混戦
ついに、城郭都市、マズトンの門は開かれた。
オーク達が雪崩れ込む。
門前で信じられないという顔をして、立ち尽くしている騎士の頭を殴り飛ばす。
首は半回転し、有り得ない方向へ捻じくれた。
門に殺到するオーク達に対し、霰のように矢が降り注ぎ、次々と射ち倒される。
だが勢いは止まらない。
そのうち、楼門の2階部分に駆け上がるオーク達が出始めた。
そこに守備隊長がいるはずだ。
隊長さえ潰せば、指揮系統は混乱し、一気に戦況は傾くだろう。
だがその狙いは騎士側も分かっている。隊長を殺させるまいと、守備に就いている騎士たちが集まってくる。
楼門内は狭い螺旋階段になっている。
一気に駆け上ることは出来ない。また、その狭さもあって思うように武器を振るうことができない。
一方、騎士たちは盾持ちが前に出て、オークの攻撃をいなし、その後ろから短弓を持った騎士が、確実に必中矢を浴びせかけてくる。
楼門内の攻め手は停滞した。
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城門で激戦が繰り広げられているその後方。
マズトン城門を正面に見る陣に、エギン、ギュナ、チェチーリアにヴィクターが戦いの行方を見守っていた。
「ふむ。無事城門を破れたか……。こちらの被害と騎士団の被害はどうなっている?」
隠密部隊の一人に、エギンが尋ねる。
「はっ。こちらの被害は2千人程度です。対する騎士団ですが……死体は城内がほとんどであり、詳しくは確認できませんが、数百人は倒せたでしょう」
「なるほど。まあ、その程度の被害で城門を破れたのなら、及第点といったところだろうな」
エギンが呟く。
城門は破れたが、ここからが本番だ。
都市の中は、それこそ敵の縄張りだ。これから、虎口に入り、そのまま臓腑を喰い破ってやらねばならない。
これで、メラムトオーク族の兵力は1万と4千人程度になった。
どうやら揺動作戦が成功し、城門に詰めている騎士の数が少なかったため、城門の攻撃は上手くいったようだが、市民のデモが鎮圧されれば、散らばっていた騎士がまた集まりだすはずだ。
そうなると、まだマズトン内には、騎士が3万弱、”窮者の腕”が4万人程度いるはず。
さすがに、この人数差では、勝機は無い。しかし―――。
目を瞑り、祈る―――。
それはエギンが滅多に見せない姿だった。
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デモを起こしている市民団体の対応に向かったダドリーは、拳を振り上げ怒号を上げる市民たちの前で顔をしかめていた。
何だってこいつらはこんな文句を言ってきやがるのだ。
しかし、自分たち騎士は、こんな奴らを守り、そこから甘い汁を吸うのが仕事だ。
―――やれやれ、これも仕方ないか。と、市民たちに声を掛ける。
「はいはい。いいですか。ビラに書いてある誹謗中傷は、我らマズトン騎士団とは一切無関係です。賢明なる市民の皆さんは、どうぞ虚言に惑わされず、冷静になって、ご自宅へお戻りください―――」
気だるげに声を張り上げるダドリーだが、そこで、城門の方から凄まじい音が響いてきた。
思わず振り返る。
ほどなくして、伝令の騎士がダドリーの方へ駆けてくる。
肩にはクロスボウの矢が突き刺さり、血が軍衣の袖を濡らしている。
市民団体の面々は、血を見て騒ぎだした。
「だ、ダドリー様に伝令!オーク族が城門を破り、マズトン内に侵入!そのままの勢いで楼門に駆け上がり、守備隊長を殺害せんとしております!」
伝令の騎士は、ほぼ悲鳴のような声で告げる。
一瞬で冷酷な貌に変わったダドリーは、喚き続けている市民団体に向けて、静かな声で言い放つ。
「いいか?死にたくなければ、とっとと家に帰ってろ」
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マズトン中心部が見下せる、小高い丘。
その頂上に、”融解連盟”代表のテレサが立っていた。
そのそばには、古参幹部のコーと、弟のピエールもいる。
テレサの視界には、城門付近で争う、騎士団とオーク族の姿が見えた。
今は一進一退といった感じだが、攻城で兵力を削がれている上に、今は散らばっている騎士団が集合し、さらに”窮者の腕”によって増援が送られれば、いかにオーク族と言え、敗色濃厚だろう。
「……どうなさるのですか?」
コーが、そっとテレサに問う。
「分かっとるやろ?もう、うちらは戻れへんのや」
小さく答える。
さらば、今までの、私たちのマズトン。
そして―――。ようこそ、新しいマズトン。
テレサは、手にした大型の爆竹に、魔術で火をつける。
発火点まで温度を上昇させるのは、難度の高い技術ではあったが、テレサはそれを行うことができた。
導火線が音を立てて短くなってゆく。
それを勢いをつけて、思いっきり宙に放り投げる―――。
ゆっくりと放物線を描き、爆竹は飛んでゆく。
そして、炸裂する。
けたたましい音がマズトン中に響き渡る。
戦闘中の騎士たちは、何事かと宙を見た。
一方、オーク達は意に介せず、余所見をした騎士の頭を叩き潰した。
「行くで……みんな」
テレサは、フードを深く被りなおし、両手に短剣を携える。
コーは短剣を逆手に持ち、テレサの後に続く。
ピエールは、大型のクロスボウを取り出し、その場に伏せた。自身の体を保護色の布で覆う。
爆竹の音を合図に、マズトンの町中から”融解連盟”構成員が飛び出した。