうですね……」
ナサニアは、少しの間、何事かを考えていた。
そして、何かが吹っ切れたのか、笑顔でルブランに言う。
「如何なる時も、神は我々を見捨てない。そうでしょう?」
可愛らしく小首を傾げたナサニアだった。




