朝の目覚め
部屋の窓から朝日が差し込んでいた。
チェチーリアは、深い眠りからゆっくりと目覚める。
よほどよく眠っていたのか、まだ意識が定まらない。
しばらく、寝台の上でぼーっとする。
どうやら、自分の部屋に戻ってきているらしい。誰かが運んでくれたのだろうか。
ふわふわとした意識を楽しんでいたが、そろそろ起きないとな、と目を手の甲でくしくしと擦る。寝台の上で上半身を起こし、腕を突き上げ、大きく伸びをする。体がぽきぽきと小気味いい音を立てる。
ふう、と一息ついて自分の恰好を見る。
服装は、清潔な寝巻になっていた。
えーっと、と、自分の状況を振り返る。
そうそう、マズトンから戻ってきて、”融解連盟”との話し合いの結果を、エギンさんとヴィクターさんに伝えたんだった。
それで、その後……。
そこからの記憶が曖昧だった。
疲労も限界だったしな。と思ったところで、あることに気付く。
当然、マズトンから戻って来た時は、普段着だったはずだ。しかし、今は薄手の寝巻に着替えさせられている―――。
急に、焦りの気持ちが沸いてくる。
私の服は、どこで……誰に着替えさせられたのだろう?
その時、なぜか唐突にヴィクターの姿が思い浮かんだ。
なぜだろう?自分でもよく分からなかった。
別に、彼に着せ替えをさせられたかも、だとかそういうことを思ったわけではない。
どちらかというと、自分の寝巻姿を見られてどう思われたのかな、と気になるってとこだろうか?
仮に着せ替えられていても、彼に悪印象を抱くとかそういうことは無いのだが―――。
か、仮に着せ替えをさせられていても、悪印象を抱くことは無い!?
な、何なのだそれは。
自分で想像しておいて、わたわたと慌ててしまう。
私は何を考えているのだろうか。
寝起きでどうも混乱しているようだ、と結論付けて、顔を洗うことにする。
ふらふらと、室内の水瓶へ近づく。
手のひらへ水をすくい、顔に叩き付ける。
それで、火照った顔は落ち着くかと思ったが、そうでもないようだった。
二、三回続けて顔を洗い、それでも火照りが落ちないと悟ったチェチーリアは、諦めて顔を拭いた。
そのままの流れで歯を磨く。歯ブラシを濡らし、ミントと花の粉をつけ、丹念に動かした。
爽快な香味が心地よい。口をゆすぐと、気持ちまでさっぱりした。
とりあえず、落ち着こう、と気を取り直す。
着替えて、朝食をとって、現状の確認をしに行くのだ。
よし、と気合を入れて、クローゼットから普段着を取り出す。
寝巻の裾に手を掛けて、ゆっくりと脱ぐ―――
がちゃ。
チェチーリアの部屋の扉のノブが回る。
「―――っっっ!!!」
開くが早いか、チェチーリアは脱ぎかけの寝巻を胸元へたくし込む。
恐る恐る扉に目を向けると―――。
幼い頃からよく知る侍女が入ってきた。
名はキョセマといった。
「あー姫様、起きた?よく寝てたわね~ご飯はいつもの食堂に準備してあるからね」
そう言うと、ころころと笑う。
思わず気が抜けた。
それはそうだ。曲がりなりにも一族の姫の部屋にいきなり入ってくるなんて、普通に考えて侍女以外に有り得ない。
それなのに……ヴィクターかも、と思ってしまっていた。
そんな自分が何だか恥ずかしくて、ぶっきらぼうに侍女に聞く。
「あ……ありがとうございます。
えーと、念のために聞きますけど、私をこの部屋に運んだのも、寝巻に変えてくれたのも、キョセマさん……ですよね?」
「え?そうですよ。それ以外に何があるんですか?」
至極真面目な顔で返される。
それはそうだ。我ながら何を言っているのだ、と思った。
「わ、分かりました。ありがとうございます。では、食堂へ行きますね」
チェチーリアは、いそいそと着替えを済ませ、食堂へ向かう。
食堂では、数人のオークが食事をとっていた。
その中には、ギュナもいた。
眠そうな顔で、芋虫を口から飛び出させながら、もごもごと口を動かしていた。
「おはよ。ギュナ、これまた大変なもの食べてるね」
「お、おふぁよう。ほれ、ふほふふぁふぁひ」
どうやら、皮が固くて噛みきれないらしい。
しかし、糸目のまま飽きずにもごもごしているので、これはこれでいいらしい。
「結局、あの後、どうなったか聞いた?」
「んー、そうだね」
噛み切れないと悟ったらしいギュナは、無理やり芋虫を飲み下し、答えた。
少し喉に引っかかったらしく、渋い顔をしている。
「昼前に、エギンさんがまた、会議室に皆を集めて説明するみたいだよ」
「なるほど……」
太陽を見る。
まだ昼になるには時間があるようだ。
自分も、朝食をとるべく、黒パンと豆のスープを取り、口へ運ぶ。
ゆっくり寝た後だったので、そんなに量は入らなかったが、久しぶりのまともな食事は美味しかった。
「じゃあ、私はご飯食べたら、時間まで厩舎を見てくるよ。ギュナは?」
「わはひは、もうひょっひょはへへふ」
ギュナは、次の芋虫を口に入れた。
また噛み切れないようだ。もごもごしていた。