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夜警前夜

 テスとの話が、ずっと頭にこびりついている。

 マズトン騎士団が犯罪組織、だと彼女は言った。


 あの後もしばらく会話をしてから別れたはずだったが、他に何を話したのかは忘れてしまった。

 それほどにマズトン騎士団についての話が、衝撃的だったのだ。



 また、今後の身の振り方についても考え込まざるを得なかった。

 もし仮に、本当にマズトン騎士団が腐りきっていた―――犯罪者の巣窟となり果てていた―――場合、下手に告発をすると、自分が口封じされかねない。


 ならば騎士団本部まで告発しに行くか……?

 しかし、異動してすぐの落ちこぼれがタレこんだとして、一体誰が信じるだろうか。

 確たる証拠があるわけでもない。


 かといって、逃げるわけにはいかない。

 ヴィクターにも生活がある。自慢ではないが、今の騎士という職を失ったとしたら、次、良い職に就ける自信は全くない。


 そもそも、本当に犯罪組織だと決まったわけではない。ただの市井の噂―――どころか、テスというハーフゴブリンの妄言かもしれないのだ。



 とりあえず、様子見をしよう……と、問題の先延ばしをすることにして、ひとまず納得をした。



 寮に戻り、ベッドに潜りこむ。

 眠って朝になれば、悩みが消えていればいいのに、と思う。思うだけだが。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 翌朝、騎士団詰所へ出勤すると、ダドリーから声を掛けられる。


「よお、非番の日は楽しめたか?―――早速だが、今日から夜警に回ってもらう。

 二人一組で決められたルートを巡回するんだ。そこで怪しい奴がいたらとっちめる。

 それだけの仕事だ。簡単だろう?」


 そう言うと、顎をしゃくり、傍らに立っていた騎士を呼ぶ。


「こいつはケインだ……今回の夜警はこいつと組んで回ってもらう。分からんことがあったらこいつに聞け。今日は俺は忙しいから、これで失礼するぜ……じゃあケイン、頼んだ」


 ダドリーは片手を上げてから、ケインと呼ばれた騎士の肩をぽん、と叩くと、足早に奥の会議室へ消えていった。

 ちらりと見えた会議室には、ジェリコー上級騎士、バガンをはじめ、マズトン騎士団の有力騎士が揃い踏みしているようだ。



「ダドリーさんは、お偉いさん方との会議で今日は手が離せないみたいだな。まあ、そういう訳でよろしく頼むぜ」


 ケインはこちらへ手を差し出す。

 少し軽そうな感じのある青年だ。年のころはヴィクターと同じか、少し上といった所だろう。


「あ、どうも、よろしくお願いします」


 ヴィクターも握手を返す。


「お偉いさんと会議って、なんか物々しいですね。騎士団の上の方でも来るんですかね?」

「ああ、……そんなところじゃないか?まあ、そのうち分かるだろうぜ」


 ケインはウインクした。




 それからしばらく、ヴィクターは事務仕事をぼちぼちと片付けていた。

 どうもここの騎士団では備品の管理などが非常に杜撰で、よく物がなくなっていたり、無いのに誰も注文しなかったりしている。そのため、地味な事務作業は結構あった。


 気付かないうちに結構集中していたようだ。

 肩が凝ったので伸びをする。ぽきぽきと小気味よい音が響く。



 そこで、騎士団詰所の正面扉が開く。

 入ってきたのは、コボルト族の女性だった。


 純白のキャペリンハットを目深に被り、すっと伸びたマズルが、涼やかな印象を与えている。

 薄い青のブラウスと、丈の長い濃赤のプリーツスカートが、背筋の伸びた、均整の取れた体躯によく似合っていた。

 ブラウスから透ける、豊かで流麗なグレーの毛並みが見事だった。



 美しいコボルトに見とれていると、慣れた足取りで会議室へ入ってゆく。


 その後ろから、数人のゴブリンやコボルトが付き従って入っていった。

 彼らは、騎士団には似つかわしくない雰囲気を纏っていた。

 有り体に言うと、柄の悪い人相だらけだった。



「えっ……何か、ヤバそうな人たちが会議室に入っていったんですが……」


 ヴィクターは思わずケインに伝える。


「あー、まあ、気にすんなよ。それより、夜警の時間まで仮眠でもしてきたらどうだ?俺はそうするぜ」


 ケインは面倒くさそうに答え、欠伸をすると、仮眠室へ去っていった。



 会議室で何が起こっているのか気にはなったが、下手に首を突っ込むと、取り返しのつかないことになりそうな予感がしたので、おとなしく、自分も仮眠を取ることにした。



 仮眠室に足を踏み入れるのは初めてだった。

 ひょこっと覗いてみると、すでに5,6人が仮眠を取っていた。

 ぐごご、とたまに大きな鼾が響く。しかし、特に誰も気にしていないようだ。



 少し気が引けたが、ここで寝ておかないと夜警に響く、と思い直し、仮眠を取ることにした。


 何年も変えていないような万年床に腰を下ろす。どことなく饐えた臭いがしたが、贅沢は言えないのだろう。しばらくはまんじりともせずに横たわっていたが、次第に眠りの世界に引き込まれていった。

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