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始まりは混沌

 その日、朝からマズトンは混沌の坩堝へ叩き込まれていた。



 同時多発的に、都市の各所で大量の市民がデモを起こしたのだ。


 市民たちは怒り狂い、騎士団詰所、ないしは派出所へ怒号を浴びせている。

 多くの市民の手にはビラが握られている。



 騒ぎを収めるために出動した騎士たちは、市民団体に押され、たじたじになっている。


 相手は善良な―――、本来は守護すべき対象なのだ。うかつに手を上げることは出来ない。


 市民の中には、騎士たちへ投石するものも現れ始めた。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 風に乗り、飛ばされてきたビラを1枚掴み、ジェリコー上級騎士は罵声を漏らす。


 そこには、マズトン騎士団が密かに行ってきた悪行が事細かに記されていた。



「クソったれ!この情報を漏らしやがったのは誰だ!?”窮者の腕”が裏切りやがったのか!?

 代表者のアセナは何処だ!?」



 ジェリコー上級騎士始め、有力な騎士たちは、市民でごった返す騎士団詰所を危険と判断し、屋外の訓練所に避難していた。こちらの方には、まだ市民団体は押し寄せていない。



「大声出さないで……。私は裏切っていないわ」


 ”窮者の腕”代表者のアセナが、澄ました顔でやって来た。

 当然、脇は部下たちに守られている。


「来たか……アセナ、これは一体どういう事だ!?」


 ジェリコー上級騎士は、アセナに詰め寄る。

 脇に控えていた”窮者の腕”構成員が、すっとアセナの前に出た。


「落ち着いてちょうだい。

 ”融解連盟”に潜り込ませていたスパイから報告があったわ……。

 このビラを作ってバラ撒き、市民を煽動したのは奴らね」


「”融解連盟”だと!?なるほど。

 いや。しかし……いかに奴らとは言え、ここまで詳細に内情を知るわけがない!いったいなぜこうなったんだ!?


 このままでは、我々は破滅だ!

 一部の聖騎士共は買収してあるが、さすがに全てではない!この事実が中央騎士団に知られたら……。

 わ、私たちは、しょ、処断、こ、殺され……」



 ジェリコー上級騎士は頭を抱えうずくまる。


 後ろに立っていた、他の上級騎士、有力騎士たちも、お互いに顔を見合わせ、脂汗を垂らしている。



 アセナは、そんな騎士たちを尻目に、冷静に続ける。


「私たちは誓って情報を流してなんていないわ。こんなビラ撒いたってこっちに何の得も無いもの……。

 情報が漏れるって言ったら、もう、一か所しかないんじゃないかしら?」



「な!?なんだそれは?」


 うずくまったまま見上げるジェリコー上級騎士を見下し、アセナはそのまま告げる。



「貴方たちの所の誘拐された奴……。()()()()()()()()()()()()()()()()()



「な、何ぃ!?ヴィクターは、オーク族に誘拐されたはずだろう!?

 それなのに、何故、”融解連盟”がそのビラを……?」



「貴方も察しが悪いわね。おおかた、両者が手を組んで、ここを陥れようとでもしてるんじゃないかしら?」


 アセナは努めて冷静に言ったが、その口は小さく震え、視線は細かく彷徨っている。




 騎士たち、”窮者の腕”の面々が、ざわめいた、その時―――



 監視塔で都市の境界線を見張っていたはずの騎士が、慌ててこちら側へ駆けてくる。



 ジェリコー上級騎士は、嫌な予感を抑えきれずに、恐々と聞く。


「なんだ……そんなに慌てて来て。何の報告だ?」



 見張りの騎士は、息を切らしつつ、それでも目を見開き、確かな声で告げる。


「ご……ご報告いたします!!

 マズトン方面へ、オークの軍勢が接近中!その数およそ2万!!」



「な、なにぃ!?

 ええい、迎え撃て!城郭から一歩も入れるな!全力で迎え撃て!!」


 ジェリコー上級騎士は、唾を飛ばして、騎士・ダドリーへ命じた。


 

 ダドリーは、顔を歪め答える。


「お言葉ですがね、ジェリコーさん。

 マズトン騎士たちは、デモを起こした市民団体の対応でてんやわんやしてますぜ」


「そんな奴らのことなど知ったことか!市民団体など、適当に黙らせて防衛に当たらせろ!!」


「……承知しましたよ。あとで文句言わないでほしいものですな。

 行くぞ、ケイン」


 ダドリーは、部下のケインと、見張りの騎士を連れて、足早に立ち去った。



 ジェリコー上級騎士は、アセナにも血走った目を向ける。


「当然、”窮者の腕”も参戦して下さるでしょうな?

 この際、騎士団とあんたら犯罪組織が共闘するのを見られても構わん。とりあえずこの場を凌がねばならんのだ。

 もはや俺らとあんたらは一蓮托生……俺らが死んだらあんたらも死ぬ運命だ」



 アセナは、肩を竦め答える。


「ええ。承知しておりますとも。


 ……行きましょうかお前たち。私たちの愛する、犯罪都市を救うために―――」


 手を上げると、優雅に立ち去る。構成員がそれに続いた。




 ジェリコー上級騎士は歯噛みする。


 内には暴れる市民団体。

 外には押し寄せるオーク族。


 確かに、これが偶然同時に起こるはずがない。


 とすると、”融解連盟”のやつらがどこかに潜んでいるはずだ。

 そういえば、やつらの活動も最近鈍っていた。


 まさか、こんなことを企んでいたとは……。



 しかし、ここで諦めるわけにはいかない。


 ジェリコー上級騎士の瞳に狂気が宿る。



 こうなったら、俺に逆らうものを総て(たお)し、改めて俺の帝国を築き直すのだ。


 ここで、不満分子を殺しきれば、逆に俺の地盤は安泰となる。



 そうだ!殺せ!殺すのだ……。




 引き攣ったように笑うジェリコー上級騎士の横顔を、バガンが無表情に見つめていた。

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