不意の一撃
「ど、どうするんや?あの姉ちゃんをマズトンに入れるんか?」
テレサは困惑している。
この時”革命軍”には、マズトンへ来るのなら、おそらく中央騎士団が来るだろうという憶測があったからだ。
それでない第三者の軍勢が来たら、困惑するのは無理もない。
「とは言え……」
と、ギュナが言う。
「あの様子では、帰ってくださいって言って、素直に引き下がりそうにもないですよ」
改めて武装教徒たちを見る。
人数にして5千人程度だろうか?
しかし、漆黒の僧衣に覆われた姿は、見る者の不安を煽る。
彼らは一様に無表情でこちらを見つめている。
先頭に立つ修道女だけが、笑顔でこちらを見つめていた。
あまりに邪気の無い笑顔が、かえって空恐ろしい。
「……まあ、ヴィクターによれば、一応中央都市の人間ではあるようだが。その辺どうなんだ?」
エギンが、ヴィクターに話を振る。
「そうですね。彼らイラ・シムラシオン教は、国政にも深く関わっています。
最近で言うと、麻薬等の薬物取り締まり法案の可決に大きく尽力していた……と思います」
ヴィクターは頷く。
それほど政治の世界に詳しいわけでもないのだが、中央都市で暮らしていると、何となくでも、教団の動きは耳に入ってくる。それほど、教団はメジャーな存在だったと言えるだろう。
「まあ、そうか……追い返してへそを曲げられても困るし、中に入れるかな」
エギンは得心し、先頭に立つ修道女に声を張り上げる。
「承知しました!城門より中へお進みください」
実際は、城門はオーク族の破城槌により崩壊しているのだが。
「私共を受け入れてくださり、感謝します……」
修道女は、礼を言い、馬をマズトン内へ進める。
後ろに続く武装教徒たちも、音も無く後に従う。
修道女と”革命軍”の面々は、広場中央で相対した。
「皆さん、初めまして。
私は、イラ・シムラシオン教のシスターをしております、ナサニアと申します」
片足を引き、もう片方の足を軽く曲げる。
修道服の裾をそっと摘まみ、持ち上げた。流れるようなカーテシーの所作だ。
「ん、ああ……私は”革命軍”参謀のエギンだ。
で、こちらが首領のヴィクター……あ、いや、ヴィクター様だ」
エギンは、丁寧なナサニアの挨拶に面食らったようだった。
ヴィクターは、エギンに首領、と紹介されて少し焦ったが、努めて威厳のあるように胸を張った。
効果のほどは不明だが。
「はい。私が”革命軍”首領のヴィクターです。
この度は、マズトン騎士団の不正の調査にお見えになられたのですよね?よろしくお願いします」
「なるほど、貴方が、”革命軍”首魁、ヴィクター様でしたか……」
ナサニアの瞳が、一瞬妖しく光るのを、チェチーリアは見た。
おや、と思い、一応身構えておく。
「確認させていただきまます……。
貴方が、元騎士でありながら、情報を第三者に垂れ流し、自分も不正に携わったにも関わらず、挙句正義漢ぶって、同僚を殺して回っている……。
”革命軍”ヴィクター様で間違いありませんね?」
おかしい、と思った時にはもう遅かった。
ナサニアは深く腰を沈めたかと思いきや、両腕を軽く振る。
恐らく袖口に仕込まれていた小振りな短刀を手に収め、沈めた体のバネで一気に伸び上がる。
後退ろうとしたヴィクターにその間を与えず、首を狙い一閃した。
思わず首を押さえるヴィクターだが、遅かった。抑えた首から、血が溢れ出す。
口からも血を垂らし、そのまま、後ろ向きに地面に倒れた。
一瞬の静寂の後、広場は怒号に包まれる。
それを皮切りに、武装教徒たちは武器を抜く。周囲の”革命軍”に襲い掛かる。
不意を突かれた”革命軍”は、抵抗もできずに殴り倒される。
突然のことで、呆然としていたエギンだったが、我を取り返し、大声で叫ぶ。
「そ、総員戦闘態勢!!敵の数は少ない!焦るな!確実に潰せ!!」
自らもクロスボウを取り出し、ナサニアに狙いをつけようとしたが、彼女は既に消えていた。
「くそっ!逃げたか。だが敵の数は知れている……ん?」
広場の端の方で騒めきが起こる。
飛来した矢が、地面や壁に突き立つたびに、小さな爆風や烈風を巻き起こす。
弓術に、魔術を交えた独特の戦法……。
「エルフ族……”魔術の贄”や!!」
テレサが、悲鳴に近い声を上げる。
ここにきて、沈黙を保っていた”魔術の贄”が動き出した。
それも”革命軍”の敵側でだ。
これでマズトン市内のパワーバランスは大きく均衡を崩すこととなる。
市内の交戦勢力は、
メラムトオーク族、”融解連盟”の”革命軍”
対、
マズトン騎士団、”窮者の腕”、イラ・シムラシオン教、”魔術の贄”
となった。
”革命軍”は、突然の交戦に戸惑い、本領を出せずにいる。
そんな中、武装教徒たちは、躊躇や油断なしに襲い掛かってくる。
一切の加減なしで殴りかかるその様は人間らしさが欠落している。まるで戦闘用の機械のようだった。
広場は混乱の坩堝と化した。
落ち着きを取り戻そうとしていたマズトンで再び、激戦が巻き起こる。




