侵攻会議
ヴィクターとチェチーリアは、馬房の端の方でのんびりと飼い葉を食んでいる馬に近づく。
なるほど、どうにもとろそうな顔をしている。これくらいなら乗れるかもしれない。
二人で協力して、てきぱきと馬具をつけていく。
その馬は何か反応するでもなく、されるがままになっていた。
装着が終わると、馬房から、広い馬場へと移動する。
手綱を引くと、特に抵抗もせずついてくる。
周りに障害物の無いところまでやってくると、チェチーリアは馬体をぽん、と叩く。
「さあ、じゃあ乗ってみましょうか。どうぞ」
「え、ええ。分かりました」
たてがみと手綱を掴み、鐙に足を掛けてから鞍に手を伸ばす―――。
それから指示される通りに体を動かすと、案外すんなりと馬に乗ることができた。
チェチーリアの指示がよかったのか、この馬が大人しいのか、あるいは両方なのかも分からないが、その後も順調に練習は続いた。
しばらく練習を続けていると、日が高くなってくる。
「……ああ、エギンさんに、昼前に会議室へ来るよう言われていたんでした。
乗馬はこのくらいにしておきますね。ありがとうございました」
ヴィクターは礼を言い、馬から降りる。
「いい時間になりましたね……。私も行くように言われていましたから、ご一緒します」
頷いたチェチーリアと共に、会議室へ向かう。
薄暗い洞窟を行き、会議室へたどり着く。
そこには、既に大隊長格のオーク達と、ギュナ、エギンが座っていた。
席上は適度な緊張が漂っており、皆、表情は固い。
「おお、二人とも来たか……。
ふむ。主要な面は全員揃ったみたいだな。……ではこれからの計画についての説明をするぞ」
エギンは、組んでいた足を戻し、机に肘をついた。前のめりに腕を組んで、話し始める。
逆賊共が殲滅されたことで、後顧の憂いを絶つことができたこと。
ついにマズトンに攻め込む時が来たこと。
”融解連盟”とのビラ撒き揺動作戦と同時侵攻するため、進軍速度は正確を期さねばならないこと。
その際は、”革命軍”であることを前面に押し出し、無用な略奪は行わないこと。
―――そして、その進軍は、今日含めて2日後に行われること。
一同は、真剣な面持ちで聞き入っている。
その後、細かい用兵についての打ち合わせを行う。
なんせ、集落中の戦士を一堂に集め、侵攻を行うのだ。事前の打ち合わせをしてしすぎるということは無い。
粗暴なオークが逆賊として露と消えたため、軍としての結束は逆に高まっていた。
予期せぬ結果ではあるが、統率と結束が重視される集団戦での戦争において、これは良い方に傾いたことになる。
打ち合わせが終わると、エギンは手を叩く。
「さあ、当日の動きは分かったな。ザンヴィル様不在の今、我々で事を成し遂げねばならん……。これはザンヴィル様の悲願であり、我々メラムトオーク族にとっての試金石だ。
この戦いでは、何よりも速攻が求められる。長期戦では不利だ。
仮にぐだついてしまった場合、騎士団に増援を呼ばれ、我々は押し負ける可能性がある。
つまり電撃戦だ。神速でもって騎士団・”窮者の腕”を制圧する必要がある。
我々に失敗は許されんのだ。仮に侵攻に失敗すれば、逆に騎士団によって壊滅させられるだろう。
……しかし!我々オーク族は勝利するとここに宣言する!
何故なら我々は誇り高きメラムトオーク族であり、退くこと、敗北することが有り得ないからだ!!
皆、死力を尽くしてマズトンを奪取せよ!我々の未来はそこにある!」
エギンが拳を振り上げ、声を張り上げて力説する。
会議室内は熱気に包まれる。
オーク達も雄叫びをあげ、それに応えた。
そんなオーク達を、ヴィクターは複雑な顔で見つめる。
それに気付いたチェチーリアは、そっと彼の手を握った。
はっとしたヴィクターが彼女の顔を見る。
チェチーリアは、静かだがよく通る声で囁く。
「大丈夫です。私たちの行く先は、決して悪いものではありません。
……誰かに託すわけでもなく、私たちが、良くして行くのです。
この混沌としたマズトンを立て直すには、マズトンの暗部をその目で見てきた、ヴィクターさんの知見が必要不可欠となるはずです。
仮に、この戦争では、貴方が飾りであったとしても―――。瓦礫の中から立ち上がるために、貴方の力は必要に、いえ。必須になるはずです。私は、そう信じています」
チェチーリアの真摯な言葉に、ヴィクターは気持ちを新たにした。
……そうだ。事実としてこうなってしまった以上、今の自分で出来ることを、最善で尽くさなければならない。それが、今を生きる人としての義務、礼儀なのだろう。
ヴィクターはしっかりと前を見つめなおす。
エギンを始め、オーク族の皆は戦の予感に猛っている。
これからヴィクターは、”革命軍”頭首として、かつての仲間へ襲い掛からねばならない。
それは見る人によれば許されざる反逆であり、礼節の欠片も無い野蛮な行為と映るだろう。
だがしかし、彼はその罪を背負って生きなければならないのだ。
それこそが彼の贖罪であり、これからの生きる意味となるはずだ。
ヴィクターは目を瞑る。
暗闇に視界が閉ざされる。
しかし、彼の右手は、温かいぬくもりに包まれているのだった。