ダラード再び
マズトン騎士団詰所爆破により、周囲に火の手が上がった。
幸いにも大火とはならなかったので、”革命軍”と中央騎士団で、速やかに消し止めることができた。
しかし―――。
「これじゃあ、証拠の書類なんかは絶望的でしょうね……」
ヴィクターの顔に諦めの色が浮かぶ。
「まあ、一部の書類や証拠品は、丈夫な金庫なんかに仕舞ってあったが、これだけ派手に爆発したとあっては、どうかな……。この瓦礫の中から探すってのは、いかにも大変そうだ」
バガンの顔も冴えない。
惨状を、苦い顔で眺めていた指揮官・コンラートだったが、気を取り直して部下に指示を出す。
「ひとまず、火災は収まったのだから、関係者の事情聴取を行おうか……。
ここに居ない者……つまり、マズトン騎士団の主要騎士や、イラ・シムラシオン教のさっきのシスターをここに連れて来てくれ。素直に来ないのならば、多少は手荒に扱っても構わん」
「そ、それがですね……」
部下の騎士は、言い辛そうに口を開ける。
「マズトン騎士団の主要騎士は、皆、詰所に篭っていたようで、モロに爆破の影響を受けました。現在口を利けるものはおりません。
全員、死亡しているか重傷を負っています」
「なに?……仕方ない。助かりそうな者には急ぎ手当を行え。教団の奴らはどうなった?」
「ええ、それがですね……どうやら、この爆破騒ぎでドタバタしていた間に、逃げてしまったようで……」
「……くそっ、してやられたか」
コンラートは、小さく舌打ちをする。
「まあいい。教会自体は逃げはしないんだ。急ぎ中央都市に情報を知らせ、教会の捜索を……」
コンラートがそう言った時だった。
「うわあっ!?なんだこいつは!?」
マズトン城外に残してきた部隊から、悲鳴が響く。
そして、コンラート達は、信じられないものを見る―――。
中央騎士の一人が、宙を舞う。
そのまま、数秒滞空すると、地面に叩き付けられる。激しい音と共に、数度小さく跳ね、動かなくなった。
「何事だっ!?中隊長、報告しろ!!」
部下の中隊長に鋭く問う。
「ご、ご報告します!両腕が拘束されていた正体不明のオークが戦場に出現!
隊員が身元の誰何を行ったところ、唐突に襲われました!」
「正体不明のオークだ?一体どんな……」
コンラートが中隊長の指差す先を見る。
果たしてそこには、両手を手錠で拘束され、頭陀袋を被せられた、異様な出で立ちのオークが立っていた。
筋骨は異様に発達し、まるで岩のようだ。
全身は傷に覆われており、未だに傷口からは血がじくじくと滲み出しているようだった。
よく見ると、足元にも、伸びて千切られた鉄の鎖が絡みついている。足も拘束されていたのかもしれないが―――。ひょっとしてあれは自分で引き千切ったのか?
そうだとしたら、相当な怪力の持ち主だ。
一瞬呆気にとられたが、すぐさま意識を入れ変え、命令を下す。
「くっ……、何者か分からんが、総員警戒しろ!奴を取り囲んで近づくな!」
騎士たちはざざっ、と配置に着く。
正体不明のオークを円形に取り囲み、後列に射手がつく。
そのオークは動かない。
じりじりとした時間が過ぎる。
その様子を、エギンが目を凝らして見ていた。
「あのオーク、もしかすると……」
エギンの後ろから、ザンヴィルが現れる。
「ああ……あの体格は、我が弟、ダラードだろうな。なぜあんなことに?」
ザンヴィルが疑問を呈すると、エギンが答える。
「ええ。話は聞かれたか分かりませんが、ダラード様は、キリレアの戦いで、大怪我を負われました。その後、行方不明になっていたのですが……。
あの様子では、どこかで教団に拾われたのでしょうな。でも、なぜ、あんな風に……?」
エギンは首をひねる。
ダラードはキリレアの戦いで大怪我を負った。現に、今立っている姿を見ても、体中傷だらけだ。
しかし、そんな状態でも、騎士を空中に打ち上げる程度の打撃を放ち、足枷の鎖を引き千切った。有り得ない。そんなことができるのは、まさに悪鬼くらいだろう。
頭陀袋のオークは、両腕を広げようとする。
手錠の鎖が左右に引っ張られる。オークの両腕の筋肉がさらに一際膨らんで震える。
パキーン、という音と共に、手錠の鎖は弾け飛ぶ。
急ぎ、頭陀袋を外す。
―――その素顔は、恐らくダラードだった。
恐らく、というのは、それはダラードであった頃の名残は少なく、もはや獣そのものに変貌してしまっていたからだ。
頭陀袋の中に腕を突っ込み、多量の白い粉を掴むと、自分の傷口になすり込む。
恍惚とした表情になる。更に粉を掬うと、口に押し込んだ。
―――麻薬だ。
薬物の力で、生身とは思えない身体能力を無理やり引き出しているのだ。
明らかに1回使用の限度を超えているが、体力が尋常でなく高いダラードなので、持ちこたえているのだろう。
だが、長く持つとは思えない。おそらく限界は近い。
オークの体は震えだす。
しばらく、静寂が辺りを包んだ。
やおら、オークは前を向く。爆裂したような咆哮を上げると、騎士に突っ込んでくる。
腕を騎士に叩き付けようと振りかぶる。思わず騎士は頭を腕でかばう―――
どすん。
鈍い音が響く。
殴られそうになった騎士は、恐る恐る目を開く。
どうやら自分はまだ生きているらしい。
そして、目前には、また別の巨体のオーク―――ザンヴィル―――が立っていた。
彼は、背丈ほどもある大盾を構え、悪鬼のようなオークの攻撃を受け止めたのだ。
ザンヴィルが、中央騎士団に告げる。
「中央騎士団の皆様方。こいつは、わが一族の不肖の弟でな。
身内の恥を晒してしまって申し訳ない。俺達でケリをつけるから、高みの見物をしていてくれ」
大盾を構えるザンヴィルの後ろで、メラムトオーク族の面々が配置に着く。
もはや、ダラードにはかつての同胞を判別するほどの理性は残っていない。
「さあ……かかってこい!」
ザンヴィルが、大盾を地面に叩き付ける。
大地が震える。
それが合図であったかのように、ダラードが襲い来る。