奮戦
エギンとギュナが転がるように城門へ降りてからしばし、ザンヴィルも城門へ到着する。
乗っていた軍猪を停め、二人を認めると、声を掛ける。
「エギン、ギュナ。世話を掛けたな。マズトン侵攻の指揮を執ってもらっていると聞く。
現状を教えてもらえるか?」
「ザンヴィル様……!よくぞご無事でいらっしゃいました……!
いつ目覚められたのですか?すこしやつれて見えますが、お体の方は大丈夫なのでしょうか?こちらにいらっしゃるまでに、お体の不調などはありませんでしたか?」
感動のあまり捲し立てるエギンに少し引き気味に答える。
「あ、ああ。体は、少しだるいが、大丈夫だ。
えーと、じゃあギュナ。戦況はどうだ?あと、チェチーリアはどこにいるんだ?」
辺りを見回すが、妹の姿は見当たらない。ついでにヴィクターもいなかった。
「戦況ですか!今は正直、押され気味なのですが、ザンヴィル様の元気なお姿を見せてもらえたら、我ら一同、一気に盛り返す事が可能です!!」
ギュナも、無事に復帰したザンヴィルを目の前に興奮しているようだった。
しかし、チェチーリアの話題になると、少し落ち着きを取り戻して答える。
「えー、それで、チェチーリア様ですが、ヴィクター様と同行し、中央騎士団へ応援の依頼をしに行ってもらっている最中です」
「なんだって?中央騎士団に応援を頼む?マズトン騎士団と”窮者の腕”程度なら、粉砕できるはずだっただろう?」
ザンヴィルが疑問を挟む。
「ええ。そのはずでしたが、何だか中央都市の教団だとか言うやつらと、”魔術の贄”とかいう犯罪組織まで我々に盾突きだしまして……。さすがに多勢に無勢という事で、応援を頼みに行かれました。
そろそろ戻ってきてもいい頃なのですが……ともかく、今は現有戦力で戦うしかありません!
元気なザンヴィル様のお姿を皆に見せれば、奮戦できる事間違いありません!さあ、楼門に上ってください!」
「なるほどな。……よし、私も一席ぶちかました後は、参戦するとしよう」
軍猪から下り、棍棒を一振りした。
空気を切り裂く音がする。
昏睡でやつれたとは言え、さすがはメラムトオーク族の酋長長子だ。その気迫は十分なものがあった。
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”融解連盟”古参幹部のコーは、まだあまり傷を負っていないこともあり、城門内広場で戦闘に参加していた。
善戦はしているのだが、相次ぐ敵勢力の参戦で、次第に押し込まれているのが分かる。
また、本来、コーの得意とする戦術は1対1の闇討ちであり、多数対多数の戦闘には慣れていない。
戦場中を駆けずり回り、隙を見せた敵を確殺してゆくのだが、敵の数が増えてくると、それも難しくなってきた。
―――これは、本当に、負けるかもしれない。
コーの脳内に、そんな焦りが浮かんだ瞬間だった。
楼門から、地面を揺るがすほどの雄叫びが響く。
敵味方問わず、何事かとそちらを向いた。
楼門、城壁の上に立っていたのは、一際巨体なオークだった。彼は、言葉を続ける。
「お前ら!待たせたな……俺は今!地獄の淵から這い戻った!
弟にぶん殴られて意識は飛んだが、俺は身内以外には不敗だ!
そこにいる敵は誰だ!?オーク族じゃねえだろう!
されば、俺達が負ける要素は万に一つも有り得ねえ!!
俺達は最強だ!最強の種族なんだ!!
さあ……ここから盛り返すぞ!!!」
そう叫ぶと、城壁から姿を消す。
おそらく戦場へ降りてくるつもりだろう。
ザンヴィルの発破で、広場にいたオーク族はそれに呼応し、雄叫びを上げた。
それは最早、雄叫びというより、爆発と言っていいほどのボリュームだ。
周囲の空気が、ビリビリと音を立てて振動する。
他種族は皆、攻め手を止めてしまって、呆然としている。
巨体に似つかわしくない敏捷さで城壁を駆け下りたザンヴィルは、そのまま砲弾のように飛び出してくる。
進行方向にいた”魔術の贄”構成員は、泡を食って矢を放つ。
しかし、それを片手で構えた大盾で弾くと、二の矢をつがせる余裕も与えず、棍棒で頭部を破壊した。
ザンヴィルの雄姿を見たオーク族は、喝采を上げ勢い付く。
元々、エルフ族というのは戦闘向きの種族ではない。また、得意とする戦術も遠距離のものが多い。
従って、次々と懐に潜り込まれると非常に弱い。
勢い付いて、特攻してくるオーク族によって、”魔術の贄”は、あっという間に窮地に立たされた。
”魔術の贄”の不利を見てか、イラ・シムラシオン教の武装教徒がここにきて攻勢をかけてくる。
だが、このザンヴィルの督戦のおかげで、戦況は”革命軍”の微有利に戻りかける。
このまま勝てる―――。
言葉にはしないが、”革命軍”の誰もがそう思いはじめた。
その戦況の中、マズトン騎士団詰所内からは、邪悪な瘴気が染み出していた。