城壁攻防戦
マズトン城壁上。
騎士たちは、幕壁に陣取って、下の広場にいるオーク族に対し夢中で矢を射掛けている。
そのため、”融解連盟”精鋭が、こちらに突進してくるのに気付くのが少し遅れた。
一瞬で騎士の元へ走り寄った精鋭が、短剣を横に薙ぐ。
喉を裂かれた騎士は、首元を押さえ倒れる。
騎士が倒れる音に気付いた他の騎士が、悲鳴を漏らしつつ、標的を”融解連盟”に変える。
弓を絞り、精鋭に対し矢を放つが、精鋭は倒れた騎士を引っ張り上げて盾とした。
飛来した矢は虚しく骸と化した騎士に食い込む。
後ろから他の”融解連盟”構成員が走り寄り、城壁から縄梯子を投げ下ろした。
広場にいるオーク族に対し叫ぶ。
「オーク族よ!城壁に梯子を掛けた……。上ってきてくれ!城壁の制圧を行うぞ!」
その声を聞いたエギンは、顔をそちらへ振り向けた。
少しの間思案したが、すぐさま号令を下す。
「聞いたか!梯子の近くにいる者は、城壁の奪取へ向かえ!
その他の者、射手は梯子を上る者の援護を行うんだ!!」
このまま上からの射撃に邪魔されながら戦闘していても、消耗は避けられない。
ならば逆に、上を奪って奴らに消耗を強いてやればいい。
近くにいたオークは、城壁に掛けられた縄梯子を上る。
オークの巨体では、縄梯子は頼りなく揺れたが、体重を支えるのに問題は無いようだ。
それを見たダドリーは、騎士の射手に叫ぶ。
「おい、貴様ら!オーク族を絶対に城壁に行かせるんじゃねえ!
梯子を上らせるな!射殺せ!!」
パイクと盾を構えた騎士に守らせながら、射手は長弓を乱射する。
何本かが梯子を上るオークに突き刺さるが、オークも必死だ。
矢の数本が体に食い込んでも、巨体を揺らしながら、意外なスピードで駆け上る。
しかし、そう上手く行く物でもない。
城壁まで半分を過ぎたところで、先頭のオークが、頭の中心に矢を受けて、あえなく滑落する。
下で上っていた数人を巻き添えに地上へ落ちる。
やった!と拳を突き上げた騎士に、クロスボウの矢が突き刺さる。
広場での激闘をよそに、城壁上でも死闘が続いていた。
正確に言うと、左翼側の城壁だ。
指令室を挟んで両翼に城壁が伸びている。
つまり、右翼側の城壁に繋がる扉を締め切ってしまえば、挟撃される恐れはない。
”融解連盟”たちは、大盾で身を守りつつ、城壁にいる騎士たちに攻撃を続ける。
こうして牽制をしておかないと、上ってくるオーク達に攻撃を始めてしまうからだ。
城壁上に、まだ騎士は百人程度残っている。
対する”融解連盟”側は、テレサを含め、20人程度しかいない。
精鋭ばかりとは言え、この人数差では、一気に攻めてこられれば耐えられないだろう。
ある程度急ごしらえの作戦だったので、そこまで頭数を揃えることができなかったのだ。
こちらに飛んでくる矢は増える一方だ。
大盾から身を乗り出し、騎士に弓の狙いをつけていたハーフゴブリンが、逆に騎士の矢を受け倒れる。
慌てて次のコボルトが、弓を拾い上げて戦列に並ぶ。
構えている大盾も、刺さる矢が増え、段々と崩れかけてきた。
指令室の中から、盾として使えそうな机や椅子なんかを運んで来て積み上げる。
「頼むで……。早よオーク達が城壁に上ってきてくれんと、うちらも死んでまうわ」
テレサは、垂れる脂汗を袖で拭う。
広場では、何度目かの梯子からの滑落が起きていた。
やはり、梯子を上るとなると、並みのオークでは的が大きく、難しい。
チェチーリアは、唇を噛んで呟く。
「このままじゃ、無為にオークが死んでしまう……一体、どうすれば……」
傍らで黙っていたギュナが、静かに、しかし覚悟を込めた声で答えた。
「私が……私が行ってみるよ」
チェチーリアは、驚いてギュナの顔を見た。
「えっ……ギュナ?」
ギュナは、しっかりとチェチーリアの顔を見つめる。
「私は、ゴブリンの血が入っているから、体が小さくてすばしっこい。
こういう任務には……うってつけだと思う」
「で、でも……」
おろおろとするチェチーリアに、ふっと笑いかける。
「誰かが行かないと、結局誰かが死んでしまう……。
あと、私が鬼ごっこで捕まったこと、ある?」
「ギュナ……」
ギュナは、チェチーリアの手を握り、もう一度笑いかけてから、猛然と縄梯子に突進した。
弓の狙いをつける騎士に対し、チェチーリアが吼えた。
「ギュナを……射つなぁっ!!!」
その空気を破らんばかりの雄叫びに、騎士たちは思わず怯む。
チェチーリアは、自らの自分本位さに気付いていた。
他のオーク族が倒れていても、これほどまで親身に心配はしなかった―――。できなかった。
これは、露骨な差別かもしれないと思った。まるで命に順列をつけてしまっているかのようだ。
でも―――。
ギュナは死なせない。
それは確かな感情だ。
そこだけは、自分に嘘をつくことは出来なかった。
持ち主を失い、戦場に転がっているクロスボウを拾い上げる。
「さあ……ギュナを射つなら、私を倒してからにしろっっ!!!」
裂帛の気合を放つ。
ギュナは殺させない。彼女の背中は私が守るのだから。
マズトン騎士たちは、思わず後退る。