中央騎士団の到着
中央騎士団から派遣された二個師団―――およそ2万人強の総指揮をとっているのは、コンラートというエリート聖騎士だ。彼は、平騎士からの叩き上げで、文武両道の名将だと名高い。
体格はたくましいが、すっと伸びた姿勢と、涼しげな眼元のおかげで、むしろスマートな印象も受ける。市民からも騎士団上層部からも受けがよく、出世街道を進むのは確実だとも言われている。
また、その戦列には、ヴィクターの元上司、ベル上級騎士も並んでいた。
ちなみに、ベルは上級学校出のいわゆるエリートではあるが、実戦の面ではイマイチで、どちらかというと経理畑に傾倒している。
そんな彼が今回、戦列に並ばされたのは、ヴィクターのお目付け役といったところなのだ。
つまり、ヴィクター達3人も、師団を先導するということで、帯同している。
ベルは、溜息をつきつつ、ヴィクターに言う。
「全く、大変なことをしてくれたな……。この騒動が落ち着いたら、俺は間違いなく、君をマズトンへ送った廉を責められるだろうよ」
「……ご迷惑をおかけしてしまって申し訳ございません。
大事になる前に、中央騎士団へ内部通報すべきでした」
ヴィクターは項垂れる。
ベルは、不機嫌そうな顔でヴィクターを見ていたが、ふう、と息を吐く。
「まあ、君の気持ちも分からんでもない。異動先で、すぐさま告げ口のようなこともできないだろうからな。
ただでさえ、左遷同様に飛ばされたんだ。俺ら―――中央騎士団に対する不信もあっただろう。その点では、俺も反省すべきところがあったのかもしれないな……」
ベルが呟く。ヴィクターは、それに答えることは出来ず、ただ黙っているだけだった。
目的地、マズトンはすぐそこに迫っていた。
作戦内容を再確認するため、コンラートは声を張り上げる。
「いいか。これからマズトンに入り、混乱している市中をまず鎮静化させる。
無用な挑発はするなよ。専守防衛に努めるんだ」
意思を統一した中央騎士団の一軍は、マズトン城壁へ近づいてゆく。
それを認めた”革命軍”防衛部隊が騒ぎ出すのが確認できた。
チェチーリアとヴィクターが前に出て、両手を振る。
「こちらに敵意は無い!マズトンの鎮圧に、中央騎士団に助力を願い、ここに到着した次第だ……。
城内に入れてくれ!」
そう叫ぶと、城壁からエギンの顔がひょいと出てきた。
ヴィクターたちの顔を見ると、一つ頷く。
「了承した。見えてるとは思うが、城門は壊れてるので勝手に入ってきてくれ」
中央騎士団達が、マズトン城門内広場に次々と入場する。
さすがに、中央政府直属の正規軍だけあって、装備の重厚さ、騎士の精悍さに関しては、目を見張るものがある。
特に、今回派遣された2個師団は、有事の際緊急に派兵される精鋭部隊なので尚更だ。
壮観な騎士の群れを目前にした”魔術の贄”、”窮者の腕”の面々は、慌てふためいて逃げ出した。
指揮官・コンラートは、低く、よく通る声で宣言する。
「マズトンに集う勢力に告げる―――直ちに武装解除を願う。
現時点より暫定的に、マズトンは我々中央騎士団の管轄となる!」
エギンたちから、前もって話を通されていた”革命軍”達は、次々と武器を手放した。
僅かに広場に残って戦っていたマズトン騎士、”窮者の腕”たちも、戸惑いながらも武器を捨てる。
唯一、イラ・シムラシオン教の武装教徒達は、メイスを握りしめたまま固まっていた。
その表情は木彫りの能面のように変わらない。
コンラートは、武装教徒達に、毅然とした声で促した。
「さあ、教団の皆さんも、ひとまず武器を下ろしてください」
話を聞いているのかいないのか、教徒たちは無反応だ。
すると、マズトン騎士団詰所の方から、修道女が歩み出てきた。ナサニアだ。
「まあ、中央騎士団の皆さま。お疲れさまです。
……承知しました。さあ、皆さん。武器を下ろしましょうね」
ナサニアが言うと、教徒たちは、大人しくメイスを腰に戻した。
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広場が落ち着くと、コンラートは周囲をぐるりと見渡す。
「よし、では、皆が落ち着いたので、現場検証と事実確認を行わねばならないな。
班分けをして、聞き込みと証拠の確保を―――」
コンラートがそう言った瞬間だった。
マズトン騎士団詰所が、爆発した。
凄まじい爆風で、吹き飛ばされるものもいた。
詰所と反対方面にいた”革命軍”への被害は少なかったが、マズトン騎士や”窮者の腕”などは、相当数の人員が爆発に巻き込まれた。
礫や武器の破片が速い速度で飛来する。鎧をつけていない者は、それにより怪我を負う。
爆風でたたらを踏みつつ、何とか持ちこたえたコンラートは、混乱に陥りかける広場を一喝した。
「動じるな!現状を把握しろ……皆、無事か!?」
立ち込める爆煙により、現状の把握は難しかったが、次第に煙が引いてくる。
周囲が見えるようになった。
―――マズトン騎士団詰所は、跡形も無く破壊されていた。
そして―――、
イラ・シムラシオン教の武装教徒、そしてナサニアの姿は、幻のように消え失せていた。