激戦
爆竹が”融解連盟”の参戦を告げる少し前。
城門の近くは、既にほぼオーク族が占拠していた。
加勢するため、ギュナが前線へと走り出る。
エギンやチェチーリア、ヴィクター達は、大事をとってまだ後方に控えている。
ギュナが前線へ出る直前、チェチーリアと一瞬視線を合わせて、お互い小さく頷いた。
彼女は城門の近く、混戦している箇所へ突進する―――。
そのままの勢いで棍棒を振り上げ、横薙ぎに振り抜いた。
盾での防御が間に合わなかった騎士の腹を、鎧ごと歪めて吹っ飛ばす。
彼らが身に着けているような、量産型のプレートアーマーでは、斬撃ならばともかく、打撃に対する防御力はどうしても劣ってしまう。
個々の戦闘力では、ヒトとオークでは比ぶべきもない。
しかし、ヒト族の真骨頂は、ヒト同士での連携した動きにこそある。
各地で市民デモを鎮圧、ないしは無視した騎士たちが、徐々に城門周辺に集結しつつあった。
その中には、ダドリーの姿もあった。
彼が率いる騎士の一団は、パイクと呼ばれる個人携行用の槍を持っていた。
ダドリーはパイクを高く突き上げ、大声で叫ぶ。
「てめえら、横隊を組んで整列しろ!
奴らと一対一で組み合うな!面で押せ!距離を取って突き殺せ!!」
ダドリーの一団は、槍の切っ先をオーク達へ向け、隙間の無い横隊で突撃する。
横隊とは言え、数人での一組であったので、機動力は保っていた。
オーク族の近接武器は、ほぼ棍棒一択だったので、リーチの違いは決定的な差になり得た。
また、オーク族は、戦闘の際自分の体が拘束されることを嫌い、身軽な防具を選ぶ傾向にあった。事実、今回の戦いでも、多くが身に着けていたのはせいぜいが革製の鎧であった。
それでは、低速な槍の突きとはいえ、防ぐことは難しかった。
徹底的に距離をとられ、隙間の無い槍衾で構えられていては、つけ入ることができない。
戸惑っているオーク族に対し、騎士たちはその期を逃さずと、後衛の射手が、容赦なく矢を浴びせる。
幾人ものオークが、為す術もなく射ち倒される。
ギュナは慌てて指令を飛ばす。
オークのクロスボウ持ちに積極的な射撃命令を下す。
しかし、オーク族の射手は、騎士と比較して数が少なかった。
また、長弓と比較して、連射速度の関係で、正面切っての撃ち合いは不得手であった。
次々とオーク族が射ち倒され、突き倒される。
ギュナ自体は巧みに攻撃を躱しているが、徐々に戦力が減っていく現状はどうすることもできなかった。
絶望を感じ始めたその時、空中に破裂音が響く。
”融解連盟”と前もって取り決めておいた合図だ。
音に気をとられた騎士を殴り倒しつつ、ギュナは叫ぶ。
「さあ、ここが踏ん張りどころだ……。堪えてやり返せ!!」
その破裂音を皮切りに、都市の各地に潜んでいた”融解連盟”構成員が飛び出す。
オーク族に気をとられ、後方の警戒が疎かになっていた騎士たちを死角から攻撃する。
ハーフコボルトの一人が、長弓を持つ騎士の背後に素早く走り寄る。
騎士が気付いて振り返る前に、首筋に短剣を差し入れ、思いっきり引き切る。
ぱっくりと横一文字に空いた傷口から血が噴出する。
首を押さえた騎士は、どうすることもできず倒れる。
しかし一瞬後、そのハーフコボルトは四方から騎士の槍に突き刺され絶命した。
それだけに終わらず、市中の各地で”融解連盟”と騎士との戦闘が始まった。
オークとの戦闘に気が行っていた騎士たちは、対応が遅れ、被害が広がった。
「くそっ……!?なんだこの混血共は!?
くそっ!くそっ!!”窮者の腕”は何をしてやがる!?」
ダドリーは、弓に持ち替え、”融解連盟”の構成員を射殺しつつ毒づく。
射たれたハーフゴブリンが地面に転がる。
”窮者の腕”は、騎士団に加勢するのではなかったのか!?
戦況は、オーク族及び”融解連盟”に傾きつつあった。
本来ならば人気に賑わい、活気と笑顔が飛び交う青空市場は今は血に染まり、そこかしこに死体と武器が散乱していた。
当然ながら店主の姿など無く、垂れ下がった幕は紅くはためいている。
オーク族及び”融解連盟”が攻勢を強めたその時、今度は”融解連盟”の背後から一団が現れる―――。
”窮者の腕”だ。
彼らは、立ったまま、筒のようなものを構えていた。
構えた筒から火柱が伸びる。轟音が響く―――。
それはマスケット銃であった。
この時代では、存在こそ知られていたものの、未だ希少であり、実践に投入する例は珍しかった。
轟音に驚いた”融解連盟”達は、面食らって動きが止まる。
その隙に、”窮者の腕”の歩兵が特攻し、”融解連盟”の構成員を切り刻む。
マスケット銃の命中力はお世辞にも良いものではないが、慣れていない者の度肝を抜くには十分すぎる威力を持っていた。
「けっ。”窮者の腕”め。遅れてきたと思ったら、とんでもない物を持ってきやがったな……。
よし、てめえら、ここから巻き返すぞ!」
ダドリーは、疲弊してきた騎士たちに檄を飛ばす。
これでまた趨勢は五分へ戻る―――。
マズトンの激戦はまだ終わらない。
太陽は高くなり、日の光があまねくマズトンを照らす。
しかしそれが照らすのは、日々の人々の営みなどではなく、殺意が弾ける惨憺たる戦場だった。