証拠隠滅
マズトン市内の混迷は、いよいよ深まってくる。
複数勢力が入り乱れ、衝突がそこかしこで起こっている。
今や、いずれの勢力も、傷を負っていない者の方が少ない。
もちろん、”革命軍”の面々も例外ではない。
矢傷や打撲を負ったエギンやギュナ、テレサといった主力人物たちも、楼門内に一時退却していた。
エギンは、苦虫を噛み潰したような表情で、指令室の窓から主戦場である広場を眺め下していた。
そこで、あることに気付く。
積極的に攻撃を仕掛けてくるのは、主に”魔術の贄”の方だった。
イラ・シムラシオン教の武装教徒は、あまり”革命軍”に興味はないようだ。反撃は行ってはいるが、その一部は、マズトン騎士団詰所内へ消えてゆく。
「詰所内で、何が起こっているんだ……?」
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マズトン騎士団詰所内。
突然訪れた教団の使者に、ケインが対応に当たっていた。
「……教団の方ですか。増援に来ていただいたのでしょうか?ならば心強い限りですが」
「ええ。そうです。皆さん、よくぞ今まで耐えていて下さいました。
我々が来たからには、どうぞ安心なさってください。ところで―――」
教団の使者だという、修道服の女は、ケインに問いかける。
彼女はナサニアだと名乗った。
「私達、教団と交わした密書は、どちらに保管されていますか?
……これらは、早めに処分しなければなりません。
”革命軍”がバラ撒いたビラのせいで、中央からの監査が入らないとも限りません。不安の芽は早めに刈り取っておかないといけませんからね」
「ん、確かに、言われればそうですね。防戦に気をとられて、そこまで気が回りませんでした……。
ご案内します」
とは言え、ケインは一介の騎士であり、そこまで書類関係に詳しいわけではない。ひとまず、自分が知っている場所へと案内する。
「えーと、多分この辺だと思うんですが……。
あったあった。これですね」
ごそごそと書類をひっくり返していたケインだったが、奥まった書架にある書類の束を取り出す。
そこには、麻薬を輸送する際、使用する幽霊会社や便の予定日、予定積載数などが記録されている。
これと、検問所の受け入れ帳票を対比されれば、十分不正を暴かれる糸口となるだろう。
「ありがとうございます。これ以外に、どこかに書類は残っていませんでしょうか?」
書類を受け取りつつ、ナサニアは質問を重ねる。
「私が知っている限りではこのくらいですね。まあ、上司である上級騎士や、ダドリーさんクラスであれば、もっと知っているかと思いますが……」
「なるほど。ご案内ありがとうございました」
ナサニアは、ちら、と周囲を確認する。
今いるのは奥まった書架であり、詰所内の人々の注意は、建物外の敵勢力に向いている。
ナサニアやケインに目を向けている者はいなかった。
「それと、なんですが……」
ナサニアは、ケインにしなだれかかる。
甘い吐息が耳朶をくすぐった。
修道服に覆われた、柔らかい肢体の感触が伝わる。
「えっ……?」
ケインが困惑の声を上げる間もなく、ナサニアは後ろ手に回した腕で、ケインの腎臓に短刀を突き刺した。
苦悶の声を上げようとする口を、自分の体に押し付けて黙らせる。
穏やかな顔で、痙攣する騎士を抱き留め、差し込む柔らかな光の下微笑む修道女。
腎臓に突き立った短刀さえなければ、それは一幅の絵だと言っても信じられただろう。
多少の声は漏れたが、戦場の騒がしさに掻き消される。
同時に、ケインの命の火も掻き消えた。
ケインを抱いたまま、書架の隣のキャビネットへ移動する。
そっとキャビネットを開き、ケインを押し込んだ。
刺さっていた短刀を抜く。血が溢れ出る。
短刀についた血を、ケインの軍衣でぬぐう。
キャビネットの扉を閉める。
ナサニアは何事もなかったかのように歩き出す。
次は、上級騎士かダドリーか。教団に紐つく情報を持つ者は、すべて排除しなければならない。
彼女は、穏やかな笑みを絶やさない。
昼下がりのこの惨事に、気付いた者は誰もいなかった。
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相変わらず、城門前広場では激戦が続いている。
このところ立て続けに、色々な組織から敵対され、襲われ続けたメラムトオーク族であるので、一同には疲労の色が濃くなってきた。これは無理のないことではあるが……。
「くそっ、士気の低下が著しいな。これでは勝てる物も勝てんぜ」
楼門の上部、指令室にてエギンが吐き捨てる。
「でも、それもしゃあないやろ。うちも少しくたびれてきたわ……別に諦めるわけやあらへんけどな」
テレサが、疲労の浮かんだ顔で答える。
そんな中、ギュナは、広場とは逆側、マズトン都市外の方をじっと眺めていた。
「ん?ギュナ、何を見ているんだ。また何か新たな勢力が登場とかやめてくれよ」
心底うんざりしたという風に、エギンが言う。
「いえ……違います」
そのギュナの声は、どことなく浮かれているように感じた。
「あれは……あのお姿は……。
間違いありません。ザンヴィル様です」
「な、何い!?」
エギンが、座っている椅子からずり落ちそうになる。
「ザンヴィル様は、集落で昏睡なさっているのでは……。
ええい、俺も確認する!」
慌てて窓へ行き、外を見る。
果たして―――。
僅かな手勢を連れ、疾走してくる軍猪。
それに乗る、明らかな巨体。少しやつれた感じも見受けられるが、それは―――。
「ザンヴィル様だ……」
エギンは、呆然と呟いた。
刹那、弾かれたように、指令室を飛び出る。
「え、エギン!?どこ行くんや!?」
テレサが慌てて聞いた。
「ザンヴィル様が戻って来たんだ……。まずは、出迎えなくてはならん。
そしてこれは、士気が低迷する我らの起爆剤になりうる!行くぞ!ギュナ!!」
ギュナを連れ、二人は城壁を駆け下りる。
メラムトオーク族の象徴たる、ザンヴィル。
彼の戦場への到達は、どのような変化をもたらすのか。
希望はまだ潰えていない。