城門広場戦、終結
チェチーリアが放つ気迫で、マズトン騎士は硬直する。
固まってしまった騎士に対し、ダドリーが檄を飛ばす。
「気合で負けるんじゃねーっ!城壁を奪取されたらまずい!あいつに構わず、梯子を上ってるやつを射て!」
ダドリーが率先し、長弓を射つ。
その姿に触発されたのか、騎士たちも我に返り、弓を引き始めた。
そうはさせまいと、チェチーリアはクロスボウを速射する。
オーク族の使用するクロスボウは、張力が強く、手で引く形式のものだったので、立て続けに弦を引いた彼女の指は裂け、血が滲んだ。
クロスボウの矢を受けた数人が射ち倒される。
ダドリーは、舌打ちをして標的を変えた。
「くそっ、あの固定砲台みたいなオークをまず倒すぞ!パイク部隊、突っ込め!」
6人の騎士が一列に並び、チェチーリアの方に突っ込む。
「あの姫様は何をやってんだ……!
皆!姫様を守れ!姫様の身に何かあれば、ザンヴィル様に殺されるぞ!!」
エギンが叫ぶ。
近くにいた4人のオークが盾を構え、突っ込んできた騎士に立ち向かう。
パイク部隊とぶつかった盾持ちオークは、多少の切創を負ったが、持ちこたえる。
一方、持ち前の身軽さを生かし、ギュナは城壁に掛けられた縄梯子を一足飛びに駆け上っていた。
騎士たちもギュナを狙ってはいるようだが、的が小さくすばしっこいので、命中させるには至っていない。
あと少しで、城壁の上に到達する―――。
その瞬間、ギュナの左腿に、火箸を突っ込まれたような激痛と衝撃が走る。
そこを見る暇はないが、恐らく矢が命中したのだろう。
だが、気にしている場合ではない。バランスを取り直すと、浮かんできた脂汗を無視し、最後の一段に手を掛ける。
素晴らしい速度で城壁を上り切った。
城壁上にいた騎士が、慌てて弓の狙いをギュナにつける。
ギュナは、腰に差してあったクロスボウを片手で取り出すと、そのまま流れるように引き金を引く―――。
あらかじめ弦を引いて、セットしてあった矢が射ち出される。
あまり狙って射った訳ではなかったが、それは騎士の肩に命中した。
肩を押さえてよろめいた騎士は、そのまま城壁から足を踏み外して落下していった。
ギュナは、”融解連盟”が広げていたバリケード内に滑り込む。
広場にいるオーク達に大声で告げる。
「大丈夫!私は上れた!
小柄で、身のこなしに自身のある者は上ってきて!私たちで援護するから!」
実際に上り切ったギュナの姿を認め、俄かにオーク族は活気づく。
最初の頃とは変わり、小柄な者、主にゴブリン族の血が入った者などが、縄梯子を上り始める。
すると、上り切る成功率は目に見えて上昇した。
無論、チェチーリアはじめ、地上部隊の妨害も大きく寄与したのだが……。
城壁上に、オーク族の戦力が増えてくると、騎士たちは次第に狼狽えはじめた。
本来ならば、こういう時に督戦すべき守備隊長は死亡してしまっている。
騎士たちの士気低下は、臨界点を突破した。
城壁の上にいた騎士たちは、悲鳴を上げると、各々の武器を放り出して城壁から逃げ出す。
少しタイミングがずれて、反対の右翼側にいた騎士たちも逃げ出す気配がする。
広場で見守っていたダドリーが戻るように叫ぶが、それが通じる距離でもない。
城壁を手中に収めたオーク族と”融解連盟”は、直ちに戦線を城壁上に展開する。
弓矢、クロスボウでもって、広場にいる騎士たちを射撃する。
ついさっきまで、囲んでいる側だった騎士は、一瞬で攻守が逆転したことを悟る。
また、広場にいるオーク達は、射手は別として、近接戦専属の戦士でさえ、地面に落ちていたパイクを拾い、槍投げの要領で遠距離攻撃を始めていた。
不利な形勢に歯ぎしりをするダドリーの元に、ケインが走り寄ってくる。
「ダドリーさん、すみません……!ついさっきまで、楼門の指令室にいたのですが、私が立ち去ってすぐ、急襲を受けたようで……!」
「そのようだな……。
城門は占拠された。これ以上ここに残るのは危険だ。俺はマズトン騎士団詰所に立てこもり、抗戦するつもりだ。
お前は、訓練所に行って上級騎士に報告しろ。そして、ありったけの増援を掻き集めてきてくれ!」
「了解しました!!」
頷いたケインは走り去る。
ダドリーは、未だ広場で戦い続ける騎士たちに指令を下す。
「おい!てめえら、戦闘態勢を維持したまま後退しろ!城壁の射程圏から離れるんだ!
そのまま騎士団詰所まで戻り、友軍と合流、反撃を行うぞ!!」
叫んでみたはいいが、戻ったところで友軍がどれほど残っているのかは疑問だ。
戦闘はここだけでなく、マズトン内各所で行われており、相当な被害が発生しているはずだ。
ダドリーの脳裏に一瞬、最悪の予想がよぎる。
だが、頭を振ってその妄想を追い出す。
まだ負けたわけではない。
なにせ、俺らはマズトン騎士団なのだ。
マズトン騎士団に敗北は有り得ない。
俺たちの行く末には、常に栄光が広がっているはずだ。
……冗談じゃない。俺はまだ甘い汁を吸いきっていないんだ!!
このまま死んでたまるかよ!!!
ダドリーの瞳に昏い炎が宿る。