治療
マズトン騎士たちが、徐々に退却を始める。
恐らく、不利になった広場を捨て、本拠地へ戻り、体勢を立て直すつもりだろう。
そう睨んだエギンは、疲れも見えだしたオーク族の戦士たちに発破をかける。
「奴らは崩れ出した……。この隙を逃がすな!追い打ちをかけて戦力を出来るだけ削ぐんだ!!」
オーク族の戦士は、それに応え、雄叫びを上げて騎士に突っ込む。
騎士たちは、どちらかというと防衛に徹し、反撃は申し訳程度に行っている。
どうやら、友軍と合流するまでは、戦力を温存しておこうという腹積もりらしい。
日は傾いてきている。
夕焼けが、マズトンを不気味に赤く染め上げる。
戦場に突き立った武器たちが、長い影を作っていた。
広場は落ち着きを取り戻しかけていた。
救護班により、負傷者たちの治療が行われている。
負傷者の数は膨大であり、救護班は休む暇なく駆けずり回る。
城壁の占領に赴いていたオーク達は、一部を残して攻撃班に再編成され、再度戦場へと出発する。
擦りむいた指の治療を軽く施し、チェチーリアは、城壁の上へと駆け上る。
そこにはギュナが居るはずだ。無事かどうか確認しなければならない。
爪が剥げかけた指が痛んだが、それを気にしている場合ではなかった。
城壁の上へ上り切ると、果たして、ギュナがそこに座り込んでいた。
チェチーリアを認めると、疲れた顔だったが、こちらに笑顔を向け、手を振った。
「やあ、チェチーリア……広場の奪取は上手くいったみたいだね」
「ええ、ギュナのお陰……っ!」
ギュナの足をよく見ると、左腿に矢が突き立っていた。
「ギュナ、その足……!」
「ええ……。矢が当たっちゃったみたい。これ、どうしようね」
ギュナが顔を顰める。出血自体はひどいわけではないが、いかにも痛々しい。
「ちょっと待ってね。医術師を呼んでくる……って、広場まで下りないとだめか」
時間がかかるな……ともどかしさを覚えたその時、声を掛けられる。
「やあ。オークの姫さん。久しぶりやな……。
まあ、7日ぶりくらいか?色々あってえらい会ってなかったみたいに感じるわ」
振り返ると、”融解連盟”代表のテレサが立っていた。
彼女がこの城壁奇襲を執り行なってくれたのだろう。
改めてチェチーリアは礼を言う。
「テレサさん……。ご助力ありがとうございました。”融解連盟”の助けがなければ、私たちはこの広場攻防戦を制することはできなかったでしょう。」
「ああ、急場に思いついた作戦やったからな。成功するかどうかヒヤヒヤやったで……。まあ、とりあえず上手くいったようやな」
そこで、テレサはそわそわしているチェチーリアに気付く。
「ん?姫さん。何をそんなにそわそわしとるんや?」
「あ……。ええ。ギュナの足が、弓矢で射たれてしまいまして。医術師を呼んでこないと……」
チェチーリアは、心配そうにギュナを見る。
テレサもつられてそちらを見た。
「ああ。ガッツリ矢が刺さっとるな……。でも、貫通しとるようやな?これならまだ良かったで」
ギュナの足に刺さっている矢を確かめたテレサは、言葉を続けた。
「じゃあ、今から矢を抜いたるか」
「えっ?矢を抜く……ですか?」
チェチーリアがぎょっとして聞いた。
「せやで。こんなもん刺さったまんまやったら病気になるで。
もし刺さったまま傷口が塞がってもうたら、それこそ悲惨なことになるでな……。
幸い、矢尻は突き抜けとるから、まだマシな方や。矢尻が刺さったままやと、取り出すのに大事になるからな……」
テレサは呟き、矢羽側の矢柄を短剣で切って捨てる。
後ろに付き従っていた”融解連盟”構成員から、包帯と薬を受け取る。
その包帯で、ギュナの左腿上部を縛る。
「じゃあ、今から矢を抜くで。辛抱しとけよ。ちょっと痛いからな」
テレサは真剣な顔になると、矢尻が抜けた先の矢柄を手で掴む。
「……いくで」
呟くと、刺さった箇所から真っすぐ垂直に矢柄を引く。
ギュナの腿は筋肉が発達しているため、筋肉の収縮に阻まれて、中々抜くことができない。
歯を食いしばり、激痛をなんとか耐えている。
それでも、額から汗を垂らし、ぐっと力を込めた瞬間、ずるっと矢柄が抜けた。
「よし、よく耐えたで!」
テレサは、さっと止血薬を手に取り、傷口に擦り込む。
矢傷は貫通しており、幸運にも太い血管を傷つけていなかったようだ。
矢を引き抜いた瞬間も、大量に出血するということはなかった。
手早く傷口に布を当て、包帯で包む。
「よし、とりあえずこれで緊急の処置はできたな。もうこの戦闘では無茶はしたらあかんで」
テレサが言うと、ギュナは苦笑して答える。
「ありがとうございます。しかし、同胞が命懸けで戦っている以上、そうもいきません」
「ふむ。さすがはオーク族ってとこやな……」
テレサは、感心したように頷いた。
チェチーリアは、ギュナへ気遣わしげに聞く。
「大変だったね。落ち着くまで、城壁にいなよ。どっちにせよ、城壁を押さえておく人手も要るわけだしさ。騎士団の方は私も参戦して片付けてくるよ」
「そう?……そうだね。
じゃあ、お願いしようかな。正直、この足じゃ、ついていっても迷惑をかけるかもしれないしね……」
ギュナは、包帯が巻かれた自分の足を恨めし気に見つめる。
「いや、ギュナのお陰だよ。ギュナが先陣を切ってくれなかったら、”融解連盟”の人たちの作戦も無駄になってたかもしれないんだし。
この戦闘の功労者なのは間違いないよ。……次は、私が頑張る番だと思う。じゃあ、行ってくるから。待っててね」
チェチーリアは、微笑むと、城壁を降りてゆく。
ギュナは、彼女が立ち去った後を、しばらく見つめていた。
……オーク族に勝利があらんことを。そして―――。願わくば、彼女と共に、勝利を味わわんことを。