楼門攻防戦
戦闘は続き、勢力問わず死体が堆く積みあがる。
楼門では、騎士たちが徐々に押し込まれている。
死体を乗り越えてまでも突進してくるオーク族に、騎士たちの疲労は限界に達しようとしていた。
一方、城門内広場では、オーク族が騎士に押されていた。
面で攻めてくる騎士に対し、有効打を見出すことができず、消耗している点は否めない。
また、”融解連盟”、”窮者の腕”の参戦で、状況はより混迷を極めた。
情報の統制はもはや不可能となり、各陣営は、ただ目の前の敵を叩きのめすことしかできなくなっている。
そんな中、ついに後詰めしていたオーク族が動く。
徐々に消耗を続ける現状に対し、静観をしていられなくなったのだ。
後詰めの部隊は精鋭揃いだ。数的には数百人の規模であり、戦況をひっくり返すには至らないが、エギンやチェチーリアが前線に赴き、檄を飛ばしたことで、士気は上がる。
チェチーリアは、無事に戦っているギュナを見て、ほっと胸を撫で下ろした。
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マズトン騎士団屋外訓練所。
ここは主戦場から少し離れた場所ではあるものの、剣戟の音や、火薬が炸裂する音、弦が空気を裂く音、叫び声などが断続的に聞こえてきている。
訓練所に集まった有力騎士たち十数人は、興奮した面持ちで、各自囁き交わしている。
ジェリコー上級騎士は、戦況を不安そうに確認する。
「おい、バガン……今一体どうなってるんだ?我がマズトン騎士団は蛮族どもを追い返せるんだろうな?」
バガンは、表情を変えずに答える。
「分かりません……。と、言いますのも、現在4勢力が入り乱れて乱闘しておりますので、ロクな情報が入って来ないのです」
「畜生……”融解連盟”のやつめ。余計なことをしやがって……こうなるんだったら、さっさと潰しておくべきだった!」
ジェリコー上級騎士は、苛立たしげに地面を蹴る。
そこで、バガンの方にそっと近づいてくる。小さく耳打ちをした。
「バガン……厩舎から、馬を2頭持ってきて、目立たないところに隠しておけ」
「……どういう事でしょうか」
「分かるだろ?何事にも想定外ということは付き物だ。……何かあった際に、逃げ出さねばならない」
「……正気ですか?ここにいる他の騎士たちはどうするんですか?
今、市中で戦っている仲間たちは?」
「他の者はどうとでもなるが、俺が居なくなれば、マズトン騎士団は終わりだ。俺さえ生きていれば、とりあえずそれでいいんだよ」
何でもない事のように、さらりとジェリコー上級騎士は言ってのけた。
バガンは、数秒、その上司の顔を見つめていたが、静かに頷いた。
「……承知しました。足の速そうなのを2頭、見繕って隠してまいります」
バガンはそっと訓練所を去る。
その時、楼門の方から一際大きな怒号が響く。
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楼門内、螺旋階段にて。
オーク族の昇階を防いでいた盾持ちの騎士が、ついに疲労によって、石段に足をつまづいてしまった。バランスを崩し、倒れる。
オーク族は、倒れた騎士の上を踏み越えて突進する。
体重の大きいオーク族に続けざまに踏みつけられた騎士は、文字通りぺしゃんこになった。
後ろに控えていた短弓持ちの射手が慌てて引き気味に弓を射ったが、絞り切れていない短弓の威力では、皮の鎧すら貫くことは出来なかった。
そのままオークに殴られ弾き飛ばされる。
勢い付いたオーク族は、怒涛の勢いで階段を上る。
まだ態勢の整っていない騎士たちが構える前に、次々と撃破してゆく。
ついに、一部のオークが楼門の最上階に辿り着く。
扉を開き、指令室に足を踏み入れると、部屋の両隅から、矢が連射される。
それを予想だにしていなかったオーク達は、剣山のごとく体中から矢を生やして階段を転げ落ちてゆく。
呆然とそれを見つめるオーク達に対し、守備隊長が油壷を投げつける。
オークに当たり割れたそれは、油を撒き散らす。そのオークだけでなく、螺旋階段に沿って下まで流れ落ちた。
間断を入れず、守備騎士が次々と油壷を追加で投げつけ、階段がすっかりと油まみれになると、守備隊長は傍らの松明で燃やした火矢を撃ち込んだ。
刹那、螺旋階段は炎の回廊へと変貌した。
階段に詰め掛けていたオーク達が火だるまになる。
苦悶の声を上げ、もがき苦しむ。
退却をしようにも、螺旋階段に詰め掛けているので、詰まって下になかなか降りられない。
指令室の鉄扉が閉じられ、閂も掛けられる。
オーク族の多くが、ここで蒸し焼きになってしまう。
チェチーリアたちは、その惨状を城門内広場から目にした。
高く聳える楼門のそこかしこの小窓からは火が噴き出し、オークの苦悶の声が流れ出る。
体が大きいオーク族からすれば、小窓から逃げ出すことも不可能だ。
思わず、チェチーリアの目から涙が零れる。
これが戦争なのか?
思えば、彼女が本格的に戦闘に追随したのはこれが初めてだ。
今まで、規模は小さかったとはいえ、ずっとメラムトオーク族は、こんなことを続けて、繰り返してきたのか。
もう、こんなことはしたくないし、見たくない。
そう思ったが、今、この現状から目を逸らしてはいけない。
そう思い直し、目を見開き、燃え盛る楼門を見つめた。
ヴィクターは、そんな彼女を見つめる。
こんな状況で、どう声を掛ければいいのだろうか?
何の力もない自分を、この時ほど嫌いになったことはなかった。
彼女の目から流れる涙は、炎を映し、赤く輝いていた。
それはさながら、血の涙のようだった。