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偽装調査団

 中央都市からマズトンへの街道。



 武装教徒たちが、黙々と進軍する。

 一糸乱れぬ統率は、並みの軍隊ではありえない。


 これも教団の支配力の賜物だろう。



 道中で、先頭に立っているナサニアは、道外れに倒れているある物を見つける。


 目を凝らすと、どうやらオーク族の男のようだ。


 道端に転がり、動く気配は無い。野垂れ死んでいるのか?



 しかし、それが放つ瘴気が尋常ではないことに気付く。


 人、というよりむしろ、理性の無い獣が放つものに近い。




「シスター・ナサニア。どうかなさいましたか?」


 傍らに控える、武装司祭が尋ねてくる。


「ええ……あれが気になってね」


 ナサニアがオークを指さすと、武装司祭は怪訝な顔をする。


「ん……?あれは……オーク族の死体では?あれがどうかしましたか?」


「まあ、見ていなさいな」



 ナサニアは、倒れているオークへ近づく。

 近づいて見てみると、彼の体は大小の傷まみれであることが分かった。


 しかし、体は小さく上下している。

 まだ生きてはいるようだ。ナサニアは、オーク族のふてぶてしさに感嘆した。



 懐から、小包を取り出す。パケと呼称されるそれには、麻薬が包まれている。


「さあ、教団の奇跡をご覧じろ……ってね」



 ナサニアは呟き、小包を破る。

 倒れるオーク族の傷口に振りかけて擦り込む。


 反応は薄いが、少し、ぴくりと動いた。


 懐からさらに小包を取り出し、次々と擦り込んでゆく。



 常人ならばとっくに致死量に達しているはずだが、体の大きいオーク族であるため、別に構わないだろう。



 数袋分の麻薬を傷口に擦り込まれると、そのオーク族の男は激しく痙攣し始めた。



「よし。このオーク族の男を縛り上げておきなさい。

 ……ふふ、良いおもちゃが手に入ってしまったわね」



 ナサニアは、小さく微笑んだ。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 マズトン中心街。


 騎士団詰所が建つこの場所は、包囲戦が続いていた。



 騎士団は、”窮者の腕”を含む残存戦力をまとめ上げ、騎士団詰所に籠城した。


 当初は、もうこれで相手は袋の鼠だと勢い込んだ”革命軍”だったが、それはぬか喜びだったという事が、程なく判明した。




 非常に堅牢に建てられている詰所は、攻め手が見つからない。


 建物の壁は非常に頑丈で、門扉の守りも固い。銃眼が至る所に取り付けられており、うかつに近づけはハリネズミになってしまう。



 城門戦との大きな違いは、兵力が詰所に集中しており、なおかつ、騎士団が専守防衛に徹していることだ。


 向こうからも攻撃してくるならともかく、完全に閉じ篭っている相手を倒すのは容易ではない。 




 ”革命軍”の面々は、広場に集まり、会議を行っていた。


「さて……騎士団が詰所に立てこもって、もうすぐ1週間になるが、特に有効打は見いだせていないままだな」


 エギンが顔を顰める。


「しかし……ずっと篭っているのは不気味ですね。何か攻撃を仕掛けてくる訳でもない。

 いったい何を考えているんでしょうか?」


 チェチーリアが首を傾げる。


「まあ、考えられるのは、増援を待っとる、って所やろうが……。

 でもなあ。実は中央都市にも告発ビラをバラ撒いたんや。これで中央騎士団も動きにくくはなっとるはずやが……」


 テレサも顎に手を当て、考え込んでいる。



 おずおずと、ヴィクターは手を上げて発言する。


「そうですね。そうすれば、仮に中央騎士団が増援で来たとしても、逆に汚職の証拠を突き付けてやれば、マズトン騎士団の方を捕縛できるようになるやもしれません」


「まあ、そういう訳や。やから、このまま詰所を包囲して、奴らが根負けするのを待つだけでもええ気もするな。仮に増援が来ても、マズトン騎士団の方を悪者やって突き出してやればええわけやからな……」


 テレサがそう言うと、広場の空気は少し弛緩した。


 もはや勝利確定か。そんな雰囲気が漂ったその時。




 城門を見張っていた”融解連盟”の構成員が、大声を張り上げた。


「ご報告!ご報告!西の方面より、所属不明の軍勢が接近しております!」


「……お、中央騎士団がおいでなすったかな。

 騎士団の腐敗について一番詳しいのはヴィクター、あんたや。上手いこと説得してくれな」


 テレサは、ぽんとヴィクターの肩を叩く。



 一同は、城壁の上に上り、こちらへ接近する軍勢をよく見ようとする。




 ……様子がおかしい。


 装備が明らかに、騎士団正規兵のものではない。



 よくあるプレートメイルではなく、黒い僧衣。

 ロングソードではなく、メイス。


 そして、何よりも、不気味なほど統一された動き。


 まるで、一つの黒い獣のようだ。




「あれは……」


 ヴィクターは絶句する。


「ヴィクター、あれは何?中央騎士団じゃないの?」


 チェチーリアは、本能的に危機を察知したのだろう。不安げにヴィクターに尋ねる。



「ん、ああ……やつらは多分、国教である、イラ・シムラシオン教の武装教徒たちだと思います。

 でも、なんでここへ……?」



 ”革命軍”の兵士たちも、どうしていいのか戸惑っているようだ。




 そうこうしているうちに、武装教徒たちはマズトン城門前に到達する。

 ”革命軍”は、一歩も動けずに、武装教徒を見ているだけだ。



 軍勢の中から、馬に乗った女性が、一歩前に出る。


 修道服を身に纏ったその女性は、淑やかに礼をする。



「こんにちは。”革命軍”の皆さん……。

 私たちは、中央都市より派遣されてきた調査団です……。


 中央都市で配られたビラの真偽を確認しに参りました。敵意はありません。都市に入れてもらえますよね?」



 その女性は、あどけないと言っても良いほど、柔和な笑みを浮かべている。




 ”革命軍”の面々は、顔をお互い見交わした。



 彼女が中央都市からの調査団……?


 信じていいのか?マズトンに入れていいのか?



 悩む”革命軍”をよそに、その女性は、穏やかに微笑み続けている。

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