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入浴

 朝食を終えたチェチーリアは、厩舎へ向かう前に、兄、ザンヴィルの元へ向かう。


 三男であるダラードに頭を強打されて以降、意識を失っているのだ。



 医務室の扉を開ける。


 兄はまだ目を閉じたまま、寝台へ横たわっていた。

 その姿に心が痛む。


 付きっ切りで世話をしている看護師に現状を尋ねる。


 まだ意識は戻っていないが、呼吸は規則正しく行っており、安定した状態だという。



 兄の手を握る。

 必ず、マズトンを手に入れて、兄さんに報告するよ。そう、心の中で呟いた。




 兄の見舞いを終えたのち、ふと思いつく。


 厩舎へ行く前に、公衆浴場へ行って汗を流しておこう。



 そう言えば、ずっと駆けずり回ってしばらく入浴できていなかったのだ。

 体は侍女のキョセマが着替えさせる時に拭いてくれたのか、そこまで不快感はなかったが、それと入浴する際の気持ちよさは別物だ。



 浴場へ足を向ける。


 公衆浴場という形態を発展させたのも、兄であるザンヴィルの功績だ。



 元来、オーク族には入浴という習慣はあまりなかった。


 せいぜいが川や泉で水浴びする程度のものだったが、確かに、オーク族は体が大きい分代謝も高く、汗をかきやすい種族であった。潜在的な入浴の需要は高かったことになる。



 ある時ザンヴィルはヒトの書物を研究し、公衆浴場の建設に着手した。

 その当初は、ばかデカい桶を何のために作るのだと反対の声も多かったが、浴場が完成し、使用され始めると、評価は一転し、ザンヴィルを褒め称える声が大きくなった。



 喜んで湯につかるオークの一族を見て、満足げに笑う兄の姿を思い出す。


 彼は残虐な一面、好奇心旺盛で、一族の役に立ちそうなことなら色々と試していたものだ。


 思い出に耽り、思わず涙が出てきて焦る。

 別に兄は死んだわけじゃない。気を失っているだけだ。私達がマズトンを手に入れたら、起き上がって褒めてくれるに決まっている。絶対に。




 目を擦り涙を拭い去ると、浴場に足を踏み入れる。


 当然ながら男女別に分けられている。

 兄は紳士だったのだ。



 服を脱ぎ、脱衣籠に畳んで入れる。

 髪を縛っていた紐をほどく。


 肩の少し下の方まで髪が流れた。


 大量に置かれている綿地のタオルを手に取り、体に緩く巻く。



 浴槽の方に行くと、午前中とはいえ、そこそこオークが居た。


 やはりというか、目立つのは中年の女性だ。

 昨日亭主の腕を捻じり上げたら脱臼しただの、包丁を使っていたらまな板ごと切れただの、眉唾物の話を延々と続けていた。


 それを横目で見ながら掛け湯をし、浴槽に浸る。

 思わずふう、と声が出る。



 疲れた体にお湯が染み入るようだ。



 ぼーっと湯船に浸かっていると、朝の事を思い出す。


 なんで私はあの時、とっさにヴィクターの事を想像したのだろうか。

 でも、当然と言えば当然かもしれない。ヴィクターは、初めて見たヒトの騎士だ。


 物珍しさもあって、脳裏に浮かびやすいのは確かだろう。



 物珍しさ、か。


 口までお湯につかり、ぶくぶくと泡立てる。



 彼は、自らが所属していた組織を裏切らされ、その組織と敵対する”革命軍”の矢面に立たされることになった。


 自分の立場に置き換えてみると―――。それは確かに絶望的な状況に違いない。



 しかし、彼は―――。その状況を恨むでもなく、嘆くでもなく、目を塞ぐわけでもなく―――、()()()()()()()()()()()()



 私は、そんな彼の姿を見て―――、




「あ、チェチーリア……また会ったね」


 思考が中断される。ギュナに声を掛けられた。

 ギュナは、チェチーリアの近くにすいっと寄ってくる。


 芋虫をもぐついていた時の眠そうな顔ではなく、いつもの涼しげな顔に戻っている。


「ん。ああ……ギュナもお風呂なんだ」


「だね。やっぱしばらく入ってないとちょっとね。

 ……元気なさそうだったけど、どうかした?」



 私が物思いに耽っていたことは筒抜けだったらしい。

 若干恥ずかしい思いをしたが、首を振る。



「ううん……ちょっとね。気にしないで」


 苦笑を浮かべ、立ち上る湯気を見る。


 自分でもこの気持ちはよく分からないのだ。

 相談するにも、何を言っていいのかわからなかった。



「……そうなんだ」


 ギュナはそう言うと、それ以上何も言わず、私の隣でぐっと体を伸ばす。


「ふう……。お湯が気持ちいいね」



 それっきり、沈黙が訪れる。

 周囲のざわめきが、逆に心地よく聞こえる。


 ギュナとの間に会話は無かったが、それは苦ではなく、むしろ安心できるものだった。

 幼い頃から一緒に居るので、それだけで満たされる感じがする。



「何だか分からないけど」


 ぽつり、とギュナが言う。


「何か悩みがあるんだったら遠慮しないで言ってね」


 前を向いたまま、言葉を続ける。


「その時は……一緒に解決しよう?私がついてるからさ」



 はっとして、ギュナの方を見た。

 これと同じようなことを、私はヴィクターへ言ったのだ。


 それが、幼馴染の絆のように思えて、嬉しかった。



「うん、ありがとう。でも、多分大丈夫だと思う。悪いことじゃ……ないと思うからさ」



 照れくさくなって頬を掻く。



 なんだか体が熱い。お湯のせいだけじゃないように思えた。

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