ダラードの結末、そして出立
ダラードが吼える。
拳を放つ―――。
フェイントも何もない、正直な右ストレートだ。
だがその分、思いっきり踏み込んで腰を十分に回し、全体重を拳に乗せた一撃だった。
ザンヴィルは、大盾で真正面から受けた。轟音が響く。
物凄い衝撃が伝わり、腕が痺れる。攻撃を受けた箇所にヒビが入る。
「我が弟ながら、バカみたいな力だな」
ザンヴィルは呟き、距離をとった。
大盾を確認すると、ヒビは予想外に大きく、次の一撃を食らったら壊れてしまいそうだった。
腕もまだ痺れている。片手を軽く振る。病み上がりの体に堪えた。
その大盾を捨てる。棍棒を軽く目前に構えた。
ダラードの拳は擦り剥けて、血がさらに滲んでいるが、気にする素振りは無い。
当然だ。テーピングも保護も何もない、素手で大盾を殴りつけたのだ。
あの様子では、マトモに防御するのは不可能だな、と悟る。
強力な打撃を受ける場合、半端な防御では、それを貫通して衝撃が来る。
上手いこといなしてやらない事には、無事に済まない。
距離をとったザンヴィルに、ダラードは猛然と突っかかっていく。
無茶苦茶なコンビネーションで、とりあえず殴りかかってくる。
攻撃としては直線的なのだが、何せ一撃一撃が鋭く重いので、いなすのにも苦労する。
こちらに放たれるパンチを軽くはじくだけでも、腕にダメージが蓄積するのが分かる。
そもそもが、ザンヴィルは守勢に慣れていなかった。
彼の道は覇道の道であり、身を守るという経験はあまりしていなかったのだ。
不慣れなディフェンスをしていると、あっと言う間に、城壁側へ追い詰められる。
オークや騎士の射手たちも、あまりの速度で動き回る二人に対し、誤射を恐れ射撃ができない状況だった。
どうにもできない状況に歯噛みしながら、成り行きを見守っているしかできなかった。
壁際に相手を追い詰めたダラードは、渾身の力で殴りつける。
ザンヴィルは、何とか身をよじり、その拳をかわした。
すると、ダラードの拳は城壁に叩き付けられ、レンガを破壊した上で、手首まで埋まる。
いかに正気を失ったダラードとは言え、城壁用に固く焼かれたレンガに素手をぶつけて無事であるはずがない。
指骨と中手骨を粉砕骨折したダラードは、その場に固まり、絶叫する。
その隙を逃さず、ザンヴィルは振り向きざまに、腰の回転を加え、全力で棍棒を首に叩き付けた。
背後から打ち付けられた棍棒は、正確に頸椎を打ち抜いた。
骨が粉砕される乾いた音が響き、ダラードは頽れる。
頸髄が寸断されたため、無用に暴れることはなく、速やかに即死した。
「……すまんな、ダラード」
荒い息を落ち着け、棍棒を腰に戻し、ダラードの横にしゃがむ。
裂けるように見開いている目を、閉じてやる。
ザンヴィルの顔は暗い。
敵味方無く暴れる弟に対して、急所を的確に攻撃する以外に、鎮圧の方法は思い浮かばなかったし、その余裕もなかった。
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コンラートは、動揺した部下たちをまとめ、出陣の準備をしている。
その合間に、ベル上級騎士がこちらに来る。ばつが悪そうに、ザンヴィルへ話しかけた。
「貴君の弟の被っていた頭陀袋だが……。
その中に仕込まれていた粉は、やはり麻薬だった。
また、着けられていた手錠や足枷だが、教会が異端審問の際に用いるものと酷似していた。
タイミング的にも、教団が前もって麻薬漬けにして仕込んでおいた貴君の弟を、足止めのために放ったというところだろうな」
「……ふん、そうですか」
―――そもそもが反抗的な弟ではあったが、それとこれとは別だ。
自分の意志でなく、教会に玩具のように弄ばれ、駒として使われたというのでは、オーク族の誇り以前に、あまりにも浮かばれない。
マズトン侵攻とは別に、イラ・シムラシオン教には―――
メラムトオーク族を舐めた報いを受けてもらわねばならない。
ザンヴィルの瞳が、暗く光る。
予定外の騒ぎはあったが、中央騎士団は、中央都市のイラ・シムラシオン教の教会へ、強制捜査に乗り出すこととなった。
伝令で一足先に中央騎士団に伝えるが、精鋭である、コンラート率いる2個師団も中央都市へ向かうこととなる。
ヴィクターは、押し黙っている”革命軍”に、遠慮がちに声を掛けた。
「皆さん……、ここは、中央騎士団に追従した方が良いと思います。
そうした方が、『汚職を許さない』という、当初の主張をより強く印象付けられると思うので……」
「ん、うむ。そうだな……。ダラードを駒のように扱いやがった報いも受けてもらわねばならん。
殴りこみに行くのに異論はないな」
ザンヴィルが頷く。
他のメンバーもそれに倣う。
ヴィクターは、チェチーリアと共に、ベルの元へ向かう。
隊列の整理をしていたベルに、声を掛ける。
「ベルさん。イラ・シムラシオン教への強制捜査について、”革命軍”も追従してもよろしいでしょうか?汚職の真実を明らかにするのに、お力になりたいのです」
「ああ、ヴィクターか……いや、必要ない。
……と言うところだが。
そうだな。教団も、何を考えているのか分からないところがあるから、着いて来てもらうとありがたいかもしれんな」
ベルの表情も硬い。
改めて、教団の得体の知れなさを不気味に思っているのかもしれない。
中央騎士団、並びに”革命軍”は、隊列を整え、明日の早朝にマズトンを発つこととなった。
多大な犠牲を出したマズトン戦争。
その最終戦が、行われようとしていた。