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初巡回

 騎士団詰所に戻り、バガンに指示されたようにダドリーを探す。

 果たして彼は自らの机に脚を投げ出し、顔に雑誌を被って寝入っていた。


 ヴィクターは面食らった。中央都市では、ここまで自由な人はいなかったのだ。

 しかし、ここで起こさねばそれはそれで怒られるような気もする。


「あのお、お、おはようございます。バガンさんに言われて来たのですが……」


 恐る恐るダドリーを突っつく。

 ふがっと鼻を鳴らし、不機嫌そうにダドリーが起き上がる。


「あ?何だてめえは……人が機嫌よくしてるところをだな」

「えーと、その、バガンさんに言われまして、午後からはダドリーさんについて学べということを言われまして……」

「ちっ、何だそんな面倒くせえ仕事を押し付けやがって……まあいい。眠気覚ましに巡回にでも行くか。勝手について来い」


 ダドリーは欠伸をしながら、机に立てかけてあったロングソードを引っ掴んだ。



 騎士団詰所に併設されている厩舎へ向かう。


「適当にこの辺に繋がれてる馬に乗れ」


 ダドリーはそう言い放つと、葦毛の馬に飛び乗った。


 ……実を言うと、ヴィクターは乗馬があまり得意ではない。というか苦手と言ってもいい。

 散々言ったように巡回にはほぼ出掛けたことが無いし、採用された田舎では馬術試験がなかった。それどころか、なり手がいなかったのでほぼフリーパスのようなものだったのだ。


 馬を前に固まってしまったヴィクターを不審げに見たダドリーが急かす。


「あ?早く乗れよ」

「えーとですね。はい。分かりました」


 ヴィクターは恐る恐る鹿毛の馬に近寄る。

 そっと手綱を掴む。


「よ、よしよし。よろしくな!」


 ヴィクターが馬に向かって笑顔を向けると、馬は馬鹿にしたようにヴィクターを突き飛ばした。


「ふぃぎゃ」


 吹っ飛ばされて床に転がるヴィクターを、ダドリーは唖然と見つめた。


「えっ嘘だろ」

「あの、すみません。いや、なんでかな」


 しどろもどろになるヴィクターに対して盛大に溜息をつく。


「中央都市の奴らは馬にも乗れねえのか?面倒くせえから歩いてついて来い」

「あ、いやー、すみません……」


 ぺこぺこと頭を下げてダドリーの馬に随伴する。




 マズトンの路地を行く。


「まあ、確かにここは犯罪都市だが、真っ昼間のこんな表通りで犯罪をするやつはそうそういねえ。しかし、抑止の意味も込めて巡回は必要ってわけだ」


 ダドリーがつまらなさそうに語る。と、その時、



「ひったくりだ!誰かそいつを捕まえてくれ!」


 雑踏の中から叫び声が響く。

 声の方向を向くと、倒れているヒトと、ズタ袋を抱えて走り去ろうとしているゴブリンの男がいた。


「犯罪、起こってますね」

「そりゃ起こるときは起こるだろうな」

「って、捕縛、捕縛しなくちゃ……!」


 ヴィクターは目前で犯罪を目撃したのは初めてだった。

 とりあえず何かしなければという気持ちが逸り、足をもつれさせて駆け出そうとした。


「何やってんだよ。この雑踏で追いつけるわけがねえだろう……っと」


 ダドリーは腰に差した警棒を取り上げると、すっと目を細め、一瞬頭上へ振りかぶると、逃げるゴブリンの背に向けて投擲した。

 手を離れた警棒は、逃げる相手の背へ吸い込まれるように命中した。


 ゴン、という鈍い音とともに、ゴブリンの男は地に倒れ伏した。


「あ、当たった!」

「当たったじゃねえよ、俺は馬に乗ってて人ごみの中動けねえんだからさっさと捕縛しに行けよ」


 ダドリーに急かされ、倒れたゴブリンへおっかなびっくり近づいてゆく。周囲の群衆は事件の当事者たちを中心に遠ざかっていた。しかし、例外なく好奇心でこの展開を眺めていて、立ち去る様子はない。


 倒れたゴブリンの背はゆっくり上下している。生きてはいるようだが、起き上がってはこないようだ。結構な勢いで倒れたので、頭でも打ったのだろうか?恐る恐る背中を触る。


 とその瞬間、いきなり起き上がり、ヴィクターの首に掴みかかってきた。


「うひぃ!?」


 押し倒され、両手で首を締めあげられる。手を外そうと抵抗するが、物凄い力で絞められているため外せない。

 周囲の群衆も眺めているだけで何もしてはくれない。その内意識が薄れかけ……たその瞬間、急に締め上げられていた首が自由になった。


 ヴィクターは咳き込み、空気を貪った。


「何油断してんだよ。しょうがねえ奴だな……」


 荒い息のまま振り返ると、警棒を握り、ゴブリンを担いだダドリーが立っていた。


「お前が動くのが遅えから、敵が態勢を整えちまったんだな。まあ、今回は二人一組だからよかったものの……気をつけろよ」

「は……はい。申し訳ありません」


 息を整え、首をさする。まだ動悸はするが、一応生きている。


「さて……一応ひったくられた奴から事情を聞いておくか」

「あ、はい。了解です」



 ひったくられた時に倒れていたヒトは、すでに起き上がっていた。

 中年の女性だった。


「えーと、ご無事ですか?ひったくられたのは、この袋ですか?」


 ヴィクターは、放り出されたズタ袋を拾い、掲げて見せる。


「あ、はい、その通りです。どうも、この度は助けて頂き、ありがとうございます……」


 女性は何度も頭を下げ、ズタ袋を受け取る。



 騒ぎが収まったとみると、周囲の群衆は徐々に散らばり、落ち着きを取り戻していった。


「ふむ、じゃあ、あとはこいつに事情を聞いて、それで終わりだ。」



 ダドリーは担いだゴブリンを軽く持ち上げた。

 ゴブリンはすでに捕縄されており、抵抗する意志はないようだ。

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