奇襲
指令室に上ってきたオーク共を煉獄に突き落とした守備隊は、ほっと一息をついた。
ひとまず、これで一安心だ。
だが、ゆっくりしている暇はない。
幕壁へ移り、城門内広場で戦闘している味方の援護に回らなければならない。
守備隊長は、部下に指令を出す。
両翼に散らせ、城壁の上から、オーク族に矢を見舞うよう伝える。
守備騎士たちは素早く動く。
城門内広場は城壁に囲まれた構造になっており、幕壁上からの狙撃は非常に容易い。
ついさっきまでは、螺旋階段を上ってくるオーク族の対応で手が回らなかったが、そこが封じられた以上、安心して狙撃に回ることができる。
ただでさえ、騎士によるパイク攻勢で苦しめられていたオーク族は、幕壁からの狙撃も加わり、さらに苦しい立場に追いやられた。
パイクを避けると、弓矢に貫かれ、
弓矢に気をとられていると、パイクに刺し貫かれる。
オーク族の戦士は、次々とその数を減らしてゆく。
こうなってしまうと、戦術でどうこうできる状況ではない。
エギンの顔に焦りが浮かぶ。
万事休すだ。
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テレサは、手振りで指示を出す。
後ろについて来た中堅幹部数人が、言葉を出さずに頷く。
その後ろには、”融解連盟”の精鋭が数十人続いている。
音も出さずに行動を開始する。
現在、”融解連盟”の面々は、裏口を使い、城壁へ侵入している最中だ。
城郭都市・マズトンの城壁は、別に騎士団が建てたという訳ではない。
長い歴史の中、過去の領主が建てたものを、間借りして使っているにすぎないのだ。
従って、騎士団ですら知らない秘密の裏口というものが存在する。
テレサは、その昔、ある老人を助けてやったとき、お礼としてマズトン城壁の見取り図を受け取っていた。
入手した当時は使い道も無いとしまい込んでいたが、まさかこんな時が来るとは。人助けはしておくものだ。
暗く湿った廊下を歩く。
長きに渡り使用された形跡はなく、物寂しい雰囲気だ。
光量を押さえたランタンで周囲を照らし、進んでゆく。
見取り図によると、この廊下を真っすぐ行くと、指令室の裏側へ出るはずだ。
おそらくそこには守備隊長がいるはず。
城壁からの狙撃で、オーク族が苦境に立たされているという情報が入ってきていた。
急ぎ守備隊長を奇襲して始末し、指揮系統を撹乱させる必要がある。
正面のレンガ壁から、僅かに光が漏れていた。
ランタンの火を消し、その光に目を当ててみる。
果たして、そこからは指令室の室内を見通すことができた。
守備隊長が戦場を見渡しながら、両翼の部隊に指示を飛ばしている。
また、光が漏れているレンガをそっと押すと、少し動いた。どうやら、この辺りの壁は脆いようだ。勢いをつけて当たれば、ぶち破ることができるだろう。
室内には、8人の騎士が残っていた。
これくらいなら、一気に襲えば何とかなるか……?と考えていると、指令室内で動きがあった。
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「よし、地の利を得て、オークの野郎どもを一方的に射てるようになったな」
ケインが満足そうに言う。
「ああ……。一時はどうなることかと思ったが、あんたが言うように、オークを誘い込んで一網打尽に蒸し焼きにしてやれたのは良かったな」
「だろう?下の階の要所要所に燃料油が備蓄してあったのも良い方に働いたな……。
さて、俺は下に戻って、ダドリーさんの所に合流してくる。あんたも頑張れよ」
ケインは、守備隊長の肩をぽんと叩き、2人の騎士を連れて去ってゆく。
守備隊長は、それを見送って、ふう、と息をつく。
オーク族の急襲で寿命が縮むほどの恐怖を味わったが、今度はこちらが攻める番だ、とニヤリと笑った。
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テレサが壁の隙間から様子を窺っていると、3人の騎士が立ち去っていった。
なんだか知らないが、これはチャンスだ。
後ろに控える、精鋭の構成員に合図を出す。
頷いた精鋭は、2人で担げるほどの丸太を運んできた。
タイミングを合わせ、勢いをつけて丸太を壁に叩き付ける。
ガラガラ、と音を立てて、レンガ壁が崩れる。
驚いた守備隊長が、こちらを振り返ろうとするが、その隙を与えずに短剣を投げる。
小さな動作でのスローイングだったが、十分に体のひねりが入っており、吸い込まれるように頸椎に突き立った。骨の隙間から頸髄を両断する。
守備隊長は、くずおれるように即死する。
室内にいた騎士たちは、一瞬呆気にとられて固まっていたが、
守備隊長が床に倒れると、我を取り返し、腰の剣を抜く。
しかし、そのころには、”融解連盟”の精鋭が矢を放っていた。
肩や腰に矢を受け、よろめいた騎士たちに、短剣を構えた精鋭が殺到する。
流れるような動作で止めを刺した。
”融解連盟”は、一瞬で指令室を占拠した。
しかし、これで終わりではない。
両翼に残っている騎士たちを始末し、オーク族に立ち直りの機会を与えねばならないのだ。
テレサは気合を入れ、左翼側の城壁を見た。
まだ、守備隊長が死亡したのは分かっていないようだが、それが伝わると大騒ぎになるだろう。
精鋭たちに指示を出す。
彼らは一斉に左翼側の城壁へ駆け出す。
目標は幕壁で狙撃をしている騎士だ。
精鋭の一人が、長弓を引いている騎士へ躍りかかる。
それに気付いた騎士が、恐怖に顔を歪める―――。