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決意

 チェチーリアは、倒れたヴィクターの傍に跪く。


「ヴィクター……っ!しっかりして……っ!」


 首を押さえ、もがくヴィクターの横で、どうしていいのか分からず、おろおろとしている。



 ヴィクターが死ぬかもしれない。

 そう思うと、とても恐ろしくなった。止めどなく涙があふれ、頭の中が感情で破裂しそうになる。


 でも……自分にはどうすればいいのか分からない。無力だ。


 歯を食いしばる。戦闘が起こっているまさに最中だが、チェチーリアには周囲の光景が目に入っていなかった。




「何しとるんや!……ちょっと見してみい!」


 長弓を放ち、敵を牽制しながら、テレサが近寄ってくる。



 テレサは焦る。


 頸部の出血は、止めるのが難しい。


 そもそも止血するために、首を押さえたのではそのまま死んでしまうし、なにせ心臓が近いので、仮に頸動脈を切断されていた場合、ものの十数秒で死んでしまう。



 ヴィクターを観察するが……、案外首からの出血は少なかった。


 確かに、首を押さえる指からは血が滲んでいるが、それは赤黒い色をしていた。



 これは……頸静脈からの出血なのか?


 ひょっとすると、何とかなるかもしれない。

 テレサは、丁度救護班の手伝いをしていたため、基本的な治療用具を携帯していた。



「すまん、ヴィクター!傷口を見してもらうで!」


 鋭く言うと、ヴィクターの手をどけて、傷口を観察する―――。



 すると、確かにヴィクターの喉は裂かれていたが、気管や声帯は無事だ。

 裂傷は表面的なものに留まっていた。


 どうやら、左側の外頸静脈のみが、傷ついてしまっているようだった。



「ヴィクター……幸運の女神に感謝せなあかんで。これなら、何とか止血できそうや!

 ……でも、あんなプロっぽい奴が仕留めそこなうなんて、あいつも案外へっぽこなんかな?」



 テレサがそう言うと、チェチーリアは瞳を輝かせる。



「ヴィクターは……大丈夫なんですか!?良かった……。


 実は、あのシスターの様子がおかしいと思って、身構えていたんです。

 そうしたら、いきなりヴィクターに切りかかって来て……。


 思わずヴィクターを私の方に引き寄せました。多分、それで切っ先がずれたんでしょうね」



「ははぁ。幸運の女神はチェチーリアやったって訳か」


 テレサは、そう言いつつ、傷の処置を行う。


 体を起こし、心臓を傷口より高く保つ。傷口を清潔な布で押さえる。

 傷口を見るに、短剣には毒や汚物といったものを塗布されていないようだった。これは幸運と言える。



 傷口を押さえたまま、広場の隅、目立たない位置へ移動する。そこならまだ戦火は落ち着いている。


 ヴィクターはチェチーリアが丁寧に抱えて運んだ。

 さすがに本人に歩かせるわけにはいかない。



 10分程度、傷口を押さえたまま、安静にする。


 近寄ろうとする敵は、全てチェチーリアが蹴散らした。



 すると、傷口からの出血が収まってきた。


 すかさず、止血剤を擦り込み、その上から、保護の役割を持つ植物性の脂肪を厚く塗る。


 当て布を巻き、首を包帯で固定した。



「さあ、これで応急処置は終わったで……。

 とは言え、首なんかはよく動く場所やで傷口がくっつきづらいかも分からん。しばらくは首を動かさずに安静にしておくことやな」


「テレサさん……。あ、ありがとうございます」


 ヴィクターは、かすれた声で礼を言う。


「ああ、無理に喋らんでええ。声帯とかは無事やったとはいえ、傷に響くやろ」


「ヴィクター!無事だったのね。本当に良かった……」


 チェチーリアは、その場にへたり込んだ。


「チェチーリアもありがとう。凶刃から守ってくれたんだね」


 彼女にも礼を述べる。



 そして―――、意を決したように口を開く。


「ここまで追い詰められたら、もう手段についてどうこう言っていられない……。

 自分は、今から中央騎士団に、告発を行おうと思います」


「……え?どういうことや?」


 テレサが聞いた。



「ええ……。


 自分が不思議に思ったのは、()()、中央騎士団ではなく、イラ・シムラシオン教が攻めてきたのか?という事です。


 ”革命軍”を鎮圧するためならば、中央騎士団が攻めて来て然るべきです。


 しかし、実際は中央騎士団は動かず、教団が攻めてきた……。


 中央都市にも告発ビラをバラ撒いたとのことで、騎士団はその対応に追われているのかもしれませんが、それにしても、教団が単体で攻め込んでくるというのは、あまりに不可解です。


 本来ならば、教団と辺境都市との反乱など、何の関係も無い話ですからね。



 つまり、そこで、考えられるのが……、



 中央騎士団に見られるとマズいものを、()()()()()()()()()()のではないか?という事です。


 今思えば、検問所に武装教徒が詰めていたことと言い、マズトン騎士団と教団の腐った結びつきはあちこちにあったように思います。


 ならば、中央騎士団に現状を告発し、正式にこちらに応援を頼めば、調査も兼ねて来てくれるかもしれません。



 どちらにせよ、現状のままでは、自分達”革命軍”は、敵勢力に押し潰されてしまうでしょう。


 本来、マズトン騎士団と”窮者の腕”相手を想定していたのに、今ではそれに教団と”魔術の贄”も相手取っているのですから……。



 以上から、あえて原点回帰して―――、中央騎士団に告発し、応援を得ようと思います。

 いかがでしょうか?」



 傷を負った喉で長台詞を言うのは堪えたが、ヴィクターは思いの丈を披露した。



 しばらく思考していたテレサとチェチーリアだったが、二人して頷いた。


「ああ、それも仕方ないな……。しかし、ヴィクターはその首の傷やろ?馬の振動はキツいと思うが……」


 テレサが気遣うように言う。


 チェチーリアは、それに答える。


「では、私の軍猪―――ジェサレットで向かいましょう。

 彼は、巨体ではありますが、それゆえに早く、また、静かに走る術も心得ているのです」



「なるほどな……。よし、分かった!

 じゃあうちは、こっちの主力のやつらにそれを報告しとくわ……。


 善は急げや!じゃあ頼むで!!」



 テレサは頷くと、二人の手を取り、強いまなざしで見つめる。

 二人は、それにしっかりと答える。手を強く握り返す。




 テレサは弓を手に取り、戦場に舞い戻る。



 ヴィクターとチェチーリアは、マズトン城門の外に留めてあるジェサレットの元へ向かう。


 ヴィクターの傷口が痛む。しかし、負けじと前を見た。


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