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中央都市、教会にて

 ジェリコー上級騎士が、応援を頼むため、中央都市へ出発してから3日後。


 中央都市・フォルデンバングに到着する。

 馬を飛ばし続けたため、予想より早く着くことができた。



 日は既に傾きかけているが、時間を気にしている場合ではない。


 風光明媚な都市であるはずだが、薄暗くなってきているので、その景色はくすんで見える。

 まあ、のんびり観光するわけにもいかないのだが。


 ジェリコーとバガンは、都市中心部の教会へ急ぐ。



 教会は、木々に囲まれていることもあり、宵闇に覆われていた。

 その様はまるで、巨大な闇そのものに思えた。


 思わずバガンは息を呑む。まるで建物自体が邪悪な意思を持って呼吸しているように感じた。



「ああ、バガン……ここからは俺が行く。教会の中で、汚職聖騎士共と話し合ってくるからな……」


 ジェリコーが、硬い声色で告げる。


 それは、バガンが聞いたことのないような声だった。

 ―――その声は、怯えているようにも聞こえた。



 よく考えれば、今まで、汚職聖騎士と、直に会話していたのは、ジェリコー単独だけだった。

 情報が漏れたり、広まったりしないように、だという事だったが……。


 あの楽天家のジェリコーがここまで怯えるとは、今から会うという汚職聖騎士とは、ひょっとしてとんでもなく恐ろしい人物なのだろうか?




 それに―――。


 とバガンは教会を見上げる。



 聖騎士と会うのに、教会?


 当然、中央騎士団詰所内で会う訳にはいかないのは分かる。

 まさか、獅子身中で汚職の話をするわけにもいくまい。



 しかし、教会も、騎士団とのつながりが深い組織のはずだ。


 こんなところで密談をしても、中央騎士団に筒抜けになりそうなものだが……?




 バガンが首をひねっていると、目の前を主婦と思わしき二人組が、世間話をしながら通り過ぎていった。



「ねえ、あのビラ見た?」


「あー。見た見た。マズトンっていう地方都市の話でしょ?」


「そうそう。そこの騎士団が不正しまくってたって話!」


「結構詳しく書いてあったよね~。あそこまで書いてあると、ほんとなのかな?って思っちゃうよね。実際どうなのかな?」


「さー?分かんないけど……うちの騎士団はそんなことしてないといいけどねえ」


 主婦たちは、深刻そうに話しながらも、どこかのんびりと歩き去る。


 抱えていた籠からは、パンや野菜などの食材が覗いていた。

 時間的にも、夕食の準備なのだろうか。


 家に帰れば、夫や子供たちが居て、賑やかに食卓を囲むのだろうか。


 自らが置かれている状況とのあまりの乖離に、バガンには現実味が感じられなかった。




 ―――いや、今、彼女らは何を言った?


 バガンの体が凍りつく。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 バガンは、はっとして教会を振り返る。



 教会は、侵入者を拒むがごとく、その門扉をしっかりと閉じられていた。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 ジェリコーは、一人教会の中を歩く。


 コツコツという足音が、虚しく教会内に響く。



 教会内は薄暗く静まり返っており、間隔を空けて配置されている松明だけが光源だ。


 普段はもう少し明るいのだが……。


 薄闇に閉ざされた教会というのもいやに不気味だ。



 ジェリコーは浮かぶ汗を袖で拭う。


 汚職聖騎士共とは、ここで話し合うのが習わしとなっていたが、実際のところ、ジェリコーは()()()()()()()()()()()()()()()()




 実は、ジェリコーは、数年前まで、中央騎士団の中堅騎士の一員だった。



 彼はある時、汚職のかどで停職を食らった。


 内容は、犯罪者からのカツアゲや、出入り商人からのリベート受け取りなどであったが、監査騎士団が調査するとのことで、自宅監禁が言い渡されていた。



 ふて腐れて家で寝転がっていたジェリコーだったが、部屋の外へ出た時に、一通の封筒が落ちていることに気付いた。



 それの中身を改めると、『マズトンの上級騎士にならないか』という怪しげな内容が書かれていた。


 当然、疑う気持ちもあったが、停職中で捨て鉢な気持ちにもなっていたので、暇つぶしに、と指定された場所へ赴いたのだ。



 それが、ここ―――。

 教会の懺悔室、告解部屋だった。



 結局のところ、相手の姿が見えない告解部屋で、その封筒の出し主だという人物と話した。


 相手の姿は見えなかったが、まるで面接のような体で会話が進んだ。

 上級騎士になりたいか、今回の停職について思うことはあるか―――など。



 30分程度話したところで、帰っていいと言われ、よく分からないまま家に戻ったのを覚えている。



 その翌日。中央騎士団から、職務復帰の許可が出た。


 停職を言い渡されてすぐの出来事だったので、狐につままれたような気分で職場へ向かう。



 そうしたら、早速マズトンへの上級騎士扱いでの赴任が決まっていた。


 当然、停職が僅かな期間で解かれた中堅騎士が、地方都市とは言え上級騎士へ昇進して異動するなど、異例の出来事だったが、なぜかあまり騒ぎになることもなく、そそくさと異動をすることができた。




 教会の『告解部屋の汚職聖騎士』とは、それ以来の付き合いだ。


 それからは、何かにつけて、告解部屋から指令が届いた。



 曰く、麻薬の精製と販売に取り組め、中央騎士団から偽造書類で金を引き出せ、商人どもから金を巻き上げろ―――。



 その指令は、今までジェリコーが行っていたようなチンケな不正ではなく、まさに腐り切った汚職そのものであったが、当然のようにジェリコーにも見返りがあったので、喜んでそれに手を染めた。



 また、どうやら汚職聖騎士には、それを揉み消すだけの力があることも分かってきた。


 それゆえに、以前よりも堂々と、汚職に励むようになったのだった。




 それだけ力を持つ汚職聖騎士だから、今回のマズトン危機について、何を言われるか分からない。

 手酷い叱責を受ける可能性もあるのだ。




 薄暗い教会の廊下を歩いていると、告解部屋が目の前に現れた。


 懺悔室とも呼ばれているそれは、小さく区切られた小部屋だ。その中では、他人に気取られることなく、秘密の会話を交わすことができる。



 その部屋に入ると、閉じられた小窓に向かう。


 小窓の近くの壁をノックする。


「―――マズトン騎士団のジェリコーです。ご相談に参りました」


 待つほどの事も無く、返事が返ってくる。


「ジェリコーさん。お待ちしておりました。さあ、今日はどのような懺悔をなさるのでしょうか?」


 鈴を転がすような、涼やかな声が響く。



 おや、と思う。


 この応答の仕方では、相手は俺が来ることが分かっていたようではないか―――。


 ジェリコーの疑問は、続けられる言葉に遮られた。



「さあ。全て隠さずに話してください。神はすべてを赦されるでしょう」


「え、ええ……」



 ジェリコーは唇を舐め、マズトンの現状を伝えるため、ゆっくりと口を開いた。



 それがどういう結末を迎えるとも知らずに。

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